65 幕間 聖女の今 2
~マロン視点~
私は今、ホーリスタ王国の王都にいる。
スラム街を中心に貧しい人たちのために無償で転職を行っているのだ。多くの市民から感謝の言葉を述べられる。
「本当にありがとうございます、聖女様」
「これで、家族を養っていけます」
「この恩はいつかきっと、返させていただきます」
私は、こういった言葉を掛けてもらいたくて、転職神官になったのだ。
だが、気分は晴れない。この後の計画を知っているからだ。それは、ホーリスタ王国との交渉の場で、国王を暗殺し、併せてこの王都を占拠するというものだ。ユリウスの見立てでは、まさか交渉の場で襲撃されるなんて思っていないから、必ず成功するとのことだった。
ならば、なぜこんなことをしているかというと、無知な市民の支持を集め、暴動を起こさせるためだ。私に同行するスタッフがそれとなく、ホーリスタ王国の悪事を伝えている。もちろんデマだ。この国に住んでいた私だから分かるが、この国は他国に比べたら、住みやすくいい国だと思う。
また、裏ギルドの関係者は、市内各地に爆発する魔石などを仕込んでいた。多分、多くの市民が犠牲になることだろう。
そして襲撃の日、私は聖女として交渉の場に姿を現す。
これも相手を油断させるためだ。マーズ教会が認定した聖女が暗殺してくるなんて思わないだろうしね。
それに私の周りを固める者たちも文官に見えて、実は「暗殺者」、「盗賊」、「忍者」などのジョブ持ちで揃えている。パッと見は、全く武器を持っていないように見えて、かなりの武器を仕込んでいる。彼らは武器を密かに忍ばせるスキルを持っているからね。
交渉の場で、開口一番に国王が言った。
「よくもこの場所に来れたものだな?我が国で指名手配をしているはずだが?」
「それは誤解です。私はマーズ教会が認めた聖女ですので、そんなことをするはずが、ありません」
「教会も転職神殿本部も、碌なものではないな」
私がこの交渉の場に来た理由は、国王たちを怒らせる意味もある。
打ち合わせ通りに行動する。
「神を冒涜し、悪辣な魔族と手を組むこの国は、もう終わりです。この方たちは、魔族どもに洗脳でもされているのでしょう」
「何を意味の分からんことを言っているのだ!!お前の悪事も教会の悪事も、全て証拠が揃っているんだぞ」
私は、懐から小型のナイフを取り出し、自分の左腕を少し切った。血が流れ出る。後々、ホーリスタ王国側から、襲撃されたと言い張るためだ。
「痛い!!助けてください!!この者たちは、魔族に洗脳されています」
それが合図となり、一斉に国王に交渉団のメンバーが襲い掛かった。
時を同じくして、城下からは爆発音が鳴り響く。
それからしばらくして、テロ活動の指揮を取っていたユリウスがやって来た。
「国王を取り逃がしてしまったが、王都は占拠した。後は王笏を見付ければ・・・」
王笏を手にした者が、この国を統べる者と認められるという伝統がある。
王笏自体は、魔道具のうような特別な力はないが、それでも王としての正当性を示すには必要だ。
「しけた国だが、今日から俺が国王だ。一緒に頑張ろうぜ。王妃様」
そんなに上手くいくだろうか?
★★★
当初は上手くいった。民衆の支持も受け、大きな混乱は起きていない。
マーズ教会の協力もあり、神聖騎士団も多く派遣されている。これにユリウスが率いている転職神殿本部の直轄部隊である神官騎士団を加えると、なかなかの戦力だ。そこに裏ギルド所属の諜報部隊とマーズ教会独自のネットワークが加われば、この程度の国であれば、十分に統治できると思われた。
しかし、そう甘くはなかった。
会議でユリウスが怒鳴る。
「なぜ、諸侯が結束しているんだ!?各個撃破できるはずじゃなかったのか?」
ホーリスタ王国は、アバレウス帝国軍のように組織化されている軍隊を持っていない。各領主に独自の戦力を持たせ、戦争となれば、各領主と王家の合同で軍を編成する体制だ。領主間にあまり交流はなく、領主同士がライバル心を剥き出しにしている領地もある。
当初の作戦では、連携の取れない領主たちを各個撃破、または工作活動により、懐柔するといったものだった。
「各個撃破するため、軍を差し向けたのですが、逆に待ち伏せされて全滅しました。また、諜報部隊の被害は甚大です。相手の諜報部隊のほうが一枚も二枚も上手で、全く機能していないのです」
「なぜだ!?この国は、そんな戦力は、なかったはずだろ?」
「事前の情報ではそうでした。ですが・・・」
報告をした騎士は、言葉に窮した。
更に悪い報告は続く。
騎士の一人が、新聞を持ってきた。
「情報が取れないからって、新聞を持ってくるなんて、本当に無能な奴らだな・・・おい!!これは!?」
ユリウスの持っていた新聞を覗き見る。そこには、こう書かれていた。
転職神殿本部とマーズ教会の悪事を暴く。立ち上がる大聖女。
大聖女に導かれた三王子が、手を取り合い悪の組織に立ち向かう。各国も賛同している模様で、近々連合軍を編成して、ホーリスタ王国の王都を奪還する予定である。
「そ、そんな・・・」
新聞を持って来た騎士が言う。
「何とか、王都だけは情報統制ができております。しかし、民衆に伝わるのも時間の問題です。このままでは、我々が・・・」
「おい!!連合軍を編成して、ホーリスタ王国と魔族を討つんじゃなかったのか?」
「それはそうですが、こうなってしまった以上は、各国も大聖女の勢力につくものと・・・」
ユリウスは少し考えて言った。
「旧ランカスター転職神殿跡地に逃げ込んでいる前国王を討つ。ここまで探しても、出てこないということは、王笏は奴が持っているのだろう。だから奴らを殺して、王笏を奪い取る。そうすれば、俺は正式な王だ。正式な王となれば、流石に連合軍も迂闊には手出しできないだろう」
「それはそうですが、しかし、戦力が・・・」
「戦力はあるだろ?なあ、王妃様?」
★★★
私は今、民衆たちの前で演説をしている。
「これは聖戦です。一人でも多くの方の協力が必要なのです。不安なのは分かります。ですが私がいます。聖女の私が!!世界の平和を取り戻すのです」
演説の後にユリウスが近寄って来た。
「いい演説だったぞ。多くの転職希望者がやって来ている。まあ、何人かは拒否するだろうが、そこはお前が強制転職しろ。これでこの国は俺たちのものだ。なあ、王妃様」
民衆を騙して扇動し、強制転職までさせて死地に送り込む。
確かに私は王妃となり、聖女にもなった。しかし、これが私が望んだ人生だったのだろうか?
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