第86話 伝達と救助
そろそろ一話ごとのサブタイトル考えるのがきつくなったのでちょっと適当です。あとで直したり、空欄なこともあるかもしれません。
普段あまり使用されていない闘技場を貸してほしいと、サミュエルがカーティスの許可を取りに来たのが二日ほど前のことだった。
私闘ではないと言っていたが、授業以外での模擬戦はあまり褒められたものではない。
カーティスとしては見ないふりをするかわりに関わり合うこともしないと明言し、闘技場使用の許可を出した。
一応、他の騎士科の教師にも伝えてはあるが、ほぼすべての教師が、構わない、という結論を出したのには少々驚かされた。
だが、考えてみれば騎士科の教師は騎士団あがりや、騎士団から出向してきている者も多い。カーティスのように聖騎士としての出向は精霊姫選定の時以外にはないにしても、教師は皆何かしらの実務経験がある者がほとんどだ。
貴族とはいえ、騎士を志す者は基本血の気が多い。私闘は一応は禁止とされているが、それに相似するような決闘紛いの対戦はこれまでにも結構行われているらしい。
だが、それをサミュエルが提案したのは正直意外だった。
今回の模擬戦は、その場にいた学生たちの口から広がり、賭けの対象になっていた。今日、闘技場へと野次馬しに行っている者も相当数いるだろう。
もちろん金銭をかけることも許されていないため、表向きは皆、学食をおごるくらいのものだったが、隠れて酒や金銭の授受も行われているのは騎士科では暗黙の了解だった。
「何を考えているのかね……あの王太子は」
精霊姫が過ごす大聖堂はティアベルト王国に建てられているため、その国の王太子であるサミュエルのことは、聖騎士ならば誰でも知っている。
王族には精霊教会所属の守護精霊がついているため、厳重な検分を受けずとも許可さえとれば自由に大聖堂に出入りすることが出来る。サミュエルも、小さい頃から何度も大聖堂へと出入りしていたはずだ。
特に現精霊姫であるオリヴィアはそこらへんがとても緩いため、サミュエルだけではなくオリヴィアの生国の王太子であるリディアスも、幼い頃はしょっちゅう大聖堂で見かけた記憶がある。
そもそも、サミュエルの謎の行動は今回の模擬戦に限ったことではない。サミュエルはなぜか最近になって、よく騎士科を訪れていた。
最初は、騎士科の生徒を自国の騎士団へ勧誘するためかと思っていたが、どうもそうではないらしい。なぜなら、サミュエルは騎士科を訪れる際、いつも同じ少女を連れていたからだ。図書館でジルベルトに話しかけていた生徒――サミュエルはその少女をステラと呼んでいた。
それに、話かける生徒が固定されている。おそらく、その生徒に的を絞ってということではない。何しろその生徒は、聖騎士候補の一人で、ティアベルト以外の国の出身だったからだ。
注意深くみていると、どうやらその生徒と話をしたがっているのは、ステラだということがわかった。しかも、そのステラという少女はどうもカーティスまで探している節があった。一度その少女の口から己の名前が出てきたときがあったのだ。
面倒ごとに巻き込まれるのが目に見えていたため、カーティスはサミュエルがその少女を連れて来た時は意図的に姿を隠すようにしていた。
前回はたまたま、多数の人間の目があったため大丈夫だろうと判断したのだが、やはり面倒ごとに巻き込まれてしまった。
しかし都合のよいことに、今日は騎士科の生徒に頼まれ授業終了後、魔と戦うための心得などと言うものを指導することになった。聖騎士ではなくとも、騎士となるならば、魔と相対する機会はいずれ訪れる。
カーティスは今、カーティスからの指導を実践してみようと対戦を始めた生徒たちを、ベンチに座って眺めていた。
聖騎士候補は十五人。日頃はこの十五人で実技を進めるが、時には騎士科の生徒を交えての実戦も行われる。
魔を祓えるのは、精霊の力のみ。それならば、精霊の力を扱える精霊士でも魔は祓えるということになるが、精霊の力だけで魔を祓うとなると、よほど力の強い精霊でないと生物につく魔には対抗できない。
魔が生物にとりつくのは、己を護る盾を得るためでもある。肉体を通して精霊の力を魔に届かせようとすると下級や中級の精霊では、威力が弱いのだ。
だから物理的にも魔に打撃を与えることで、精霊の力を肉体を纏った魔に届きやすくすることができる。
精霊の力は万能ではない。聖騎士となってから、カーティスはそのことを思い知った。精霊王はその限りではないが、聖騎士につく上級精霊といえども魔に憑かれた人間を、本来の意味で救済することは出来ないのだ。
「厄介なものだな……」
騎士たちが剣を交わす姿をカーティスがぼうっと眺めていると、チリっとした皮膚が焼けつくような感覚とともに瞼の奥で閃光が走った。
幾度となく覚えのある感覚。精霊からの警告だ。
カーティスはベンチから立ち上がり、周囲を警戒する。
近距離で魔の瘴気を精霊が捕らえた場合、契約した相手にその旨を知らせる場合がある。精霊と魔の性質は真逆だが、対立しているわけではないため、精霊の警告は人間とともにいる経験により培われたものだ。これまでずっと、カーティスと共に魔と戦ってきた精霊だからこその警告。
「どこだ……」
魔のいる場所を探るため神経を集中させようとしたカーティスの目の前に、弱弱しく点滅する光の玉が現われた。
「これは……? 精霊の伝達か? なぜこんなに弱弱しい」
カーティスがその精霊に向かって手を差し出す。
この精霊は本体ではない。精霊が伝達をするとき、己からわずかな力を分離する。稀に本体そのものが来ることもあるが、通常はそれで事足りる。
精霊は元はひとつの大きな力の塊と言われているため、ほんの小さな分身でもその精霊そのものであるといってもいい。
たとえ片方が消滅したとしても片方が残ってさえいれば、その個としての精霊の性質は残るのだ。
だが、そうと分かっていても、消えゆく命に心を配るのが人間の性だ。本体は無事だと分かっていてもこうまで弱弱しい様を見せられると、心が動く。
「……ありがとう。助かったよ」
光の玉は点滅を繰り返しながら、だんだんと薄れ、最後には消えていった。
現れた際のあの衰弱ぶりでは、本体には戻れないだろう。おそらく、結界を抜ける際に力を消耗し過ぎたのだ。
精霊の死は、仮初のもの。生と死は、大いなる源とこの世界を巡る循環だ。ましてや、あの精霊は本体から切り離された分身に過ぎない。
カーティスは己の感傷を振り払い、精霊が与えてくれた情報を整理する。精霊の伝達は、まず精霊同士で行われ、次に精霊と契約した人間へともたらされる。
「魔が出たのはこことは別の場所か……。だとしたら、さっきの瘴気はこの精霊が結界を抜ける時に漏れたものを捉えたのか」
精霊の情報では、魔が一体、サミュエル達のいる闘技場に出現している。しかも闘技場には結界が張られているらしい。
「大聖堂へも連絡が取れないとは、どういうことだ……」
カーティスは、己も大聖堂へと連絡を取ろうとしたが、やはり結界に阻まれた。かなり強力なもののようで無理やり抜けようとしても弾き返される。
「くそ……誰がここまで強力な結界を張ったんだ」
これでは、学園の外へは連絡するすべがない。
「なぜ、気づかなかった……」
カーティスは自分を責める。たった数か月、学園で教師として平穏に過ごすうちに勘が鈍ってしまったのかと。
カーティスはもう一度集中し、学園内の様子を探った。
学園外には出られないようだが、その代わり、学園内に張られた結界はある程度力のある精霊には破れるようだ。
さきほどの精霊の本体は上級精霊だ。おそらく、上級以上の精霊ならば、学園に張られた結界は破れずとも通過はできる。闘技場に張られた結界も、それほど強力なものではないのだろう。
ある程度事態を把握したカーティスは、まずメリンダへと精霊を飛ばし、次いでトーランドへと精霊を飛ばした。ここ以外にも魔が出た可能性は捨てきれない。あとはこの二人が適切に処理してくれるだろう。
カーティスは軽く目を閉じ、呼吸を整える。魔の存在に焦点を合わせ、そこへ飛ぼうとし……カーティスは唇を噛んだ。
「……くそ、一体じゃない、三体だ」
次にカーティスが目を開いた時には、カーティスの身体の周囲に、炎が出現していた。
まったく熱を感じないわけではない。だがどれほどカーティスが熱いと感じても、実際の肉体には、何ら影響を受けていない。
炎は一瞬で燃え上がり、周りの景色がゆらゆらと揺れる。
「どこに行く……」
精霊の情報にあった魔と戦っているのは、サミュエルの護衛騎士だ。
技量という点では、護衛騎士への助けは必要ない。魔の対処方もある程度は知っているだろう。しかも王太子の護衛を任されるほどの者だ。憑かれた者を殺さずに魔からの攻撃を躱す技量は持っているはずだ。
それに王族が二人いるということは、守護精霊も二体いるということだ。少なくとも、死人がでる確率は低い。
あとの二体……二体目は、場所が一体目と近い。闘技場には今、野次馬を含めて、相当数の騎士がいるはずだ。それに聖騎士候補であるテッドとエリオットもいる。
だが、三体目……。これは闘技場から少し離れている。もし、三体目の魔がいるということを、カーティス以外の誰も知らなかったなら。そしてもし、その場に戦える者がいなかったとしたら……。
カーティスは移動場所を定め、そこへと飛んだ。




