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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第71話 麗人

誤字報告ありがとうございますm(__)m 一話投稿します。



 翌朝の特別クラスはちょっとした騒ぎになった。


 特別クラスに見たことのない男子生徒がいたからだ。しかもその生徒は艶やかな長い黒髪と切れ長の美しい青灰色の瞳をした、大層な美少年だった。

 そんな美少年がフィーラの席に近づき、親しげに挨拶をしたものだから、教室中の視線がフィーラたちに集中した。


「もしかして……エル?」


 昨日の今日でもう実行するとは、行動が早い。

 

 制服は既製品なので用意できなくはないだろう。それに髪も以前より艶やかだ。エルザとしては、こちらの恰好の方がお洒落に気合がはいるのだろうか。


「は? エルって……まさかエルザ……嬢か?」


 隣の席のクレメンスがエルザを見て驚きに眼を瞠る。


「制服……もう用意できましたのね」


「ん? これ? これはジークのおさがりだよ。諦めきれなくて、ここへ来る前に貰っておいたんだ」


「そ、そうなのね」


 エルザの微笑みからは並々ならぬ執念を感じる。考えてみれば、スカートで剣を扱うのは大変なはず。もしかしたら以前からズボンを着用していたのだろうか。

 

「……その、エルザ嬢。……なかなか似合っているな……」


「エルザでいいよ。私もクレメンスと呼んでいいかな?」


「あ、ああ。好きにしろ」


 クレメンスはエルザの変わりように驚いてはいるようだったが、そのあとは何を言うでもなくいつも通りの対応だ。


――うーん。余計なことは聞かない。でも褒める。クレメンスって、やっぱり紳士ね。


「でも、大丈夫なの? 学園側に何か言われたりとか……」


 確かに男子の制服を着てはいけないという規律はないと思ったが、前世でも目立った格好をする生徒に対しては、色々と口を出してくるのが学校というものだった。


「ああ、それなら大丈夫。もう許可はとったよ、ジークが。せっかく王子様と従兄妹なんだから、有効活用しないとね」


 そういうエルザはとても良い笑顔をしていた。さすがに王族からの願い出は、学園側もおいそれと突っぱねることは出来なかったのだろう。


「ふふ、そう。エル、とても似合っているわよ」

「ありがとうフィー」


 微笑むエルザは紅顔の美少年そのものだ。まさに男装の麗人といったところか。


――もしかして、男装の麗人という概念も、この世界にはないのかしら?


 これはフィーラが広めなくてはならないのか、迷うところだ。

 

 前世ならば宝塚という文化があったから、すんなりと受け入れられただろうがはたしてこの世界ではどうだろう。

 

 フィーラはクラスの反応をこっそりと観察した。

 

 ほとんどの生徒は皆、驚きが表情に出ている。

 

 聞こえてくるざわめきには否定的な意見もあったが、単に驚愕を表したもののほうが多かった。しかも、なかには好意的な意見すらあった。


――思ったよりは、悪くない反応かしら? やっぱりエルが美少年に変身したのが良かったのかもしれないわね。クレメンスと並んでいると、本当にキラキラしいわ。


 美少女顔のクレメンスと、美少年顔のエルザ。フィーラは今、両手に花の状態だ。



「……っ何よ! 男性の制服なんか着て、気持ち悪いわ!」


 ひときわ大きな声が教室内に響いた。声の主はアリシアだ。


「……おい」


 クレメンスが椅子から立ち上がりかけたが、エルザに止められる。


「ありがとう、クレメンス。大丈夫だよ」


 エルザは椅子から立ち上がり、ゆっくりとアリシアの方へと向かう。


「な、何よ……」


 近づいて来るエルザに、アリシアが身構える。そんなアリシアにエルザは顔を近づけ、


「私は気持ち悪いかな? アリシア嬢。君に嫌われていると思うと、心が痛いよ……」


 切なそうな表情と声音で、アリシアに訴えた。


「な……なんっ!」


 アリシアの顔は真っ赤だ。


 先ほどのエルザの声音と言い方は、ジークフリートにそっくりだった。

 

 瞳の色もジークフリートと同じ青灰色。長い前髪を切ることで顕わになった顔も、やはり従兄妹だけあってジークフリートに似ている。どうもアリシアはジークフリートに少なからず好意を持っているようだったから、これは効果覿面だろう。


「……っつ!」


 アリシアは真っ赤な顔のまま、言葉を発することが出来ずにエルザから顔を背けた。耳の裏まで赤い。




「彼女は昔からジークに弱いからね。これで少しは大人しくなると思うよ」


 戻ってきたエルザの悪びれない態度に、クレメンスが呆れている。


「……お前、本当に人が変わったようだな」


「むしろこれが本当の私だよ。……少なくとも、性格は昔のままだ」


 それでも家族以外の他人の前では猫を被っていた、とエルザは言ったが、フィーラなどからすれば猫を被れるだけ優秀だ。それに、今のエルザはとても好ましい。枷を外したことで生き生きと輝いている。


「良いのではないかしら? わたくしは今のエルが好きだわ。もちろん、以前のエルも好きだけれど」


「フィー……私もフィーが大好きだよ」


 フィーラの手をとり微笑むエルザに、教室のそこかしこで悲鳴があがった。


――気持ちはわかるわ。宝塚って、女性の夢と希望が詰まっているものね。


「……そろそろ授業が始まる時間だぞ。エルザは席に戻れ」


「そうだね。じゃあ、フィー、クレメンス。また休み時間にね」


 エルザは手を振りながら、自分の席へと戻っていった。








「ところで、フィー。この間の騎士科の生徒との約束、どうなってるの? 行くときは私も一緒に行きたいんだけど」


「何だ、騎士科の生徒との約束って?」


 ジルベルトがエルザに尋ねる。



 昼休みを図書館で過ごすのは、すでにフィーラたちの日課になりつつあった。


 フィーラとクレメンスとともに現れたエルザをみて、ジルベルトは一瞬驚きに目を瞠ったが、すぐにそれがエルザであると分かったようだ。

 変わった格好だな、と言った声が多少上ずっていたような気がしたが、あとはいつも通りの接し方だった。


――ジルベルトもクレメンスも年の割に大人よね。ほかの人はエルの姿を見てコソコソと何かを言っていたけれど……。そういえば、意外にも表立って何かを言ってきたのって、今のところアリシア様だけなのよね。案外裏表のない正直者なのかしら?


 アリシアは庭でエルザに食って掛かっていたときも、誰も連れずに一対一だった。

 

 どうもアリシアは思ったことをすぐ口にしたり、行動を起こしたりしてしまう直情型の性格のようだ。


「ジルベルトには言っていなかったかしら? メルディア公爵家の護衛から、聖騎士候補に選ばれた人がいるのよ。この間その人に偶然会ったのだけどあまり話ができなくて……。今度わたくしから騎士科を訪ねる約束をしたの」


「ジルベルトも行く?」


 エルザがジルベルトに尋ねる。


「……いや、俺はやめておく」


 ジルベルトの態度からは、あまり乗り気ではないのが伝わってくる。エルザも、そう、といったきり、それ以上誘うつもりはないらしい。


「クレメンスはどうかしら? あの、ジークフリート様も一緒に行くのだけど、それでも良ければ」


 クレメンスはフォルディオスの出身だ。自身の国の王族がいると気疲れするのではないかと思い、一応聞いてみる。


「ジークフリート殿下か……。話したことはないが、気さくな方とは聞いているな」


「ジークのことはそんなに気にしなくていいよ」


 エルザの言葉に、本を読んでいたジルベルトが反応する。


「……君は何でジークフリート殿下を愛称で呼んでいるんだ?」


「ん? 言ってなかったっけ? ジークは私の従兄なんだ」


 エルザの答えに、ジルベルトが驚いている。


――まあ……。今日はジルベルトはエルに驚かされっぱなしね。


「そうか……ジルベルトはティアベルトの出身だったな。俺は知っていたが」


「従兄妹とはいっても、私は侯爵家の生まれだ。気にしないで」


「そういえば、エルザもクレメンスもフォルディオスよね? お互い以前から面識があったのかしら?」


「……いや。俺は子爵家だし、エルザのことは名前を知っていたぐらいだ」


「私もそうだね。特別クラスで顔見知りはアリシア嬢ぐらいだよ」


「そうなのね。……まあ、わたくしも同じようなものだわ」


 フィーラが特別クラスにいるティアベルト出身の学生ではっきりと認識できているのは、サミュエルとリーディアくらいだ。ティアベルトの精霊姫候補は自分とリーディアだけだが、精霊士はティアベルト出身の者も何人かいるはず。


 さらに学園全体ともなると、とにかく人数がいるので自国出身の貴族といえどもすべて把握するのは難しい。

 しかし、王族ともなればその貴族のほとんどを頭に入れておかねばならないのだ。

 そのための側近がいるにはいるが、自分でもある程度は覚えておかなければいざというときに困るだろう。


――そういうところは、本当、王族って大変だと思うわね。……婚約者候補を辞退しておいて良かったわ。


「まあまあ。それは良いとして。どうする? いつ行く?」


 剣好きのエルザの目が輝いている。


「わたくしはいつでも大丈夫よ。クレメンスは?」


「……俺も、大丈夫だ」


「では、ジークフリート様の都合が合うときはどうかしら?」


「じゃあ、今日にでもジークに都合を聞いとくよ」


 エルザはにこにこと上機嫌だ。よほど騎士科に行くのが楽しみらしい。

 

 実はフィーラも騎士科に行くのは楽しみだった。

 

 テッドに会うことはもちろんだが、騎士科の生徒たちの訓練を見たいという気持ちがフィーラにもあった。エルザのように自分で剣は扱えないが、見ている分には面白い。

 血が流れるような生々しい実戦は別として、熟練した剣捌きは芸術の域に達すると、フィーラは思っている。


 しかし、テッドに対し見下したような発言をしたあの美少年に会う可能性があることが、少し気がかりだ。

 あの時はつい口を出してしまったが、よくよく考えれば、フィーラが余計なことを言ったせいで、あとでテッドが困る事態になる可能性もあったのだ。


――今度同じようなことがあったら、自重した方がいいのかしら? ……いえ、やっぱり口出ししてしまうかもしれないわ……。でも、テッドが……。ああ、もう! 今は考えるのはやめましょう。


 今はただ、またテッドに会えることを楽しみにしていればいい。

 

 聖騎士候補に選ばれたテッドのことを、父や団長だけでなく、フィーラとて、とても誇りに思っていたのだ。


「楽しみね」


 エルザと顔を見合わせて、フィーラは微笑んだ。

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