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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第76話 考えちゃいけないこと



 そんな寛容な気持ちになれたのも、フィーラよりもステラを選んでくれた攻略対象たちがいたからだ。


 サミュエルはそっけない態度だがいつもステラと一緒にいてくれるし、ウォルクも、ハリスも、エリオットも、ステラには優しくしてくれる。


 マークスのステラに対する印象も悪くはないはずだし、今日は断られてしまったが、リディアスもフィーラよりステラと話す機会のほうが多い。

 トーランドにはステラからよく話しかけるが、トーランドが教師としての枠を超えてステラに接することはない。けれどフィーラとも特別仲が良いというわけではなさそうなので、今のところ焦ってはいない。

 ルーカスとはまだ会えていないが、妹であるリーディアと仲良くなったのだ。きっとステラの味方になってくれる。



「……味方。まるで争っているみたい……」



 無意識に浮かんできた言葉に、ステラは驚く。自分はフィーラとゲームを争っている気でいるのだろうか。


 ゲームでのフィーラは、ステラのライバルというわけではない。フィーラはあくまで悪役であって、どちらかといえばほかの精霊姫候補のほうがライバル役を担っていた。


 ゲームの中では、ステラ以外が精霊姫になることもあった。だが、フィーラが精霊姫になることだけはなかったのだ。


 それなのに、ステラが意識するのはいつもフィーラだ。ほかの精霊姫候補には、あまり脅威を感じない。美しく優秀なリーディアでさえ、ステラにとっては脇役でしかないのだ。



 いつも、フィーラなのだ。ステラを不安にさせるのは。



 一時は、実はフィーラも前世の記憶、ゲームの知識を持っていて、ステラを破滅させるために攻略対象を攻略しているのではないかとすら思っていた。


 だが、それはステラの思い込みに過ぎないのだと、心のどこかではずっと分かっていた。


 それは普段のフィーラを見ていれば分かった。フィーラからは、ステラに対する悪意は感じられない。上手く誤魔化している可能性もあったが、それにしてもなさすぎるのだ。たとえフィーラが前世の記憶をもっていたとしても、ゲームの知識は持っていない可能性が高い。今では半ばそう結論付けていた。

 それに、考えてみれば……。


「……最初に会ったときから、フィーラは私を庇ってくれたのよね……」

 

 デュ・リエールのとき、フィーラから話しかけられたのを無視しても怒らなかったし、むしろステラに何かを言おうとしたジークフリートを止めてくれた。


 カーティスのことに関しても、テッドはもともとメルディア公爵家の護衛だったのだから、聖騎士候補を教える立場であるカーティスとはテッドを通して知り合った可能性は十分あり得た。


 そう。考えてみれば、普通のことなのだ。


 もしフィーラにゲームの知識があったとしても、ここまでの様子を見れば「姫騎士」にはあまり興味がないと思わざるを得ない。

 もし知識がなかったとしても、攻略対象と仲良くなったのは意図的ではないだろう。きっとフィーラはフィーラと気の合う、行動範囲のかぶる攻略対象と仲良くなっているだけなのだ。


 フィーラは本が好きだ。


 いつも短い休み時間には、クレメンスと話すか、よく本を読んでいる。その本には図書館の蔵書印がついていたので、きっとジルベルトとも図書館で仲良くなったのだろう。

 

 一方のステラは、ジルベルトがいなければ図書館など行ったりしない。


 クレメンスと良く話すのは、ステラとは違い、フィーラの席がクレメンスの隣だからだ。


 隣の席の人間と良好な関係を築くのは、当たり前の処世術だろう。

 それに、入学初日、扉を開けようとしたフィーラをクレメンスが手伝っていたのを、ステラは目撃している。

 ステラも前世、入学初日に隣の席になった子とは卒業までずっと友人だった。



「そう……普通よね。……フィーラは特別、変な行動はしていないもの」


 実はこれまでに何度か、フィーラのもの言いたげな視線を感じたことがあった。


 ゲームでの悪役のイメージが強かったから、つい避けてしまっていたが、今度話しかけられたら喋るくらいはしても良いのかもしれない。

 だが……。



「やっぱりだめ……! フィーラと喋るのは怖い……」



 そうだ。自分はフィーラを怖がっているのだ。


 とっさに口から出た言葉で、ステラは己の本心を知る。


 フィーラが、ゲームの中では悪役だったからということもある。だが、一番怖いのは、フィーラがステラの思っているような人間ではなかったときだ。


 もし、フィーラが普通の子だったら――。


 もし、ゲームのフィーラと違い、リーディアみたいに良い子だったとしたら――。


 そのこともすでに答えは出ているようなものだったが、今の今まで、ステラはそのことを考えないようにしていたのだ。

 

 だがもうそれは無理だ。今まで無意識に考えないようにしてきたことを、ここにきて直視せざるを得なくなってしまった。


 

 表ルートでのフィーラは、ステラがどの攻略対象を選んでも公爵家を除籍され、国外追放されてしまう。

 だが、裏ルートを選んだ場合ステラが誰を選ぼうとも、フィーラは最後、魔に憑かれて死んでしまうのだ。


 そのことについて、ステラは今まで真剣に考えたことがなかった。

 考えてしまったら、もうこのゲームを楽しめない。そのことを、本当は分かっていたから――。



「……私って、そんなに薄情だった? 自分のために、誰かが死んでも平気な人間だったの?」



 そう思った瞬間、ざあっと、音を立てて体中から血の気が引いた気がした。ぐらぐらと視界がぐらつき、ステラはたまらず顔を覆った。


 どうしようもない自分の醜さに気づいた途端、急速に冷たくなっていく指先とは反対に、目頭が熱くなり、涙が零れた。




「どうしよう……どうしよう、私……」




 もしかしたら、自分はとんでもないことをしてしまったのではないだろうか。今更ながらにそのことに気が付いた。

 

 ステラが強引に裏ルートにしてしまったことで、フィーラの人生を狂わせてしまったのかもしれない。しかも最悪の方向へ――。



「ああ……どうしよう。私……なんてこと」



 ステラの瞳から、とめどなく涙が零れ落ちる。

 後悔と、焦りと、懺悔の気持ちが、ステラの心を痛めつけた。


 この世界がゲームであることを知っているステラでさえ、この世界を現実だと認識し始めている。

 なら、フィーラはどうなのか。もし、この世界の秘密を知っていたとしても、フィーラはステラよりもよほど、この世界で地に足をつけて生きているのではないのか。

 そしてもし、何も知らなかったとしたら――。



「どうしよう……誰か助けて」


 

 助けて――。それはステラとフィーラ、どちらのことを言っているのだろう。




 ステラの感情に反応したかのように、肩の付近で、光がチカチカと点滅した。


 まばゆく輝く、白い光。


 光はステラの目の前までやってきて、ふわふわと浮きながら、点滅を繰り返す。

 その光を見ているうちに、ステラの気持ちはだんだんと落ち着いてきた。

 

 いつも、いつも。この光の玉は、ステラの味方をしてくれる。



「……慰めてくれるの?」



 光はステラに応える様に、点滅を繰り返す。


 強く輝く、白い光。

 美しく、神秘的な光を見ていると、嫌なこと、つらいこと、悲しいこと。それらすべてを忘れていく。


 ステラがうっとりと、白い光を見つめていると、光の玉がひと際強く輝いた。


 輝きはどんどん強まっていき、目を開けていることすらままならない。眩しすぎる光に、瞬きを繰り返すたびに黒い残像が見えた。




 まるで目の前でフラッシュを炊かれたときのように、視界のすべてが光に覆われた。


 強い光に瞳を射され、ステラは反射的に瞼を閉じる。


 白く、黒い、静かな世界。



「そうよ……そう。きっと大丈夫。何もかもが裏ルート通りに進んでいるわけじゃないもの」



「そうよ、私は悪くない……」



 ステラは悪くない。――悪いのは「ステラ」の思い通りにならないこの世界だ。




 先ほどまでの恐怖は、今はもうない。


 ステラの閉じた瞼の裏には、黒い残像だけが残った。













「おや……」


 物憂げに窓の外を眺めていた青年――リディアスが、何かに気づいたように顔をあげた。繰り返される瞬きに、銀色の睫毛がわずかに震えている。




「どうかしましたか?」


 カップに紅茶をそそぎ、それをリディアスに差し出す。


「我らが姫君が泣いているみたいだ。……まあ、不安定なのは仕方ないよね」


「……大丈夫でしょうか?」


「うん……。まあ、大丈夫じゃないかな?」


 口元に薄っすらと笑みを浮かべながら、リディアスが言った。


「あなた……本当はあの子に興味ないですよね?」


「そんなことないよ? 僕たちの命運を握っている子だもの。欲を言えば、もうちょっと、詳しく覚えていてくれたら良かったんだけど……」


「最初は何で思い出したんだ、とか言っていませんでしたか?」


「だって、御しにくくなるじゃないか。でも、思い出しちゃったものは仕方ないもの。気持ちを切り替えたんだよ。……でもあの子、ほとんど恋愛のことしか覚えていないんだよね。おかげでこっちも手探り状態だし、本来の運命とは違う動きをするやつも出てくるし、本当人生って上手くいかないよね」


 嫌になっちゃうよ。そうため息を吐くリディアスは、それでもどこか楽しそうに見えた。それはきっと、彼の瞳がいつもより輝いて見えるせいだろう。


「……本当に、必要なのですか? 世界の反転は。未来の情報が得られたのなら、あなたにはそれでもう十分だったのでは?」


 他の人間ならいざ知らず、リディアスほどの知能と権力があれば、自らの思う通りに、未来を創造していけたはずだ。わざわざ危険な橋を渡る必要などない。


「十分じゃない。この世界は僕を、僕たちを、選ばなかった世界だ。……見てみたいじゃないか。もうひとつの世界を。それに……彼女が精霊姫になれば、君だって嬉しいだろ?」


「それは……もちろんそうですが」



 幼い頃から、彼女に会える日を心待ちにしていた。


 彼女が頭上に、あのティアラを戴く日を、ずっと夢見ていた。



 だが、今のままでそれは本当に叶うのだろうか。


 今の彼女は本当に、自分が思い描いていた、あの「ステラ」なのだろうか。


 今の世界は聞いていたどちらの世界とも違う道を歩んでいる気がしてならない。



「大丈夫だよ。あの子はこの世界の主人公なんだ。あの子の心のままに……それが正解だ」



 揺らぐ心を見透かしたかのように、リディアスが甘い言葉を囁く。



――だが、今。彼女は泣いているではないか。



「ステラ」の心のままに――。その彼女の心すら取り違えているとしたら、自分たちのしていることに一体何の意味があるのか。

 それはただの我儘ではないのか。自らの望むように世界を動かすなど、神をも恐れぬ行為だ。



 それでも、物語が動き出した以上、自分には最後まで見届ける義務があるのだ。

 自分たちのしていることが、間違っていると分かっていても――。それでも、なお。



――それが、この世界を歪めた者の一人である自分が、受ける罰だと思っていた。


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― 新着の感想 ―
[気になる点] 人の意識を塗り潰して他者をただの自分達の願望の道具としか見ていない男達?の存在が出てきて恐ろしいですね。 自分達も自分の意志を塗りつぶされでもしたのか?ステラへの復讐? とまで見えてし…
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