第69話 次の約束
一話投稿します。プロットの見直し作業と並行して執筆しますので、しばらく不定期更新となります。
フィーラの声に、テッドが振り向いた。
テッドの少し先を歩いていた友人らしき人物たちも足を止め、フィーラを見つめている。
久しぶりに見たテッドは突然のことに驚いているようだが、フィーラの姿をみとめると、わずかに口元をゆるませた。
――良かった。やっぱりテッドだわ。名前まで呼んで間違っていたらどうしようかと思ったわ。
「フィーラお嬢様!」
「会えて良かったわ。入学してからまだ一度も会えていなかったから……」
特別クラスと騎士科のクラスの距離では、あまり学園内ですれ違うということはない。
食堂では騎士たちの姿も見かけるが、やはり人数が多いことと、昼食のための休憩は二時間もあるため、皆昼食をとる時間がまちまちなのだ。
昼食をとる時間帯をお互い固定するか最初から申し合わせでもしない限りは、クラスの違う知り合いに会うことは滅多にないのだ。
「どうしてここに……」
「え?」
「いえ、ここはあまり貴族のご令嬢が来るような場所ではありませんので……」
「そうね、穴場よね、ここ。静かだし。とっておきの場所だって先生に教えて貰ったの」
「穴場……ですか? もしかして普段はお一人で?」
「……ええ、そうね。……一人が多いわ」
――テッドにまで友人が少ないのか、なんて思われたらどうしましょう……。
フィーラがそう思っていると、テッドの隣から、コホン、とわざとらしい咳が聞こえて来た。
「ああ……テッド? こちらは?」
テッドとともにいた男の一人がフィーラを見る。明るい茶色のくせ毛で、声の調子からひょうきんそうな印象を受ける。
「ご挨拶が遅くなりましたわ。わたくしフィーラ・デル・メルディアと申します。突然失礼いたしました」
フィーラは男に対して微笑み、軽くカーテシーをする。
男はテッドとフィーラを交互にみてからにやりと笑った。
「おいテッド! お前やるなぁ!」
「お前……ふざけるなよ! そんなわけないだろ!」
――何がそんなわけないのかしら? あら? もしかして、わたくしテッドの恋人だと思われたとか?
その可能性はある。そして、きっとテッドはそのことに対して怒ったのだろう。フィーラもだんだんと、そういった方面に鼻が利くようになってきたと自負している。
――まあ、そうよねえ。わたくしと恋人だと思われるとか、何の罰ゲームかという話よ……。ここはあえてスルーした方がいいかしら?
テッドが否定した手前、フィーラからもわざわざ何かを言う必要もないだろうと思ったのだが、
「はっ! こんないかにもな高位貴族のご令嬢が、こいつの恋人なわけがないだろう?」
聞こえてきたテッドを馬鹿にするような言葉に、フィーラは思わず言った相手を凝視してしまった。
――この方……テッドの友人ではないのかしら? ……いえ、違うわね。友人だったら、今の言い方はないわ。
声の主は、金色の巻き毛に、青い瞳のかなりの美少年だ。フィーラが半眼でじっと相手を見つめると、相手が怯んだのがわかった。
「な……なんだ」
「……いいえ?」
メルディア公爵家自慢の護衛団の騎士を貶され、フィーラもつい冷たい言い方になってしまう。
そもそもなぜフィーラがテッドの恋人なわけがないなどと思うのか。フィーラではテッドの恋人には相応しくないというのならまだしも、今の言い方では、テッドではフィーラに相応しくないという意味にとれる。そこは納得できない。
聖騎士候補になった人間はたとえどれほど身分が低かろうとも、高位貴族のご令嬢と添うことだとて、まったくの夢ではなくなるのだ。
「ふん。こんな男爵家の三男風情が、なぜ聖騎士候補なんだ。容姿も凡庸だし、剣の腕だって、僕の方が強い」
「おい、エリオット! お前な……」
「よせ! イアン」
「それは聞き捨てなりませんわ」
突然会話に加わったフィーラを、全員が驚いた顔で見つめる。まさかフィーラから援護射撃がくるとは思っていなかったのだろう。
「そこのあなた。まず聖騎士になるのに身分は関係ありませんわ。平民だとしても聖騎士に選ばれることはありますのよ? それに、テッドの容姿だって別に凡庸ではありませんでしょう? 紺色の瞳も綺麗だし、誠実そうな良いお顔ではなくて? 背も高いですし? あと、テッドはメルディア公爵家の護衛団所属ですから、剣の腕だって相当なものですわよ。……まあ、あなたとどちらが強いかは存じ上げませんけれども」
一気に言い切ったフィーラに、全員言葉をなくしている。テッドなどは口に手をあて顔を真っ赤にしていた。
――テッドったら……褒められ過ぎて照れてしまったのかしら……? でも、まあ、本当のことですし。
「お前……」
「はい。そこまで」
「ジークフリート様!」
エリオットと呼ばれた美少年が何かを言いかけたが、ジークフリートの介入によって阻まれた。
フィーラがいなくなってからしばらくは、エルザと二人でフィーラの様子を見守っていたジークフリートだったが、雲行きが怪しくなったのをみてそばまでやってきたのだ。
「ジークフリート? もしかしてフォルディオスの……」
ジークフリートの素性に気が付いたエリオットがすぐに礼の姿勢をとる。テッドと、イアンと呼ばれた男もそれに倣った。
「ああ、学園なんだからあまり気にしなくていい。それよりも、この話はこれでお終いだ。いいね」
「……はい」
エリオットはあまり納得してはいないようだったが、ジークフリートの言葉に逆らってまで自らの意思を通すつもりはないようだ。
「さあ、私たちもそろそろ戻ろう」
「そうですわね」
フィーラはまだ顔を赤くしているテッドに向かい、声をかける。
「テッド。今日はあまり話せなかったから、今度騎士科へ伺ってもいいかしら?」
フィーラの言葉に、テッドはあわてて聞き返す。
「あの、お嬢様おひとりで、ですか?」
「大丈夫だ。私も一緒にいく」
「……では、お待ちしております」
そう答えたテッドは、なぜかとても不安そうな顔をしていた。




