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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第88話 すでに片がついていました。



 闘技場の敷地の端へと移動したフィーラ達は思ってもいなかった静けさに周囲を見渡す。


「……魔の気配がない。まさか、同じように逃げたのか? それにどうやら結界も消えているな」


 フィーラは、カーティスの魔の気配がないという言葉を聞いて安心した。


――魔の気配がないということは……皆無事ということよね? でも人がいないわ……。


「……闘技場へと行ってみよう」


 闘技場へと向かって歩いていくと、遠くに人だかりが見えた。すぐに、こちらに気づいたらしい人影が駆け寄ってくる。近くにくるにつれ、その人影がロイドだということが分かった。


「フィー!」


「お兄様!」


「フィー。……良かった。無事だったのか」


 ロイドが己の胸に飛び込んできたフィーラを抱きしめる。デュ・リエールの時とは反対だ。あの時は倒れたロイドをフィーラが心配していたが、仕方のないこととはいえ、今回は兄にその気持ちを味わわせてしまった。


「お兄様も、無事でよかったわ」


「ああ。ジルベルトとテッドのおかげだ。ジークも無事だったな」


「おかげさまでね。クレメンス君も無事だよ」


 ジークフリートが一歩下がった位置に立つクレメンスを振り返り微笑む。


「そのことだが、魔の気配が消えている。もしやあの二人に憑いた魔も逃げたのか?」


「魔が逃げる? いいえ。あの二体の魔はジルベルトが祓ってくれました」


「え⁉ ジルベルトが⁉」


 カーティスよりも早くエルザがジルベルトの名に反応する。


「祓った⁉ どうやってだ!」


「ハリス殿下のおかげですよ」


 ロイドが事のあらましを説明してくれた。








「なるほど……精霊の貸与か。普通考えついてもやろうとは思わないだろうが」


「賭けだったと本人も言っていました」


「それで……魔は祓えたのは分かったが、あそこで集まって何をしている」


「ああ……それは。ジルベルトが倒れてしまって……」


「え⁉ 大丈夫なの⁉」


「そうか……。おそらく契約していない精霊の力を使ったために疲弊したんだな」


「ええ。すぐに医務室へ運ばれました」


「では残っているのは……」


「僕とテッド、サミュエル殿下と、ハリス殿下、それと近衛騎士たちだよ」


「ステラ様たちは……」


「彼女たちに怪我はないけど、きつい体験をしたからね。マクラウドに付き添ってもらって一緒に学園の医務室へ行ってもらったよ」


 この学園には最大数十人を収容できる医務室が完備されている。だが、それとは別に、騎士科にも小規模な医務室が存在していた。


 騎士科の医務室には特別に、学園の医務室へと限定で飛ぶ転移門が設置されている。通常の怪我ならば外科的な処置で事足りるが、大きな怪我や身体の内部に損傷を負ってしまった場合のため患者を設備の整った学園の医務室へと運んだり、反対に学園の医務室に在中する医師をこちらに呼ぶためのものだ。

 今回ステラたちは騎士科の医務室ではなく、学園の医務室へと行ったようだ。


――そうよね。魔が出た場所にある医務室では、落ち着けないもの……。


 フィーラが、医務室があるだろう方角を見ていると、テッドやサミュエルたちのいる場所から、騎士科の制服を着た黒髪の男がこちらに近づいてくるのが見えた。


――あちらの事情聴取はもういいのかしら?


「カーティス・ラング。こんなときに聖騎士がどこへ行っていた」


 男がカーティスを睨みつける。近くで見る男の瞳は青く、その男らしい整った容貌は誰かに似ている。


――誰かしら? 黒髪に青い瞳の知り合いはいないけれど……。


「……悪かった。あんたたちがいてくれて助かったよ」


 男の怒りに対し、カーティスは素直に詫びと礼を言った。


「先生はわたくしたちを助けに来てくださったのです」


「そうだよ! 先生が来てくれなかったら、私だけじゃ魔からフィーを護り切れなかった」


 フィーラとエルザが黒髪の男を見上げ、カーティスの味方をする。


「そちらにも魔が出たのか……!」


 驚く黒髪の男に、カーティスが状況を説明した。




「なるほど……合計で三体もの魔がこの学園内にでたということか」


「大聖堂への連絡がとれなかったからな。二体は、複数の聖騎士候補や騎士科の生徒たちがいる闘技場に出た。仮にも騎士を目指す者たちだ。魔を祓うことは出来ずとも、素直に殺されることもないだろうと思ってな。だが、三体目は闘技場から離れていたし、騎士ではない誰かが襲われている可能性を考えたら、そちらを優先するべきだと思ったんだ」


「結果的には正解だったな。まさか精霊姫候補が二人襲われていたとは……」


 この男は名乗る前からフィーラとエルザが精霊姫候補と知っていたようだ。サミュエルの護衛なのだとしたら、ある程度学園内の事情にも精通しているのだろう。


「……王宮のことといい、今回のことといい、不穏だな」


「学園内にいる護衛はあんたたちだけではないのだろう? そいつらは今どこにいる」


「……何かあった際には駆けつけられる距離にはいたはずだが」


「だが、ここにはいないな」


「何が言いたい?」


 男がカーティスを睨みつける。


「いや、喧嘩を売っているわけじゃない。今回、俺が知覚した結界は学園全体とこの闘技場周辺だけだが、この学園内の至る所に魔による結界が張られていた可能性はある。小規模な結界なら知覚することも難しいからな。だが小規模といえども、生身の人間が突破するのは無理だろう。護衛達も結界が張られていたせいでこちらへ来られなかったんじゃないかと思ってな」


 この学園には基本、侍女も侍従も、護衛すらも連れてこられない。しかし、学園に集まっているのは王族も含め高位貴族の子弟がほとんどだ。通常ならば護衛すら連れてこられないことに反発があってもおかしくない。だが、それがないのには理由があるのだ。


 この学園の警備の大本には、精霊教会が管理する精霊の力が使われている。下級から中級程度の精霊を学園の至るところに配置して、不穏な言動をとる者を常に見張っているのだ。

 そのうえ、生徒への物理的な攻撃を防ぐ手立てとして、ティアベルトから相当数の護衛が学園へと投入されている。

 それは生徒であったり、教師であったり、用務員であったりと様々だ。彼らは何事もなければ、学園内の一風景としてそこに存在し、生徒たちを見守っている。


 だが、今、その学園の仕組みは本来の働きをしていない。


 これが何を意味するのか、これから早急に解明していかなければならないだろう。


「そうだな……。精霊教会へは学園からも通達が行くとは思うが……警備は精霊教会の管轄とはいえ、この学園の運営はあくまでティアベルトだ。こちらでも調べてみよう。」


「そうしてくれ。……ただ、おそらくだが精霊教会側も何も分かっていない可能性はある。あるいは、すべて承知している可能性も……」


「承知しているだと……⁉ どういうことだ⁉」


「そこまではわからない。だがおそらく今は前例のない事態が起こっている真っ最中だ。ここまで魔の力が強くなっていること自体、本来ならあり得ない。……すべてを疑ってかかってくれ。今までの常識では通用しないと」


「……わかった。あんたは信用できるのか?」


「さあ。俺も自分が信用できなくなっていたところだ。これほど大規模な結界が張られたことにも気づけなかったんだからな」


「……あんたは聖騎士の中でも有望株だろう。次代の筆頭騎士候補だという噂も聞く。あんたが信用できないなら、ほかの聖騎士だって信用できない。むしろ、あんたの目すら欺くほどの力が働いたと考えるべきじゃないのか?」


「……」


 男の言葉に、カーティスは返事をしない。険しい表情で何かを考えている。




「お嬢様!」




 聴取を終えたテッドが、フィーラたちのもとへ走ってきた。


「テッド! 良かった無事だったのね」


 テッドはひどい有様だったが、命に係わるほどの怪我はしていないようだ。


「俺は大丈夫です。ですが、ジルベルトが……」


 テッドがジルベルトが運ばれていったであろう方角を見て、眉を顰めた。


――あら? ジルベルトの名前……呼び捨てになっているわ。


「聞いたわ。ジルベルトが医務室へ運ばれたと……」


「……お嬢様は知っていらしたんですが? あいつがコア家の出だってこと」


「ええ。とは言っても、わたくしも数日前に知ったばかりよ」


――ジルベルトのお父様が近衛騎士団長だということもその時知ったばかりだもの……。


「あいつは何で、騎士科に来なかったんでしょう……」


「……事情があると、言っていたわ」

 

「……そうですか」


「フィーラ」


 いつの間にか、フィーラの傍にはサミュエルが立っていた。当たり前だが、サミュエルには傷一つついていない。


「怪我はないのか?」


「ええ……わたくしは……」


 サミュエルがフィーラの全身を眺め、膝付近で視線を止める。


「……フィーラ、お前も医務室へ行け」


「? わたくしは怪我なんてしていないわ」


「膝から血がでている」


「え? あら」


 よく見ると、真新しい鮮血が制服についていた。どうやら膝から流れているようだ。確かに少々痛いとは思っていたが、血は出ていなかったはずだ。動いたことで傷が裂けたのだろう。


「きっと瘴気を避けた時だね。……ごめんフィー。怪我なんてさせちゃって」


 フィーラはしょんぼりとするエルザを慰める。


「何を言っているのよ、エル。エルがいなかったら、これじゃすまなかったわ。それに、テッドを目の前にして、こんな怪我くらいで騒げないわよ」


「確かにね……。テッドさんはひどい有様だ」


 テッドの髪はぼさぼさで、そこら中泥だらけだ。それに、なぜか一部焦げてもいる。


「……そんなにひどいですかね」


 自分の身体を見まわして、テッドが眉を下げる。


「何を言ってるの。男の勲章だよ。今度私と手合わせしてよ!」


「ええ! いえ、それは……」


「本気にしなくていいぞ、テッド君」


 ジークフリートが困っているテッドに助け舟を出す。


「ジーク、私は本気だよ!」


 ジークフリートはエルザの言葉に、軽く肩をすくめた。


 三人のやり取りをみて微笑むフィーラにサミュエルが眉を顰める。


「お前はさっさと医務室へ行け。俺たちはもう少しここにいる。ロイドとジークフリート殿下も残ってくれ」


「わかった」


 何か事件が起こった場合、被害者からも事情を聴くのは一般的だが、今回は事が事だ。魔に襲われた場合恐怖のあまり、すぐには事情を聞けない者のほうが多い。特に現場に子どもや女性がいた場合などは、聴取よりも避難や休養を優先されるのだ。


――こういうところは意外と徹底しているのよね。レディーファースト? いえ、違うわね、フェミニスト? どちらにしろ、弱いものを護ろうとする意識は、どこの世界でも共通ね。


「フィー、僕たちもあとから医務室へ向かうよ。クレメンス君、二人を頼むよ」


「……はい」


――こういう場合、女性だけでの行動も極力させないのよね。建前もあるのでしょうけれど……。


 事件が起こったあとに女性二人だけでの行動を許し、もし何かあったら大事だ。それでも騎士ではなく精霊士であるクレメンスに頼んだのは、すでに危険は去っただろうと、誰もが認識していることの証明でもある。


――クレメンスが頼りないというわけでは決してないのだけれどね。クレメンスのおかげでわたくしとエルの二人とも助かったわけだし。それにここの医務室から転移門を使えば学園まではすぐだしね。


「ではお兄様、先に行ってお待ちしております」


 ロイドたちを残し、フィーラ、エルザ、クレメンスは騎士科の医務室へと向かった。


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