第77話 勧誘します
今夜の投稿はこれで終了です。
「というわけで、ジルベルト。試合に出てよ」
サミュエルの提案で模擬戦を行うことになってしまったフィーラたちは、試合にでてくれる残りの一人を探すこととなったのだが……。
エルザが残りの一人に関しては心当たりがあると言ったため、残りの一人はエルザに一任されることとなった。
そして、現在――エルザはなぜかジルベルトを勧誘している。
「何が、というわけだ。俺は普通科だぞ? なぜ騎士科の連中とやり合わなければならない」
もっともな意見だ。それならばまだ剣の嗜みがあると言っていたジークフリートが出た方が良いだろう。……もちろん、本気で王族を模擬戦に出すようなことはできないだろうが。
「でも、ジルベルト。君、剣、強いでしょ?」
エルザの言葉に、ジルベルトが息を飲んだ。
――え? もしかして、ジルベルト本当に剣が強いの? というか剣扱えるの?
フィーラも他人のことは言えないが、ジルベルトも案外、感情が態度に出やすいのかもしれない。
「何で隠しているのか知らないけど、私、昔の君のこと知ってるんだよ」
ジルベルトが大きく目を見開きエルザを見つめる。これはどうやら図星らしい。
それほど長い付き合いではないが、フィーラはこれまで、ジルベルトから剣のけの字も聞いたことがなかった。
あえて隠していたのだとしたら、きっと何か事情があるのだろう。果たして、それを無理やり暴いても良いものだろうか。
だが、エルザが考えなしにこんなことをするとも思えない。時に明け透けすぎるきらいのあるエルザだったが、相手の気持ちと事情を慮れない人間ではないはずだ。何か考えがあるのだろう。
「どうして剣をやめたの? 私は君の剣が好きだったのに」
エルザの言葉に、ジルベルトは苦しそうに瞼を伏せた。
「……俺には、剣を握る資格がない」
「君に資格がなかったら、私なんか剣に触れることさえできない」
ジルベルトはきっと、技術や才能のことを言っているのではない。それはエルザもわかっているだろう。だが、あえてそう言ったのだ。ジルベルトの頑なな心をほぐそうとして。
「ジルベルト。私は聖騎士を目指すよ」
エルザがジルベルトに宣言する。
「何を馬鹿な……君は精霊姫候補だろ?」
「馬鹿なことと思う? でも私は自分の心に嘘をつくことはもうやめた。私は剣が好きだ。騎士が好きだ。女だからと言われ、一度は剣を諦めようとした。でも、もう諦めるのはやめた。君はどうなの、ジルベルト。君は剣が嫌いになったの? 諦めたの? 本当に、諦めることができるの?」
何か思うところがあるのだろうか、ジルベルトは、エルザの言葉を微動だにしないまま聞いている。
「きっと私は剣では君には適わない。でもだからと言って剣を握ることをやめたりはしないよ。誰に劣っていようとも、私は私の好きな剣を諦めたりはしない」
エルザがジルベルトの瞳をじっと見つめる。しかし、ジルベルトはエルザのその視線から逃れるように顔を伏せた。
「……少し、考えさせてくれ」
ジルベルトはそういうと、椅子から立ち上がり、そのまま図書館を後にした。
「エル……」
「……少し、強引だったかな」
エルザは大きなため息をつきながら机の上につっぷした。アリシアからの嫌味にも動じなかったエルザだったが、今はかなり意気消沈しているようだ。
「でも、ジルベルトに必要だと思ったから、あえて言ったのでしょう?」
「うん。まあ、そうなんだけどね……」
机に頬をつけたまま、エルザが話しはじめた。
「……昔、ほんとにまだ小さかったころ、ジルベルトの剣を見たことがあるんだ。ガルグ伯父さんのことは話したよね?」
「ええ」
「王国の騎士団に所属している伯父さんのつてで、私は小さい頃、よく各国の騎士団の模擬戦に連れて行ってもらっていたんだ」
「騎士団の模擬戦……そんなものがあるの?」
「年に一回くらいしかやらないけどね。……ジルベルトを見たのは、ティアベルトの近衛騎士団とうちの王国騎士団が模擬戦をしたときだった。ジルベルトの家のこと、フィーは知ってる?」
「いいえ、知らないわ」
フィーラはジルベルトのことをほとんど知らない。お兄さんが二人と、お姉さんがいることも、この間知ったばかりだ。
「ジルベルトの家、コア侯爵家は剣の名門なんだ。その名は、各国にも響いているよ。当時の、いや、今でもかな? ティアベルトの近衛騎士団長の名はライオネル・コア。ジルベルトの父親だ」
エルザの言葉に、フィーラは驚く。
ティアベルト王国の近衛騎士団。その近衛騎士団長がジルベルトの父親だとは、フィーラはまったく知らなかった。
――……自国の近衛騎士団長の名前も知らないなんて、だめじゃない、わたくし。それでよくサミュエルの婚約者候補を名乗っていたわね。
今更ながら、自分のお花畑具合に頭が痛くなる。
「その日、伯父についてきた私のように、ジルベルトも父親の雄姿を見に、騎士団へ来ていたのかもしれない」
フィーラは小さなエルザと小さなジルベルトを想像し、微笑ましくなった。きっと二人とも、とても可愛らしい子どもだったろう。
「ジルベルトは騎士たちに手ほどきを受けていた。みんな騎士団長の息子の子守でもするつもりだったんだろうね。そこで、ジルベルトは天賦の才を発揮した。その場にいた人間はきっと皆とても驚いたことだろうね。まだ十にも満たない子どもが、現役の騎士を負かしたんだから」
「その騎士は、本気で……?」
「どうだろうね? 子ども相手に本気を出していたとは思えないけど……。でも、握っていた剣を飛ばされたんだ。訓練を積んだ騎士がだよ? それだけでも、ジルベルトの才能がわかるよ。ジルベルトの剣は、まだ完成されていない、本能がむき出しの力技だった。でも、とても魅力的な剣だったんだ。私はジルベルトの剣を見て、自分でも剣を握りたいと思たんだよ」
「まあ。そうだったのね」
それでは、ジルベルトはエルザにとって、特別な相手というわけだ。大好きな剣を握る切っ掛けになった人なのだから、恩人ともいえるだろう。
だからこそ、エルザは今のジルベルトを見ているのが歯がゆいのかもしれない。
もし、ジルベルトが本当に剣を嫌いで、吹っ切れていたのなら、あんな目はしないはずだ。苦しそうな、焦れるようなあの目。
きっと、何か事情があるのだろうけれど、もし、今ジルベルトが苦しんでいるのなら、フィーラも友人として何か手助けをしたい。
「何か……わたくしにも出来ることはあるかしら?」
フィーラの申し出に、エルザがつっぷしていた机から顔をあげる。
「そうだね。とりあえず、今日を入れてあと二日。もしジルベルトがダメなら誰かほかの人を探さないといけないから、その時にはお願いしたいな。私はほかに当てはないからね」
「え? そうなの?」
「そりゃそうだよ? フォルディオスならまだしも、ここはティアベルトだし」
「そ、そうよね。……もし人数が足りなかったら、不戦敗かしら?」
「そしたらジークを出そう!」
「え? ダメではない? 王族よ?」
「王族だろうが何だろうが剣が扱えるならいいんだよ。大丈夫。私とテッドさんが頑張るから」
にっこりと悪びれずに笑うエルザに、フィーラは軽く眩暈を覚えた。
――ジルベルトは自分には剣を握る資格がないと言っていたわ。他人から何を言われようとジルベルト自身が納得しなければ、きっとジルベルトの心は動かない。どうしましょう、無理強いはしたくないし。……とりあえず、お兄様に相談してみましょう。




