第70話 本当の自分
誤字報告ありがとうございますm(__)m もう、自分の見直し作業は信じられません……。
一話投稿します。
「ごめんなさい、ジークフリート様、エルザ様」
二人をおいてその場をあとにしたことをフィーラはあやまった。
「いや、構わないよ。彼は君の家の護衛騎士だったのかい?」
「はい。よく、わたくしの身辺警護をしてもらっていたのがテッドだったんです」
「そうか。自分のところの護衛騎士が聖騎士候補に選ばれるとは、それは公爵家も鼻が高いだろう」
「ふふ。そうですわね。お父様も護衛団長もそれは喜んでいましたわ」
「護衛団長?」
「メルディア公爵家には護衛団と呼ばれる組織があるんですよ。通常貴族の家の護衛騎士が二十人前後なので百人以上いるメルディア公爵家は破格です」
それまで口を開かなかったエルザが、急に饒舌になって話し出した。フィーラは驚いてエルザを見つめる。
「よく知っていらっしゃるわね、エルザ様」
「エルは昔から剣や騎士が好きなんだ」
「……ジーク」
エルザがとがめる様にジークフリートの名を呼び、そんなエルザにジークフリートは笑いを噛み殺している。
――まあ、やっぱり仲がよろしいのね。それにエルザ様、剣が好きなんて意外だわ。
「もしかしてエルザ様も剣を嗜んだりするのかしら?」
何気ないフィーラの言葉に、今度はエルザが呆けたように口を開けて驚く。
「どうかしました?」
「フィーラ嬢。君は女性が剣を扱うことに抵抗はないのかい?」
呆けたままのエルザに代わり、ジークフリートがフィーラに問いかける。
「いえ? 特にありませんが……」
前世では剣道やフェンシングなどで剣を扱う女性は大勢いたし、格闘技にしたってそうだ。それどころか、軍で活躍する女性も珍しくはなかった。エルザが剣を使えたとしても、フィーラは全然おかしいとは思わないのだが。
――そういえば、この世界って女性の騎士はいないのだったかしら?
「確かに……重い剣を女性が扱うのは、男性よりも大変でしょう。ですが、それは工夫次第でなんとかなることでしょうし、女性のなかには男性に勝る才能を発揮する方もいらっしゃるのではないでしょうか。わたくしは、女性の騎士がいても良いのではないかと思います」
フィーラの言葉を聞いていくうちに、どんどんとエルザの頬が赤らんできた。どうやら興奮しているらしい。
「あの……エルザ様?」
様子のおかしいエルザの顔色を、フィーラが覗き込むようにうかがう。そんなフィーラの両手を、エルザがガシッと掴んだ。
「エ……エルザ様?」
「フィーラ様……本当に、本当にそう思いますか?」
「え、ええ。そうね。そう思うわ」
なにがエルザの琴線に触れたのかはわからない。ただ、エルザがフィーラの言葉に対し、感動しているのだということはわかった。長い前髪からの覗く瞳がキラキラと輝いている。
――あら、綺麗な青灰色だわ。ジークフリート様と同じね。
やはり従兄妹だけあって、エルザの瞳は色だけではなく、形もジークフリートの瞳とよく似ている。もしかしたら、兄妹といっても通るのではないだろうか。
「では、フィーラ様! 女性が男性の恰好をすることについては?」
「おい、エル!」
「ジークは黙ってて!」
先ほどからのエルザは普段の大人しいエルザとは違い、やけに積極的だ。何やら人が変わったようにも思える。しかも先ほどの剣の話といい、どうやらエルザは男性的な趣味を持ち合わせているようだ。
――エルザ様、もしかしてスカートが苦手なのかしら? こちらの世界でズボンを日常的に身に着けることは男装していると捕らえられても仕方がないもの、それは話題にはしにくいわよね。前世では、ズボンも女性の服装として認知されていたけれど、この世界では違うし。
この世界では女性は乗馬のとき以外はすべてスカートだ。ズボンが許されている乗馬でさえもスカートを選ぶ女性は多い。
「よろしいのではないかしら? 乗馬のときは女性もズボンを穿くでしょう? それに、この学園の服装規定に、男性の服を着用してはいけないとはなかったはずよ」
実際は服装規定に記すまでもない常識であるからなのだが。フィーラのその言葉に、エルザはますます目を輝かした。
「そうですよね! 別に女性が男性の服を着たって良いですよね! 剣だって、そこらの男には負けません!」
エルザには自分が剣を扱うことを隠す気はすでにないらしい。今の言い方をきくに、結構強いのかもしれない。今の生き生きと語るエルザは、本当に別人のようにみえる。
「おい、エルザ。いい加減にしておけ。また叔母様に怒られるぞ」
「……母様はわかっていないんだ。私がドレスを着たって似合うわけないじゃないか。また陰で笑われるだけだ……別に着たくもないけど」
「エルザ様……」
――そんなことないとは思うのだけど……。きっとモデルみたいで格好いいと思うわ。
だが、やはりこの世界でのエルザの身長は、女性にしては少々高すぎる。フィーラがいくらそんなことはないと言っても、周囲がそれを認めるかはまた別だ。それならば……。
「それならば……似合う服を着たらよろしいのでは? どちらにしても何か言われるのでしたら、ご自分の好きな恰好をしたら良いと思いますわ」
「フィーラ嬢……そんなエリザを煽るようなことを」
ジークフリートがフィーラを窘める。だが、エルザと仲の良いだろうジークフリートも、きっとエルザの気持ちを知っているのだろう。その声にはどこか諦めの響きが含まれていた。
「ですが、ジークフリート様。女性というものはときに残酷なのです。どうせ何かを言われるのなら、自分の好きに振舞ったほうが、まだ自分を好きでいられますわ」
「フィーラ様……」
エルザがフィーラの手を握った手に力を籠める。
「フィーラ様……私は、私は今の自分が嫌いです」
「エルザ様……」
「精霊姫候補だから、母様のためだからと、自分の心に嘘をついていました」
「はい」
「本当は、精霊姫候補になどなりたくなかったのです」
「エル!」
ジークフリートがエルザの名を呼ぶ。今度は少し強めに、あきらかに制止する意図をもって放たれた言葉だ。
だが、やはりジークフリートの表情からはエルザを思いやる気持ちしかうかがえない。
ジークフリートがエルザの言葉を窘める気持ちはわかる。精霊姫候補に選ばれておきながらそれを否定するのは、やはりこの世界ではあまり褒められた行為ではない。もし誰かに聞かれでもしたら、面倒なことになるのは必至だ。
だが、
――精霊姫候補に選ばれるのは名誉なことで、それがこの世界の共通認識で……。きっと誰もがそう思っているのだと決めつけていたわね、わたくし……。
精霊姫になりたくないと、思う者もいるのだ。フィーラとて、自分には荷が重いと思っていたではないか。
それは遠慮から出た思いだったが、なりたいかなりたくないかと二択で問われれば、やはりなりたくない、とそう思ってしまう。あの魔を見てから、なおのこと、その思いは強くなった。
だが同時に、サルディナのように、身近な者がいつ被害に巻き込まれるかわからないと気づいてしまったフィーラは、自分には関係ないとも言い切れなくなってしまったのだ。
「私は、精霊姫候補よりも聖騎士候補になりたかった……」
「……え?」
ぽつんと零されたエルザの言葉に、フィーラは驚愕する。さすがに、エルザの目指しているものがそこまでとは思っていなかった。
「精霊姫を守るために精霊と手を携えて剣を振るう。騎士を目指す者の憧れです」
「そ、そうなのね」
「フィーラ様。私は決めました」
「な、何をかしら?」
「私は今から聖騎士候補となり、聖騎士となることを目指します」
「え、ええ?」
そんなことができるのだろうか。聖騎士候補になるには、現役の聖騎士の推薦が必要なはず。なろうと思ってなれるものではないのではないか。そして今からそれは可能なのだろうか。フィーラはジークフリートを見つめ、答えを求める。
「……まあ、不可能というわけではないな。聖騎士候補の推薦は、現役聖騎士によるものだけではないし、候補となっても途中で脱落する者も、反対に、途中で候補となる者もいないわけじゃない」
フィーラの心の内を正確に読み取ったジークフリートが説明をしてくれる。
「そうなのですか?」
「聖騎士候補には、現役聖騎士のほか、各国お抱えの現役の騎士の推薦があればなれるんだ」
「……そうだったのですね」
「聖騎士は精霊との相性も重要だけれど、剣の腕もまた重要だ。聖騎士は強いが、剣の達人ばかりというわけでは決してないからね。その分、国所属の騎士は、まず剣の腕が重要視されるから」
「なるほど」
精霊姫候補や聖騎士候補については、どういった基準で選ばれるのかあまり世間には知らされていない。
それは公爵家という高い身分の生まれであるフィーラも知らないことだ。
だがジークフリートが知っていることを考えると、王族にはその基準が知らされているのかもしれない。あるいは、聖五か国の王族のみということも考えられる。
――あら? そういえば、お父様は選定について何か知っている感じだったわね……。精霊姫を出した家だから、その関係かしら?
「だが、どうするつもりだ? エル」
ジークフリートがエルザに問う。確かに、何か対策がなければ、今から聖騎士候補を目指すのは難しいだろう。
ジークフリートの問いに、エルザは胸を張って答えた。
「ガルグさんから推薦をもらう」
「……やっぱりか」
ジークフリートが片手で頭を抱える。エルザのいう人物に心当たりがあるらしい。
「そのガルグさんとは?」
「フォルディオスの王国騎士団の団長で、エルザの伯父だよ」
「まあ、エルザ様の?」
「私の母とエルザの母が姉妹なんだが、ガルグは二人の兄だ」
それならば、可愛い姪のために聖騎士候補になるための推薦を出すということもあるのだろうか。
いや、むしろ、だからこそ出さないということになりはしないだろうか。
魔と戦う危険な職務である聖騎士になりたいなどという願いは、可愛がっている姪ならなおのこと許さないのが普通だと思うのだが……。
「フィーラ嬢。おそらく君が思っているような微笑ましい関係ではないぞ? エルとガルグの関係は」
「えっ?」
フィーラの心の内の心配を見越したかのように、ジークフリートが訂正をいれる。
「エルザが聖騎士を目指すと言ったら、ガルグは喜んで手助けをするだろうな。それと……、エルザも君が想像しているよりは、はるかに強いと思うぞ? もしかしたら、初の女性聖騎士にだってなれるかもしれない」
「え? そこまでですか?」
確かに、フィーラはエルザの剣の強さを知らない。だが、本当に聖騎士に選ばれるほどに強いのだろうか。
「それに、もともとエルザは精霊姫候補だ。精霊との相性も、きっとほかの騎士よりは良いんじゃないか?」
「……確かに」
何てことだろう。エルザがとてつもない有望株に思えて来た。エルザには思うようにしろとはいったが、もしエルザがフィーラの一言で危険な道を歩み始めるのだとしたら、フィーラの責任は重大だ。魔と戦うエルザの姿を想像し、フィーラは血の気が引いた。
「大丈夫だ、フィーラ嬢。たとえエルザがどんな道を選ぼうとも、それはエルザが決めたことだ。君に責任はない」
さきほどからジークフリートは、まるでフィーラの心の中を覗いているかのように的確にフィーラの望む言葉をくれる。生まれた時から責任ある王族として生きて来たジークフリートは、観察力や洞察力はもとより、きっと人生経験がフィーラの何倍もあるのだろう。
――わたくしも、前世を合わせればそれなりだとは思うのだけれど、生きた年月の長さではないのね、こういうことは。
「ジークの言う通りだよ、フィーラ様。私はあなたに感謝している。私にとってこの学園は檻のようなものだった。けれど今は違う。きっとこの学園に来なければ、私は聖騎士どころか、普通の騎士を目指すことすら出来なかった」
「エルザ様……」
「フィーラ様、どうか私のことはエルと呼んでください」
「いいの? ではわたくしのこともフィーと呼んでくださらない?」
「ありがとうフィー」
エルザは満面の笑顔でフィーラに礼を言った。
その笑顔につられて、フィーラも自然と笑顔になる。
フィーラは今まで、ロイドやゲオルグ以外の人間に愛称呼びなどされたことがなかった。
エルザは家族以外で、初、フィーラを愛称で呼んだ人間だ。
二人は微笑みあいながら、しばらくのあいだ手を握り合っていた。
「……あーあ。叔母様が何というか」
二人のやりとりを見ていたジークフリートの言葉は、フィーラにもエルザにも届かなかった。
毎日の投稿を心がけるとは書きましたが……物語が進むにつれ難しくなってきました。しばらく不定期更新で行きたいと思います。




