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二〇〇八年 一二月一八日 Ⅱ

 

 昨日の夜に発見した航大(こうだい)の日記は、洋平と恵にとってあまりにも衝撃的なモノだったのだ。

 息子である航大が二人に秘密にして、あのような日記を書いていたことを知らなかったばかりか、その素振りを見せなかったことにも驚く。

 日記というものは、自分の記録であると同時に、誰かに見てもらう意味合いもあるものだろう。日記は書いただけで終わるものではなく、読み返すものだ。運命を受け容れていただろう航大は自分で読み返すために書いたのではないだろう。では、洋平や恵に読んでもらうために書いたのだろうか。

 その内容からは正確に判断は出来ない。


(航大は、日記に何を表したかったんだ?)


 日記の内容は、航大が過ごした一日一日での出来事とそれについて航大が感じたことが書かれていた。

 その内容について洋平が思い出していると、乗っていた電車が会社の最寄り駅に着いた。同じ駅で降りる大勢の人の波にのまれながら、洋平も電車を降りる。駅の改札に向けて階段を下りていると、会社で同じ部の後輩が話しかけてくる。


「先輩おはようございます!」

和志(かずし)か」


 景気良く挨拶をしてくる後輩だが、洋平は声に張りがない。


「大丈夫ですか、先輩? お子さん亡くされたんでしたっけ?」

「ん? あぁ、覚悟はしてたんだけどな――。やっぱ辛いよ」

「先輩……」


 神妙な面持ちで言う洋平に、後輩が同情の表情を見せる。


「そんなのはいらんよ。こうなることはずっと前から分かっていたんだ。俺にもあいつにも覚悟する時間はあまりにも多くあった。これ以上の同情はいらないさ」


 生活するためにしっかりとした足取りで前へと進むが、気持ちの切り替えはそう上手くいかないだろう。ましてや昨日の今日なのだ。洋平が息子である航大の容体の変化に伴って、仕事から途中で退勤したり休んだりしていたことを、後輩もよく知っている。

 誰よりも息子想い、家族想いだということで会社内でも洋平は有名だったのだ。なるべく残業を残さず、定時で帰り家族での時間を大事にしているという話を聞いたことがあるほどだ。


「和志の奥さんももう少しで予定日だろう?」

「えぇ。来年に入ってからですね」

「子どもは大事にしろよ。じゃないと後悔するぞ」


 そう印象的に言った洋平は、後輩よりも先に駅から出て歩き始める。

 手で日光を防ぎたくなるほど、冬だというのに太陽の光は暖かく感じた。






 昨夜、


「……」


 航大が書いていた日記を見て、洋平は言葉が出なかった。男子にしては少し丸みが強いその字は見間違えることもない航大のものだ。日記はノート一冊丸々使われているみたいだ。震える手で次のページを捲ろうとすると、


「この日記――」


 ノートに書かれていたある一日の日記を読んで、恵が小さくこぼす。


「あなた、見たことある?」

「い、いや。航大がこんな日記をつけていたことは初めて見た……」


 驚きの表情を隠せないでいる恵の顔を真正面から見ながら、答える。

 洋平も恵も初めて手にして見る日記には、航大の一日の記録とその時の想いが綴られている。それだけを見れば、どこにでもありそうな日記だ。しかし、今頃になってこの日記を発見したことからも、洋平と恵にはただの日記には思えなかった。


「……毎日の記録がほとんどだな――」


 洋平の目には真剣な色が戻っている。先ほどまで流していた涙の痕すら見られない。


「でも、最初にこんなこと書いてあるってことは――」


 恵は日記の冒頭の一ページに書かれている二〇〇七年五月一二日の日付の内容を見て、航大がこの日記で成し遂げたかったことを推測する。


「……俺たちに感謝を言いたかったから……?」


 たしかに航大は口下手な一面もあったかもしれない。だが、家ではそのような態度は見せていなかったし、学校や病院での印象もそれほど内気だとは聞かなかった。感謝を告げるだけならば文字にせずとも、航大は口でちゃんと言えるはずなのだ。

 それだけではない別の目的があるのでは、と考えた洋平は次のページを捲る。



 開いた次のページには――。





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