第7話 もうすぐ成人です
「ああ、フィー。君は本当に良い子だ。もちろん、そんなことは昔から分かっていたがね」
ゲオルグは目を細めて、フィーラを慈しむように見つめる。あれほど我儘三昧をしていたのに、ゲオルグにとってフィーラの我儘など子どもの癇癪程度に過ぎなかったのだろうか。
――お父様、包容力がありすぎるわね。いえ、あるいはやっぱり親馬鹿かしら?
「嫌だわ、お父様。そんな子ども扱いをして」
「君はまだ十五歳だよ? フィー。まだまだ子どもだ」
「もうすぐ成人ですわ。お父様」
「ああ、私の可愛いフィーも、もうそんな年頃に……。そうか、社交界デビューか……。すまない、あまり準備を手伝えなくて……」
「お気になさらないで? お父様はお忙しいのですもの」
この世界の女性は、十五歳の年を成人とし、同時に社交界へとデビューする。
その日に開催される舞踏会は「デュ・リエール」と呼ばれ、国の主催で行われるのだが、その年に成人を迎える女性たちは、半年から一年ほどの期間をかけて、「デュ・リエール」のためのドレスの準備をするのだ。
社交界に必須のマナーは、ほとんどの女性は成人するまでにはすでに身につけている。
「デュ・リエール」の醍醐味は、一人前の貴婦人として、舞踏会で美しく着飾り、家族や親戚以外の素敵な男性と踊れることにあるのだ。
成人する前の女性は、舞踏会への参加は許されていても、親が許した相手以外と踊ることはできない。それに加え、ドレスや装飾品も成人した女性ほどには華美には出来ないため、「デュ・リエール」に着るドレスや装飾品に対しては、皆力の入れようがすごいのだ。
――わたくしも、精霊姫に相応しいものを、などとと言って、布地に目いっぱい宝石を縫い留めたものを作ろうと思っていたのだったわ……。しかも本番は生花までつけようとしていたのだから、実現していたら、どうなっていたことか……。まあ、あくまで自分の中だけで考えていたことだから、実際に発注していなかったのは幸いね。
「お父様。わたくし、準備は半年ほど前からはじめていますの。と言っても、ドレスはまだ注文しておりません。三日後にメルディア家御用達の仕立屋を呼ぶ予定になっていたのですが……」
「そうなのかい? どのようなドレスを作る予定だったんだい?」
ゲオルグに問われ、フィーラは言葉に詰まった。
――うう。とても本当のことは言えないわ。いくらお父様でも引いてしまうのではないかしら? ここは余計なことは言わないでおきましょう。
「いえ、特には決めていなかったのですが……流行りのドレスの傾向でも聞いておこうと思いましたの。ですが、今はそんな気分にもなれませんもの。仕立屋を呼ぶのはもう少し後にしますわ」
フィーラの言葉を聞き、ゲオルグの表情が曇った。きっとフィーラの気持ちを慮ったのだろう。フィーラとしては、今はもう精霊姫の候補を外されたことなど、まったく気にしてはいなのだが。
「……そうだねフィー。来月からは、きっと忙しくなる。今はゆっくり休みなさい」
「はい。お父様。ありがとうございます。ですが、今月中にはドレスも注文しますわ。あまり
に遅いと、間に合わなくなるかもしれませんもの」
「そうだね。それがいい」
「あと、お父様。ひとつ、お願いがあるのですが……」
「お願い? 何だい?」
「今日の夕食時、家の使用人をすべて集めて欲しいのです」
「使用人を? すべて?」
「ええ、すべて」
「……そうかい。分かったよ。では手配しておこう」
ゲオルグは先ほどまでの父親の顔とは異なる、公爵家当主の顔で笑った。
「ありがとうございます。お父様。それでは、失礼いたします」
フィーラはにっこりと笑い、ゲオルグに挨拶をし、コンラッドと目を合わせて控えめに微笑んでから、書斎を後にした。
「デュ・リエール」はもちろん「デビュタント」のことです。以前デビュタントという言葉の使い方に関する文章を読んだことがありまして…ちょっと変えてみました。




