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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第78話 侍従もいざというときは……

一話投稿します。



「ジルベルト・コア」


 フィーラたちと別れたあと廊下を歩いていたジルベルトは、後ろから声をかけられた。

 振り向いた先に立っていたのは、この国の王太子サミュエルだ。




「……殿下。俺に何か御用でしょうか?」


「ああ。ジルベルト・コア。お前はコア家の三男だったな」


「はい」


 ジルベルトの父は近衛騎士団長、長兄も近衛騎士だ。


 王宮に勤める文官や近衛騎士は家族構成を国に把握されている。ジルベルトがサミュエルに実際に謁見したことはこれまでなかったが、サミュエルがジルベルトのことを知っていてもなんら不思議ではない。


「二日後に模擬戦をする。お前に出てほしい」


 サミュエルの言葉にジルベルトは息を飲む。サミュエルの言っている模擬戦とは、先ほどフィーラ達から誘われた模擬戦のことだろう。


 フィーラたちは友人であるから、悩んだ末に断るという選択肢もあったが、こちらは命令に等しい。

 たとえサミュエル自身が命令ではないと公言したとしても、サミュエルの誘いを断ったジルベルトは王太子の命令を断ったことになってしまう。それは近衛騎士団に所属する父や、兄に迷惑をかけることになる。


 ジルベルトがどうすれば断れるかと考え黙り込んでいると、サミュエルが口を開いた。


「明日までに返事をくれ」


 そういうと、サミュエルはジルベルトに背を向け去ってしまった。




「……どうしてこうなるんだ」




 遠ざかっていくサミュエルの背中を見つめ、ジルベルトは深く息を吐いた。











「ジークを模擬戦に? ジークを出すくらいなら、クリスを出すさ」


 ロイドの言葉に、フィーラはポカンと口を開けてロイドの隣にいるクリスを見つめる。



 ジルベルトをその気にさせるのは難しいのではないかと判断したフィーラは、三年の教室へと兄を訪ねて来ていた。


 授業終了直後、三年の普通科上級クラスへと足早にやってきたフィーラは、教室で帰り支度をするロイドとクリスを上手いこと捕まえることができた。

 ジークフリートがすでに帰っていたのは幸いだ。色々な意味でジークフリートに模擬戦に出てもらうのは不安がある。けれど、あなたを模擬戦に出すのは心配で……とは本人を前にしてはさすがに言いにくい。


「フィー。学園にいる間は例外としても、常に僕の一番近くにいるのは誰だい?」


「……クリスですわね」


 今は学園に通っているため、クリスはいつもロイドの傍にいるわけではない。サミュエルの従者なども今は普通科にいるはずだ。

 だが、おそらくサミュエルの場合は、学園内に護衛を潜ませているだろうし、ほかの国の王族にいたってもそうだろう。

 それが庭師であるのか、給仕係であるのか、教師や生徒であるのか、あるいはそのすべてなのかはわからない。

 だが、確実に有事の際には護衛として働く人材を学園内に確保しているはずだ。そうでなければ、いくら学園とはいえ王族たちが護衛や侍従もつれずにふらふらと歩けるわけがない。


「専属の護衛がいるとはいえ、いざというときに主を護れないようでは従者失格です」


 クリスがにこやかにフィーラを見て笑う。


「ということは……もしや、コンラッドも強かったりしますの?」


「なんだ、フィーは知らなかったのか? コンラッドはもちろん剣を扱うし、精霊士の資格も持っているよ」


「え? そうなのですか?」


 こんな身近に精霊士がいたことに、フィーラは全く気がつかなかった。


「私も精霊と契約出来れば良かったのですが……さすがに望んでどうにかなることではありませんからね」


 聖騎士は別として、通常精霊の力は戦いよりも日常生活において発揮される。聖騎士以外の精霊と契約をした騎士が戦いに精霊の力を使うこともあるが、威力としては到底聖騎士には及ばないし、力の使い方も聖騎士とは異なる。

 だが、魔への対効果は多少期待できるため、魔との戦いにおいては重宝される傾向はあった。


「クリスは、剣はコンラッドよりも強いだろう? 別にそのままでいい」


 ロイドの言葉は、クリスを慰めようとして出たものではないだろう。学園外でロイドが行動するときは大抵護衛がつくので、クリスが戦う事態になる可能性は低い。それに、日常において、戦うために精霊の力が必要になることはほぼないと言ってもいい。



――日常生活における精霊って、前世でいうところの家電みたいな感じよね。精霊による伝達は電話だし、移動は車とか自転車? いえ、制限はあるけれどそれらよりも便利かしら? 反対に戦いにおいての精霊は武器ってことになるわね。……なんだか精霊というよりは電気とか電波とかのイメージね……。



 この世界の精霊は、フィーラの前世の知識の中にある精霊のように、何等かの形をとったりはしない。


 通常、精霊は光の玉として人間の目に映るのみで、それさえ、人間と契約した精霊でなければ、その姿を見ることは叶わないのだ。

 そして、精霊と契約した人間は精霊との意思の疎通が可能となるが、それ以外の人間は精霊と意思の疎通を図ることは出来ない。


 人間と関わることで精霊が成長するのは確かなようだが、その成長とはどういったもので、精霊にどんな影響を及ぼすのかは、実はよく分かっていないのだ。


 精霊と契約した者にしか、精霊が人間と関わることでどう成長するのかはわからないため、精霊士の重要な職務のひとつに、精霊の生態調査も含まれている。


 もちろん精霊士以外にも精霊の研究をしている者は大勢いるが、やはり一級資料とされているのは、精霊士が記した研究書だ。

 

――考えてみれば、不思議な存在よね、この世界の精霊って。羽の生えた愛らしい姿を見せてくれるなら、もっと実感があったのでしょうけれど……て、あら? それは精霊ではなく妖精だったかしら? ええと……確か前世の世界での精霊は、実態を持たない超自然的なエネルギーや存在で、妖精は人間の姿をとった精霊……だったわよね? まあ……。わたくし、精霊と妖精をごちゃまぜにしていたわ。

 

 精霊姫候補となる以前のフィーラは精霊の姿を見たことはなく、はじめて精霊の姿を見た時などはとても不思議に思ったものだ。


 点滅を繰り返す、ただの丸い光の玉に違和感を覚えた。なぜ、違和感を覚えたのか。そのことを、その時には意識すらしなかったが、前世の記憶にある妖精の姿とこの世界の精霊を重ね合わせていたから持った違和感だったのだ。


 その後クレメンスの精霊も一度見せてもらったことがあるが、やはりフィーラが想像していた精霊の姿とは違い、丸い光の玉がクレメンスの白い手の平の上で淡く光っているのみだった。

 

――でも、そもそも精霊が超自然的なエネルギーの塊のようなものなら、ただの丸い光の玉でも、別に不思議ではないのよね。今のところ、精霊が人間の姿を象ったという話は聞かないけれど……。


 エネルギーが集まった姿だと考えれば、球体は実にそれっぽい。


――不思議といえば、精霊姫の存在も不思議よね。というよりも精霊姫候補かしら? 精霊姫の候補は精霊と契約していることを条件にはしていないわ。精霊姫となることが精霊王と契約をすることだとしたら、もしかしたら、他の精霊とは契約をしていない方がいいのかしら? 精霊姫候補の中で、精霊と契約をしている方の話は聞いたことがないし……。いまさらだけれど、精霊姫の候補がどういう基準で決まるのか、全然知らないわね、わたくし。他の人は知っているのかしら? わたくしの場合も精霊教会から通達が来ただけだし……。


「フィー?」


「え? あ、ごめんなさい。考え事をしていましたわ」


「もしエルザの当てがはずれたとしても、大丈夫だ。やれるな? クリス」


「はい。最近はあまり訓練をしていませんでしたが、どうにか体裁を整えるぐらいは出来ると思いますよ?」


 クリスがフィーラを安心させるように微笑む。向こうが誰を出してくるかは分からないが、学園の模擬戦で怪我人が出るようなこともないだろう。


「ありがとう、クリス。申し訳ないけれど、もしエルの当てが外れたらよろしくね?」


「お任せください。……サミュエル殿下の提案に乗ったのはロイド様ですので、お嬢様が気に病まれることはございませんよ」


 クリスが子どもをなぐさめるように、柔らかな口調でフィーラに言葉をかける。少しでもフィーラの心を軽くしようとしてくれたのだろう。


「それはそうだが……いや、まあいい。クリスの言うように、フィーはあまり気にしなくていい。これはほんのお遊びだ」


「……お兄様がサミュエル殿下と遊ぶのは、珍しいわ」


「遊びといえば遊びだが……あいつには何か考えがあるのかも知れないと思ってな」


 ロイドが眉を顰めながら腕を組む。


「殿下の誘いに乗って差し上げたの?」


 見るからに嫌そうな顔をしながらロイドが言った。


「あいつがただの遊びに僕を誘うわけがないからな。……同時に、僕を遣り込めるためだけに無関係の人間を巻き込む奴でもない」


 なんだかんだと言いながら、サミュエルもロイドも昔からよくお互いのことを知っている。従兄弟なのだから当たり前といえば当たり前なのだが、お互い嫌い合っているようで、結局のところ同じくらいには信頼し合ってもいるのだろう。


――なんだか、羨ましい関係ね……。それにしても、サミュエルの考え……何かしら? サミュエルも男子だし、普通に剣術試合を楽しもうとしただけじゃないのかしら? それともまたステラ様のために……?


 そう思ったが、今回のことにやはりステラは関係してはいないだろうとすぐに思い直す。サミュエルの言葉に、ステラも驚きの表情をしていたのだ。きっと今回のことは、あの場でサミュエルが決めたに違いない。


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