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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第92話 事情聴取されました。 

もうちょっとだけ騎士編(ジルベルト編?)は続きます。



 ジルベルトが目を覚ましたという報告をメリンダから受け、フィーラたちはすぐにジルベルトに会いに行った。




 火傷の痕が残る両手はまだ痛々しかったが、それでも概ね完治はしているという。指も動くし、物を握るにも支障はないと。


 どこか寂しそうに笑うジルベルトの顔を見て、フィーラはあることに気づいた。


――あのときの騎士……ちょっとだけジルベルトに似ているんだわ……。


 その時のジルベルトは、いつもしている眼鏡を外していた。髪の色も、瞳の色も違うけれど、眼鏡を外した顔はあのときカーティスと話していた騎士と重なって見えた。


――確か、上のお兄様が近衛騎士と言っていたわね。……もしかしたらあの人が。


 ジルベルトの様子はエルザからの質問やクレメンスからの気遣いの言葉に応えながらも、どこか上の空に感じた。


 しばらく、学園を休む。そう言ったジルベルトは、どこか不安そうで、しかし、強い決意を込めた瞳をしていた。



 それが数日前のこと――。







「大丈夫かしら? ジルベルト」


 フィーラのため息交じりのつぶやきに、ロイドがすぐさま反応した。


「フィー……。そんなにジルベルトが気になるのか?」


「それは……気になります。剣を握ることを忌避していたジルベルトが、緊急事態とはいえ剣を持って魔と戦ったのですよ? ジルベルトの中で何か変化があったことは確実だと思うのですけれど……。それが良い傾向なのか悪い傾向なのかわからないのです……」


「子どもじゃあるまいに……フィーが心配することではないだろう」


「友人ですよ? 心配に決まっています」


「過保護すぎる」


「お兄様に言われたくありませんわ!」


「……そこまでにしろ、二人とも」

 

 呆れを隠しもせずに、サミュエルがフィーラとロイドを見てため息をついた。


――ため息を吐かれるほど、遣り合ってはいないのに……。


「……申し訳ありません」


 サミュエルの態度に少々傷つきながらも、フィーラは一応は謝罪の言葉を口にする。


「申し訳ないと思っていないだろう?」


「そ、そんなことは……」


「なら睨むな」


――え? 顔に出ちゃっていたかしら? ……気を付けないと。


 とっさにフィーラは己の顔を両手で触る。その動作に小さな笑い声があがった。


「お前らがうるさいのは慣れている。しかし、この場には俺以外の人間もいるんだ。自重しろ」


 サミュエルの言う通り、今、この場にはフィーラとロイド、サミュエル以外にも、もう一人の人間がいる。近衛騎士の制服を着た、栗色の髪に群青の瞳の美丈夫。


「悪いなルーカス。こういう奴らだ」


「いいえ、皆様仲がよろしいのですね」


「よろしくない」


 ロイドがサミュエルの代わりに応える。サミュエルも眉を顰めたため、ロイドと答えは一緒だろう。


「そもそも、僕たちはなぜ王宮に呼ばれたんだ? フィーの聴取なら学園ですればいいだろう」


「学園では聞きにくいこともある」


「……もしかして、関わった者全員個別で王宮に呼んでいるのか?」


「……なぜそう思う」


「いいや、別に? ただの勘だ」


 ロイドの言葉をそのまま信じたわけではないだろうが、サミュエルはそれ以上追及しなかった。


「すみません。私がお二人にお会いしたいと殿下にお願いしたんですよ」


「なぜ君が? ルーカス殿」


 どうやらロイドとルーカスは面識があるようだ。フィーラの心の内を察したのだろう、ルーカスがフィーラに自己紹介をした。


「あなたにお会いしたかったのですよ。はじめまして、フィーラ嬢。私はルーカス・フォン・セルトナー。リーディアの兄です」


「まあ、リーディア様の……」


――そう言われてみれば、群青色の瞳はリーディア様と一緒だわ……。


 セルトナー家とは付き合いがあったが、フィーラ個人としてはリーディアとしか直接の関りはない。長男はよくセルトナー公爵と行動をともにしているため、何度か顔を合わせたことはあったが、ルーカスに会うのははじめてだった。


「ルーカスはあのとき、魔と戦った者の一人だ」


 サミュエルの言葉に、フィーラはさらに驚く。だが、こちらもロイドは知っていたのだろう。特に驚いた様子は見られない。


「そうだったのですね……。その節はありがとうございました」


「いいえ。私はただ護衛としての仕事をしたまでのこと。それに結局、魔を祓ったのは私ではなくジルベルト君です」


 ジルベルト君。その声からは親しみが感じられた。ルーカスはどうやらジルベルトの事を知っているようだ。


「ジルベルトのことをご存じなのですね」


「向こうは私のことを知らないでしょうね。私も同僚の弟ということで知っているだけです。それに、コア家は有名ですしね。まあ、メルディア家ほどではないでしょうが」


「そこで世辞を言う必要はあるのか? セルトナー家も相当なものだろう」


 ロイドの言葉にルーカスは微笑みで返す。


「世辞を言ったつもりはないんですけどね。デュ・リエールでのフィーラ嬢の美しさは貴族中で相当な噂になっていますよ。それで、私も一度間近でお会いしたいと思いましてね。美しさに加えて精霊姫候補とくれば、これから先、妹さんは引く手数多でしょうね」


「それこそ、世辞も良いところだ。美しさはフィーに及ばずとも、リーディア嬢とてまあまあ見られる美貌を持ち、フィーと同じ精霊姫候補であり、フィーが辞退したサミュエルの婚約者候補に抜擢されたと評判じゃないか」


――……お兄様……喧嘩売ってる? というか今、まあまあ見られると言った? 他人の妹捕まえてまあまあ見られる? 何てこと言うのよ……。


 ロイドのあまりの言いように、フィーラはあんぐりと目と口を開けてロイドを見つめてしまう。


 そんなフィーラの様子を見て、今度こそルーカスが噴き出した。


「……っ失礼。いえ、非常に純粋で素直な方のようですね、フィーラ嬢は。先ほどから思ったことがすべて表情にでていますよ?」


「ええ⁉」


「フィーが純粋で素直なのは認めるが、君に褒められると面白くない」


「……妹を貶された私のほうが面白くはありませんが」


――そうよね、そうよね! お兄様がごめんなさい……。


「……申し訳ありません」


「いえ、あなたは何も悪くはありません」


「僕がいつ貶した? 褒めただろうが」


「世間ではあれを褒めたとは言わない」


 黙って聞いていたサミュエルが面倒くさそうにロイドを諭す。


「それよりもさっさと本題に入ろう」


 そうなのだ。今日、ここに呼ばれたのにはわけがある。


 

 先日の模擬戦での魔との遭遇。あの日は非常に不可解なことばかりが起こっている。学園は現在もその件を調査中で、学園の警備に不審を持った生徒の親たちの中には、学園を辞めさせる者まで現れはじめた。


――まあ、気持ちはわかるわ……。どれほど貴族社会でティルフォニア学園の肩書が重要でも、命あっての物種だもの。学園内に魔が三体も出現したと聞いたら、そのまま子どもを学園に置いておくのは心配になるわよね。


 しかも間近で魔との闘いを見た聖騎士候補のうち、四人が学園を去るという事態になってしまった。聖騎士になってからも辞める者はいるというから、まだ学生の身では仕方のないことなのかもしれない。


「あのとき、学園全体で三体の魔が出現した。しかも、三体すべて騎士科の領内だ。なぜ、場所を限定して魔が出現したのか、なぜ騎士科だったのか。今回の件だけを見れば謎しかないが、前回の魔の出現と合わせて考えれば、いくつかの仮説が成り立つ」


「いくつかの?」


 フィーラの問いに、サミュエルが頷く。


「ある人物を狙って魔が出現している。ある条件が揃うと魔が出現する。ある人物がいるときのみ、魔が出現する。こんなところか?」


 ロイドの言葉にサミュエルがにやりと口の端をあげる。


「そうだ。ただしある条件が揃うときとはある人物がいるときと言い換えることもできる。まず共通する人物は調べた結果、お前たち二人と、リーディア、ステラ・マーチ、ウォルク・マクラウド、ジークフリート殿下、ルーカス、俺だ。この中の誰かが魔に狙われている可能性と、この中の誰かがいるときのみ、魔が出現する可能性がある。あるいは人物ではなく、その人物の持つ特性に導かれたとも考えられる。二つの事例に共通する人物の特性としてわかっているのは、精霊姫候補と王族、または王族に近い身分だということだな。だがこれだとマクラウドが弾かれるが、しかしマクラウド自身は王族ではないが現精霊姫の甥だ。要人と言えなくもない」


「……精霊姫候補とその関係者、そして王族か。どちらにしろ厄介だな。一番有力なのは、精霊姫候補か」


「そうだな。フィーラとエルザ・クロフォード。行動を別にしていた二人のもとにも魔が出たことを考えると、その可能性が高い。闘技場内で最初に魔が出た場所にも、精霊姫候補であるリーディアとステラがいたしな。だが、他にも精霊姫候補はいる。そこに魔が出現していないことを考えると、一概にこの見解が正しいとも言い切れない」


「……これまで、精霊姫の選定を魔が阻んだという事例はあるのか?」


「ないな。……いや、気づいていないだけという可能性はあるか? まあ、そのほかにも考えなければいけないことは山程ある。なぜ前回も今回も結界が役に立たなかったのか。なぜ、魔が上級精霊を阻むほどの結界を張ることができたのか。……なぜ、同じ現場にいたはずの者たちの証言が食い違うのか」


 サミュエルの鋭い瞳がロイドとフィーラを射抜く。


――これは……知っているわね。ジークフリート様の言っていたこと……。


「何を言っている?」


「とぼけるのか? 王家と精霊教会はお前たちが思っているよりも仲が良いんだ。人の目や耳では知りえぬ情報も、姿の見えない精霊ならば簡単に入手することができる」


「……精霊士を間者として使っているのか、教会と王族は」


「何を今更……精霊士が間者として働くのは今に始まったことではないだろう」


「俺たちにも張り付けているのか?」


――え、そうなの? わたくしのそばにも精霊がいるの?


 フィーラがそわそわと己の両肩付近を交互に見るが、もちろん何も見えることはない。


「時と場合によってだ。今はいない」


「どうだかな。まあ、勝手に見られるのは不快だが、言ってもしょうがないな。それに別に僕たちは悪さはしていないぞ」


――精霊が監視カメラの役割をするの? いやだわ、ここでも監視社会なの……。


「だが、嘘はついているだろう?」


「嘘? お前にか?」


「そうだ」


「いいや、僕は嘘はついていない。それよりもひとつ聞きたいんだが、精霊は他の精霊の監視に対して何も行動は起こさないのか?」


「精霊自体に監視している認識も監視されている認識もないからな。おそらく、ただそこに同胞がいると思っているだけだろう……上級精霊ほどになるとわからんが」


「上手いこと利用したな」

 

 ロイドの言葉にサミュエルが無言で微笑む。


「それで、本当のところは?」


「そもそも、精霊に監視させていたなら、改めて僕たちから情報を得なくても良いだろう。それが出来ない理由でもあるのか?」


「……精霊がおかしい」


「何?」


「精霊は嘘をつけない。少なくとも、嘘を吐くという性質は持っていないはずだ。だが、前回の魔の出現から、精霊たちの情報に齟齬が生じ始めている。主観のない精霊からは見たまま聞いたままの情報しかもたらされないはずなのにだ」


「なるほどな……だが、僕たちは本当に何も知らないぞ。何が起きているか知りたいなら、大聖堂に聞け」


「大聖堂か……なるほど。厄介だな」


「精霊教会とは仲が良いんだろう?」


「精霊教会も一枚岩ではない」


「統制がとれていないのか、不穏だな」


「ああ」


「まあ、聞きたいのがそのことだけなら僕たちはもう帰るぞ。ルーカス殿の用事も済んだろうしな」


「ええ。お会いできて光栄でした。フィーラ嬢」


 ルーカスがフィーラに向かって微笑みかける。その品の良さを感じさせる微笑みは、やはりリーディアとよく似ていた。


 この場は、ルーカスの望みのために用意されものではないだろう。サミュエルはロイドの言う通り個別に聞き取りをしているのかもしれない。だがサミュエルの考えていることなど、推測するだけ無駄というものだ。


 フィーラはルーカスに向かって、正式な淑女の礼をする。せっかく褒めてもらったのだから、ここは最後まで気を張らないといけないだろう。


「わたくしも光栄でしたわ。ルーカス様」


 ルーカスの瞳が、さらに柔らかく細められる。


 ただ、その優しそうな笑顔が、どこか寂しさを感じさせるものだったのが気にかかった。


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