第74話 模擬戦をやるそうです
一話投稿します。
「ジークフリート殿下。こちらで何を?」
こちらにやってきたサミュエルがジークフリートに声をかける。
「これは……サミュエル殿下。私は単に、友人の友人に会いにきただけですよ」
ジークフリートはサミュエルの問いに、聞き方によっては曖昧とも取れる答えを返した。
――まあ、間違ってはいないけれど……。
最終的にはエルザとクレメンスも一緒に来ることになったが、最初の段階ではフィーラとジークフリートのみの訪問予定だった。ジークフリートはフィーラを心配してついてきてくれたのだ。
しかし、正直にフィーラのつきそいなどと言ったら、王族を顎で使ったと思われてフィーラの印象が悪くなってしまう恐れがある。きっとジークフリートはそれを危惧して詳細を話すことを控えてくれたのだろう。
サミュエルの問いに答えたジークフリートは、サミュエルの隣にいる菫色の瞳の男性に気づき声をかけた。
「おや、あなたもご一緒ですか。お久しぶりですね。ハリス殿下」
「ああ。久しぶり。ジークフリート殿下」
感情の起伏の見られない表情と声で、ハリスと呼ばれた男性がジークフリートに挨拶を返す。
――殿下! また王族……。どこの王族かしら? まずいわ、全然わからない……。お兄様に聞いておくのをすっかり忘れていたわ……。
「タッタリアの第五王子殿下だよ」
フィーラの動揺を見て取ったロイドが、こっそりと耳打ちをしてくれる。これでフィーラが学園で会っていない王族はカラビナの第三王女だけになった。
――いつかお会いするときが来るのかしら? 今度こそ、あとでお兄様に王女様の特徴を聞いておかなければいけないわね。
「サミュエル殿下たちは何故こちらに? 視察ですか?」
ジークフリートたちよりも、王族を二人も揃えてこちらに来たサミュエルたちの行動の方が気になる。
「ああ。視察も兼ねている」
視察も兼ねている、ということは、目的は別にあるということだろうか。
「あ、あの。私が騎士科の訓練を見たいって、殿下にお願いして……あの、私ステラ・マーチと言います。よろしくお願いします」
サミュエルの後ろに控えていたステラが、すかさず、しかし遠慮がちに話に入ってきた。
――王族同士の会話に加わる勇気はさすがね……。
相変わらず、サミュエルはステラのそんな突飛な行動など、まるで気にしていないようだ。
ステラがここに来たいと言ったから、サミュエルはわざわざ騎士科にまで付いてきたのだろうか。やはり、よほどステラのことを気に入っているようだ。
ジークフリートは恋ではないと言ったが、たとえ恋ではなくともサミュエルがステラを特別視していることは疑いようもない。
「ちょうど、うちの国の者が聖騎士候補として在籍しているからと、俺も誘われたんだ」
そう言ってハリスがエリオットを見る。エリオットは一度ジークフリートと会っているため、深く頭を下げ礼をするにとどまった。
「なるほど。……そちらのお二人は? ああ。……リーディア嬢は、デュ・リエールの時に挨拶してもらったね」
ジークフリートが残った二人、リーディアと、クリーム色に紅茶色の瞳の男性を見る。
「お久しぶりですわ。ジークフリート様」
リーディアが優雅に膝を曲げ、挨拶をする。金茶色の長い髪が、さらりと肩から滑り落ちた。
「お初にお目にかかります。ジークフリート殿下。テレンス国マクラウド伯爵家のウォルクと申します」
ウォルクと名乗った男性は柔和な笑顔で挨拶をした。物腰が柔らかく、優しそうな雰囲気だ。
「マクラウド……もしや、君はオリヴィア様の縁戚かな?」
ジークフリートの言葉に、ウォルクが笑顔を深めた。
「はい。現精霊姫のオリヴィアは、僕の伯母にあたります」
――精霊姫の甥っ子……。字面がすごいけれど、精霊姫も人間だもの、ご家族位いらっしゃるわよね。ご結婚して、旦那様もお子様もいらしたはずだし……。
「そちらの面々は……一応、俺は全員知っているが。……公爵家と公爵家に関わる人間はこちらで紹介しよう」
サミュエルがフィーラとロイドに視線を投げかける。文句は言うなということだろう。
確かに、互いにずっと自己紹介をし続けるのはいささかまどろっこしい。サミュエルはクリスやテッドも含め全員のことを一度は目にしているはずだ。
サミュエルは一度会った人間の顔は忘れない。テッドはフィーラだけではなく、ゲオルグやロイドの護衛についたこともあったはずなので、一度でもサミュエルと会ったことがあるのなら、きっと顔を覚えられているだろう。
「この二人がメルディア公爵家の兄妹、ロイドとフィーラ。俺の従兄妹だ。後ろの黒髪の男がクリス・ランテット。ロイドの従者。そこの茶色の髪の男が、メルディア公爵家の護衛兼聖騎士候補……名前までは知らないな」
サミュエルに顎で促され、テッドが緊張した面持ちで口を開く。
「テッド・バークです」
「残りの二人は、悪いが自分で自己紹介してくれ」
「……フォルディオス王国子爵家、クレメンス・ダートリーです。精霊士候補です」
クレメンスを見たハリスの眉が微かに動いた。
――あら? 無表情が少し崩れたわね。クレメンスのことを知っているのかしら?
だがハリスの表情が動いたのはその一瞬だけで、すぐ元に戻ってしまった。一方のクレメンスには何の反応もない。
「私は……」
「こちらは、エルザ・クロフォード。俺の従妹だ」
エルザの言葉をジークフリートが途中で遮る。
「……エルザ?」
ハリスがエルザを見て、眉を顰めた。
「一応女性です。以後お見知りおきを」
エルザが胸に手をあて、紳士風の挨拶をする。
ハリスは一瞬何かを言いかけたが、そのまままた口を閉じた。
――そういえば……タッタリアはこの世界でも特に、男性らしさ、女性らしさといった観念にこだわる国民性だったわね。だからジークフリート様は、エルの言葉を遮ったのね。
いくらハリスが王族といえども、ジークフリートから従妹と紹介されては、あまり下手なことは言えないだろう。
「それで? 視察は終わったのか?」
ロイドがサミュエルに話しかける。
「ああ、大体は。そちらも用は済んだのか?」
「ああ、まあ」
ロイドがちらりとテッドを見た。
フィーラとしては、今度はテッドとちゃんと話が出来たし、もう十分だ。
「わたくしはテッドとも話せたし、もうお暇しても大丈夫なのだけれど……」
「……俺も大丈夫だ。意外と楽しめたな」
とくに乗り気というわけでもなさそうだったクレメンスだが、エルやジークフリートとは楽しそうに剣術談義をしていた。
――クレメンスもそんなに表情豊かな方ではないものね。今日も付き合いで来てくれたと思っていたけれど、楽しめたなら良かったわ。
「私ももういいよ。でも出来ればまた来たいな」
「そうね。騎士たちの訓練は見ていて面白かったわ」
自分には絶対にできないことを軽々とこなしてしまう騎士たちの姿を見ることに、フィーラは一種の快感を覚えていた。
「ではそろそろ帰るか。エルもフィーラ嬢も、寮まで送っていこう」
フィーラたちがテッドに別れをつげ、訓練場を後にしようとしたとき、訓練場の奥から見知った男が姿を現した。炎のような赤い髪が遠くでも人目を引く。
「何だ? 珍しい面子が集まってるな」
カーティスが、フィーラたちの姿を認め声をかけてきた。
「カーティス先生! お久しぶりです」
カーティスとは医務室で会って以来だ。
――そう言えばメリンダ先生にもあれ以来会っていないわね。元気にしているかしら?
きっと学生相手に猫を被っているだろうメリンダを想像し、フィーラは笑みをこぼした。
「ああ、お嬢さん。元気そうで何よりだ」
カーティスがフィーラを見て笑う。まるで久しぶりに会う親戚の子に対するような眼差しだ。
お嬢さん――。その呼び方に、フィーラはディランのことを思い出した。
カーティスはフィーラのことをお嬢さんと呼ぶ。ディランも初めて会ったときからそう呼んでいた。
そして、あの時は特に気にならなかったが、デュ・リエールの時に会ったもう一人の聖騎士も、フィーラをお嬢ちゃんと呼んでいた。
――やっぱり皆年上だからそう呼ぶのかしら? でもお嬢ちゃんはちょっと……。なんだか小さい子どもになった気分だわ。
「お久しぶりです。カーティス先生。その節は妹がお世話になりました」
ロイドがカーティスに対してにこやかに礼を言う。
「俺は何もしてないよ。それより、皆どうしてここへ?」
「わたくしたちは友人に会いに来ましたの」
フィーラはテッドを見ながら、カーティスに事情を説明した。
厳密に言えば、テッドはフィーラにとって友人ではないのかもしれないが、今は同じ学園に通う生徒同士。そう評しても許されるだろう。
「テッド? ああ、そういえばテッドはメルディア公爵家の護衛出身だったか」
「ええ。けれど、もう用は済みましたので、そろそろお暇しようと思っていたのです」
「そうか、それはちょうど良かった。じゃあ、テッド、ちょっと付き合ってくれないか。騎士科の生徒たちに型を見せたいんだ。相手をしてくれ」
カーティスがテッドを手招きする。カーティスの物言いからして、テッドとはなかなかに親しいようだ。
――まあ、聖騎士候補もそんなに多くはないものね。カーティス先生は聖騎士候補を教えに来ているのだし。
「わかりました」
テッドが了解の返事をし、カーティスのあとに続こうとする。
すると、エリオットが声を荒げ異議を唱えた。
「先生! 僕がやります! 僕のほうがこいつより強い!」
「ああ、お前が強いのはわかってる。だけどテッドは俺と体形も身長も近い。剣の型を見せるのにちょうどいいんだ。それに、エリオットは一度テッドに負けているだろう? 現状、お前よりもテッドの方が上手だ。相手と己の力量を正確に見極めることも騎士としては大事だぞ」
食って掛かるエリオットを、カーティスは慣れた様子でいなしている。しかし、エリオットはどうしてもテッドに負けたことが納得できないらしく、反論の言葉を口にした。
「あの時は調子が悪かったんだ!」
――ええ⁉……子どもみたいな言い訳ね。……だからテッドに絡んでくるのね、この美少年は。
「そうか。ならまた闘えばいい」
興味がなさそうに一連のやりとりを見ていたサミュエルが、こともなげにそんな言葉を言い放った。
当のエリオットもフィーラたちも驚いてサミュエルを見る。
「お言葉ですが、殿下。学園での私闘は騎士科に関わらず禁止されていますよ」
私闘の禁止。カーティスがサミュエルに告げたそれは、騎士科とあまり関わりのないフィーラとて知っていることだ。――サミュエルが知らないはずはないのだが。
「もちろん、私闘ではないですよ。剣を使った交流です。騎士科でも模擬戦はするでしょう?」
サミュエルがカーティスを見つめる。カーティスもサミュエルをじっと見返したが、サミュエルの言葉に異を唱えることはしない。
これは、黙認してくれるということだろうか。
「いい案だな」
サミュエルの提案に、意外にもロイドが賛成の意をあらわした。
「お兄様⁉」
「ああいう輩はどれだけ言葉で言っても納得しない。……まあ、体験したから納得するというわけでもなさそうだが」
エリオットは一度テッドに負けたと言っていた。それなのに、まだ負けを認めていない。
負けず嫌いと言えば聞こえはいいが、現実を見ていないともいえる。それはカーティスの言う通り、常に現状把握に努めなければならない騎士としては致命的だ。
ロイドがテッドを見据え、言い放つ。
「おい、テッド・バーク。今度こそ、完膚なきまでに負かしてやれ」
「ええっ⁉」
ロイドの言葉にテッドが驚く。
「何を驚いている。お前はメルディア公爵家の護衛団所属だ。あいつより弱いなどとは言わせないぞ」
ロイドの言葉に、テッドの顔つきが変わる。ロイドの命令は、いわば次期公爵家当主からの命令だ。
テッドは姿勢を正し、勢いよく「はい!」とロイドに返事をした。
「そうだな……二人だけの模擬戦もいいが、せっかくなら、そちらとこちらで組を作り試合をしないか?」
「ほお。面白そうだな」
先ほどよりも話が大きくなっているサミュエルの提案に、何故かロイドも乗ってしまった。
「ちょ……お兄様⁉」
――何でさっきからサミュエルと気が合っているのよ!……試合って。……わたくしは無理よ! ぜったい無理よ!
「わたくしは無理ですわ! お兄様!」
「……フィー。誰が君に出ろと言ったんだ」
「えっ、でも。あちら側とこちら側の決闘と言いましたよね?」
「決闘と言うな。……模擬戦だ」
サミュエルが呆れたようにフィーラの言葉を訂正する。
だが、向こう側が六人。こちら側が六人でちょうど人数が合う。
団体戦ならば、人数を揃えなくてはいけないではないか。
「フィーが頭数に入っているわけないだろ? それにフィーは剣を扱えないだろう? 何で勝負するつもりなんだ」
――言われてみればそうよね……。……キャットファイトとか思いうかべちゃったわ。
さすがにこの世界の女性は、貴族でなくとも取っ組み合いの喧嘩などしないだろうが……。
「でもこちら側にはテッドしか……」
「私がいるだろ? フィー」
エルザがフィーラを見て微笑む。とてもいい笑顔だが、果たして本気なのだろうか。
「え? エルが戦うの?」
「何だ? 剣を扱うのか?」
ロイドが驚きの表情でエルザを見る。
「そうだよ?」
「まあ、出たいなら構わないが……怪我をしても知らないぞ?」
ロイドの言葉に、エルザは一瞬呆けてから、満面の笑みを浮かべた。
「ふふ。やっぱりフィーのお兄さんだね」
ロイドはエルザが剣を扱うことにも抵抗はないようだ。
もともとメルディア公爵家は出自を問わずに強者を集め、護衛としている。たとえ女性であろうと、その方針は変わらない。
たまたま、今の護衛団に女性が所属していないというだけで、以前には所属していたこともある。傭兵としてならば、剣を扱う女性が皆無というわけではないのだ。
「女が出るのか?……そんな、なよなよとした体で戦えるのか?」
エリオットがエルザを睨みながら言うが、挑発している訳ではなく、どうやら純粋に訝しんでいるらしい。言葉は悪いが悪意があまり感じられない。
――美少年具合では負けていないと思うんだけど……背もエルの方が高いし。でも、それを言ったら、たぶん滅茶苦茶怒るんでしょうね、このひと……。
「姿形なんて、剣の腕には関係ないよね? 君だって剣を扱うんだから」
にっこり、笑いながら言い放たれたエルザの言葉に、エリオットの表情が固まった。
どうやら、エルザは喧嘩を売られたと判断したらしい。
「では、今からでは時間もないし、人数を揃えてから日を改めて行うということで良いか?」
「ああ、構わない。何人揃えればいい?」
「そうだな……まあ、三人ほどでいいだろう。ああ、それと。出場者は学生に限る」
「わかった。では一週間後はどうだ?」
「遅いな。俺はそんなに暇じゃない。三日後だ」
「では、三日後。この訓練場で」
サミュエルとロイドでどんどんと話を進めてしまう。それに二人ともなんだかとても楽しんでいるように見えるのは、きっとフィーラの気のせいではないだろう。
「ねえ、ジークフリート様。お兄様もサミュエル殿下も何だか楽しそうじゃありません?」
「明らかに楽しんでいるだろうな。特にサミュエル殿下は」
――お兄様とサミュエルってやっぱり似ているところがあるのよねぇ。
まるで予想外だったが、これはなかなかに心躍る展開ではないだろうか。
問題は残りの一人をどうするかだったが、兄の口ぶりからするときっと心当たりがあるのだろう。
そもそもフィーラの知っている兄は、勝ち目のない戦いをするような人ではないのだ。
――三人目、誰になるのかしら?
巻き込まれる人は気の毒だと思いながらも、フィーラは気持ちが高揚していくのを感じていた。




