二〇〇七年 六月二二日
今年は梅雨だというのに、あまり雨が降っていないイメージがある。カラッとした夏の日差しのような天候が続いているかのようだ。
それは、あくまでもイメージで実は思っているよりも雨は多く降っているかもしれない。しかし、航大にはそのような感じがしなかった。
「今日も暑いな――」
そうぼやくと、隣の席に座っていた裕也が頷いてくる。
「ほんとだよなぁ。最近はやたら蒸し暑いって思うよ。雨が降ってないだけましじゃないか?」
「雨降ってる方が気持ちいいんだけどね」
「そうか? じめじめして嫌じゃね?」
裕也が言う通り、梅雨の時期は雨が降らないほうが過ごしやすいだろう。しかし航大は雨が降っている方が好きだと言う。
「それがいいんだよ。カラッとしてる天気がずっと続くのはあんまし好きじゃないんだよね」
相変わらずぼやく航大の好みは裕也に分からないが、
「雨が降るとどっかに遊びに行くのも億劫だぞ?」
「それでも、雨の日はそれで別の楽しみ方があると思うんだ」
小さく呟く航大の言葉はやはり裕也には分からない。
活発に動き回りたい裕也は何をするにしても、外に出たがる。いつものメンバーで家に集まって遊ぶということは稀で、普段はどこかに遊びに行くことが多い。航大にとってそれは未知の体験のことが多く別段嫌という気持ちはないが、ゆっくりと時間を過ごす時があってもいいんじゃないか、と思っているのだ。
「別の楽しみ方ねぇ~。体育会系の俺にはわかんねぇな~……」
「まぁ、一日の楽しみ方なんて人それぞれだもんね」
そう笑顔を見せてくる航大の表情は、どこか寂しげに見える。
「……? 何かあったのか?」
その表情を見た裕也は、航大に何かあったのかと疑問に思う。
「ううん。ちょっと昔を思い出して――」
「……っ!?」
航大たちのグループでは、航大の過去に関することは禁句と言えるほどにデリケートな問題になっている。一年生の一学期の間をほとんど一人で過ごし、尚且つ授業を休むことが多かった航大には、様々な噂が流れていた。それも航大が市を越えて、この高校に来ているという理由を加味してのものだったが、裕也たちはそのことに少なからず過敏になっている。
今でこそこれほど仲が良い航大だが、航大の中学時代を誰も知らない。裕也たちだけでなく、このクラスの誰一人として知らないだろう。
「そ、そっか……」
航大の口から『昔』という単語が出たことに敏感になった裕也は、そうとしか返すことができない。
「ま、まぁ――、あんまり気にしないで良いよ。今は十分楽しいし」
「あ、あぁ」
取り繕うように言い合う二人の間で、微妙な雰囲気が漂う。その空気は、かつて航大と話すと必然的に感じていた――何とも居心地の悪い雰囲気だ。
その空気に耐えきれなくなった裕也は、
「ち、ちょっとトイレに行ってくる――」
そう言って、椅子から立ち上がる。
「うん」
その場を逃げるようにしてトイレへと向かう裕也は、自らのひどさを痛烈に感じてしまう。
(何も言えなかった……)
航大がどのような意図であのような発言をしたのか、それは分からない。しかし、裕也は分からないなりにも何か言葉を掛けるべきだったと後悔していた。
教室に残っている航大は自然と頭を抱える。
「なんで言っちゃったんだろう……」
無意識に出た自らの言葉に、航大は驚いていた。
それまでは、なるべく自分の過去について触れないようにしてきた。そこには航大の信念がある。市を越えてまで高校を受験したのも、新しく生活をするためなのだ。その新しい生活の中に、航大は過去の話を一切持ち出すつもりはなかった。
(我慢できなかったのかな――)
だからこそ、裕也に言ってしまった自らの言葉に驚いているのだ。
そこに自身の心の変化があるわけではない。信念は今も変わらず航大を突き動かす一番の要因なのだ。逆に心が耐えきれなくなった、ということだろうか。
「だめだなぁ、僕――」
心が耐えきれなくなったのであれば、それは航大自身の弱さになる。自身の過去を話さないという決断をしたのも、高校は市を越えて受験すると決めたのも全ては航大自身である。心が耐えきれなくなったというのなら、航大の決断が甘かったことにもなる。
「な~にかあったのかよ!」
そこに、陽気な声で誠が話しかけてきた。
「誠……」
「辛気臭ぇ顔してんなよ」
肩をばんばんと叩きながら航大の様子を見に来た感じの誠は、航大の席の机にひじをついて話出す。
「それでさ、前にちょっと話した旅行の話なんだけど――」
「旅行の話……?」
誠は先日裕也と三人で話していた旅行について話をしにきたみたいだ。
「うんそう。やっぱ本格的に旅行したいなぁ~って思ってさ」
「それなら前も言ったけど、みんなで話したほうがいいんじゃないの? 希も咲良も行かないとは言わないと思うよ?」
航大は誠に対して、前と同じことを言う。しかし、
「それは俺も分かってるけど、俺が発案者じゃあいつらも乗り気になるかわかんないじゃん!」
(そんなことないと思うけど……)
「そこでさ、航大にも提案してほしいんだよ」
必死にお願いをしてくる誠だが、航大にはやはりその必要性が感じられない。
「ん~…、まぁ構わないけど――」
「ほんとか――っ!?」
嬉しそうな声を上げる誠の表情を見て、航大は誠が言うように旅行の提案をすることにした。航大自身にも旅行をしてみたいという気持ちがあったのだ。




