第75話 現実の世界? ゲームの世界?
久しぶりの投稿失礼します。まずは誤字報告ありがとうございました。色々と迷走しておりましたらあっというまに一か月経ってしまいました。すみません。一話投稿します。
「なんで……なんでカーティスまでフィーラと知り合いなの?」
むしゃくしゃとした気持ちのまま騎士科から寮の部屋へと戻ったステラは、寝台に腰をかけ、親指の爪を噛んでいた。
爪を噛む癖は、前世からのものだ。桜色の薄い爪は、何度も噛んでしまったため、痛みを感じるほどに短くなっていた。
「狡い……。なんで……、なんでよ」
ステラはガリガリと、桜色の爪に歯を立てる。
まるで子どもの癇癪のようだと自分でも思うのに、感情を抑えることが出来なかった。
ステラたちが騎士科へ来たことについてサミュエルは視察が目的とロイドたちに言っていた。
だが、ステラの目的は違う。ステラの目的はカーティスに会うことだった。
騎士科のある敷地と特別クラスがある普通科の敷地は距離がある。
そのため、特別クラスに所属するステラは騎士科の教師を務めるカーティスには、普段なかなか出会えないのだ。
ならば、こちらからカーティスに会いに騎士科へ行けばいいと思い立ち、ステラはサミュエルに騎士科の見学をしたいと願いでてみた。
サミュエルはステラの願いを聞き、すぐに騎士科へと連れて行ってくれた。残念ながらその時にはカーティスと出会えなかったが、エリオットには出会うことが出来た。
それ以来、ステラとサミュエルは何度か折を見て騎士科を訪れていたが、それでもカーティスにはなかなか会えなかった。
だから、今日もまたカーティスに会いたいがために、ステラはサミュエルに頼み、騎士科へと見学に行ったのだ。
今日の見学は珍しく、サミュエルがリディアスも誘ってくれた。だが、リディアスには用があるからと断られてしまった。
そのかわりに、ハリスとウォルクが一緒に来ることになったのだ。そして、最近ステラと仲の良いリーディアも。
リーディアとは、デュ・リエールのときに仲良くなって以来、よく一緒に行動している。
ステラがウォルクと義弟のフリッツとともに行った救護室に、リーディアも避難して来ていたのだ。
リーディアと仲良くなれたことは、正直、嬉しかった。ステラにはこれまでクラス内でたまに喋る子はいても友人と呼べる子はいなかったからだ。
リーディアの兄ルーカスが裏ルートでの攻略対象だったこともあり、ステラの警戒心はすぐに解けていった。
だが最初は、ステラもリーディアの行動を訝しみ、警戒した。これまで一度もリーディアに話しかけられたことなどなかったし、なぜリーディアが精霊姫候補なのかと疑問に思ってもいたせいもある。
だが、話してみるとリーディアはとても優しい子で、ステラの体調を気にかけ「怖かったわね」といい、ステラの手を握ってくれた。
自分では気づいていなかったが、あの時のステラはかなり顔色が悪かったようだ。あとからそうリーディアが教えてくれた。
実際は魔が出たと認識する間もなくステラは気を失ったため、リーディアが言うような怖い思いはしていない。
けれど、これから先の事に不安を感じていたせいもあり、リーディアにはステラが魔と遭遇したことを怖がっているように見えたのだろう。
それに最近になってわかったのだが、どうもステラは「姫騎士」のすべてを覚えているわけではないようなのだ。
攻略に関することは大体覚えている。だが、ゲームの本筋に関わることは詳細には覚えていなかった。
リーディアが精霊姫候補になっていることに関しても、もしかしたらステラが忘れているだけで何かちゃんとした理由があったのかもしれない。
たとえば、リーディアを精霊姫候補にする裏技があった可能性もある。
その裏技を使うことによってゲームにどのような影響があるのかはわからないが、ステラはゲームでの恋愛さえ楽しめればいいというプレーヤーだったため、そんな設定が本当にあったとしてもきっと覚えてはいなかっただろう。
ステラが知らないだけで、もしかしたらほかにも様々な裏技があったのかも知れない。
「そうよね……あのエルザって子も、だいぶ変わっていたし……」
ゲームでのエルザは、最後まで印象の薄い候補だった。それが今や攻略対象と見まがうほどにクラス内でも目立っている。
ゲームとの相違に気づけば気づくほどに、この世界が現実なのだという事実を目の前に突きつけられている気がした。
リーディアと話すようになってからは特にそうだ。リーディアと一緒にいると、ステラはまるで自分が普通の学生であるかのような錯覚を覚えた。
否、実際そうなのだ。
友人と笑い合い、格好いい男の子にときめく学園生活。そんな他愛のない日々は間違いなく、ステラにとっては現実だ。
だがそんな学園生活もいつかは終わってしまう。
現実はやはり厳しい。ステラはすでにマーチ伯爵家の養女となっている。もし、精霊姫になれなかった場合、ステラはきっと伯爵家のために、どこかへ嫁がなければならないだろう。
ステラがマーチ伯爵の養女となることを了承したのは、この「姫騎士」の世界を楽しむことが目的だったからだ。
学園に入って、精霊姫になり、ディランに会う。会って、ディランを攻略する。それがステラの最終的な目標だった。
だが今、その目標はステラにとってまるで現実味のないものとなっている。
本当にこのまま精霊姫になれるのか。今のステラにはその自信がなかった。
ゲームの「ステラ」と違い、いくら精霊姫候補といえども、実際のステラは学園で学ぶ生徒にすぎない。
「ステラ」は主人公だから、勉強ができなくても何とかなると思っていたが、それは大きな間違いだった。
実際は、ちゃんと勉強をしていないステラは、授業で当てられても答えることさえできないのだ。
学園に入学する前の頃のように、必ず自分が精霊姫になるのだと純粋に未来を信じることはステラにはもう出来なかった。
精霊姫になれないのなら、おそらくディランに会うことも出来なくなるだろう。
だが、それも仕方のないことなのかもしれないとステラは思った。
ステラは、以前ほどにはディランに執着していない自分に気づいていた。
やはり、生身の攻略対象たちに会ったのが大きいのだろう。
誰もかれも、ゲームで見ていたときよりずっと素敵だった。
だが、ステラの中で、ディランはいまだゲームの中だけでしか会っていない人物だ。ディランへの気持ちは、まるで小説や漫画の中の人物に対するそれのように、ただの憧れに近いものになってしまっていた。
そしていつの間にか、精霊姫になりたいという気持ちも、ディランへの気持ちと同じように萎んでしまっていた。
原因は何となくだけれどわかっている。ステラの憧れた精霊姫という存在が、ただちやほやされるだけのものではないと、ようやくステラにもわかってきたからだ。
ゲームでは精霊姫になるのがゴールだ。
だが、現実は精霊姫になったあとも続いていく。
精霊姫としての責務を、今のステラにこなせるとはさすがに思えなかった。
だからといって、何が何でも精霊姫になるために全力を尽くそうという気持ちにもなれなかったのだ。
だったら、この学園にいる間くらいは、どっぷり『姫騎士』の世界に浸ることくらい許されるだろう。そうステラは思いなおした。
この世界を現実と思うことと同時にゲームの中の世界と思うことに、ステラの中で矛盾はない。
攻略対象との恋愛を楽しむぐらいは、構わないはずだ。それぐらいは、「ステラ」として生まれた自分には享受する権利がある。そう思った。
だから、他愛のない日々を楽しいと思いながらもゲームの楽しみも忘れられなかったステラは、今はまだ手の届く存在であるカーティスに会うため騎士科の訪問をサミュエルに頼んだのだ。
そして今日、ようやくカーティスに会えたと喜んだのもつかの間、フィーラがカーティスの名を呼んだ瞬間、ステラの胃がずしんと重くなった。
先を越されたと、そう思った。
しかもよりによって、ウォルクとハリス、エリオットもフィーラと会うことになってしまった。ステラの知る限り、この三人はまだフィーラと会っていなかったはずなのに――。
このゲームの裏ルートでは攻略対象が十四人もいるのだ。
二か月近くこの学園で過ごしてみて、さすがに十四人すべてを攻略するのは不可能だと、ステラも薄々気づいていた。むしろ最初から気づくべきだった。
期間は三年あるとはいえ、現実世界ではどうしてもすべての攻略対象に均等に接することは出来ないのだ。
よくよく考えればあたりまえのことなのだが、当初はそれが分からなかった。
ジルベルトもステラのことを鬱陶しがっていたし、クレメンスやテッドには認識されているかどうかすら怪しい。
最初に接し方を間違えてしまったロイドはゲームの中でさえフィーラに甘い兄だったのだ。挽回できない以上すでに結果は目に見えているし、ロイドと仲の良いジークフリートに関しても同様だろう。
だから、すでにフィーラと仲良くなってしまった攻略対象に関しては、攻略することを半ばあきらめていた。
しつこくすることでさらに好感度が下がってしまうことも避けたかったし、せめて友人や後輩としてなら、これから仲良くできるのではないかとステラは考えていたのだ。




