第65話 こんなはずじゃなかった
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扉が開き、フィーラがロイドに付き添われて入ってきた。その瞬間、ステラの周囲の人間からため息がもれた。
輝く淡い色合いの金髪をまとめあげ、紺色のドレスをまとった美しい少女。透き通るような白い肌と相まって、目の覚めるようなコントラストだ。
隣に立つロイドは、ストロベリーブロンドの髪を後ろになでつけ、いつもよりさらに大人の色気を振りまいている。
フィーラの姿を見るたびに、ステラのなかで、焦りが生まれる。ゲームと同じフィーラだったなら、きっとこんな気持ちにはならなかったはずだ。なぜ、フィーラはこうもゲームと違うのだろうか。
その問いに対して、ステラの中ではひとつ思い当たることがあった
もしかしたら、フィーラもステラと同じ、ゲームを知る転生者なのではないか。
そうでなければ、こうまで違う理由の説明がつかない。
だが、フィーラの行動はステラに転生を確信させるにはいたらなかった。
フィーラはゲームの最後で、魔に憑かれ、そのまま魔と共に滅ぼされてしまう。それはどのルートを選択しても、同じだった。
もしその結末を知っていたならそもそも学園に来るとは思えないし、精霊姫候補のままでいるとも思えない。
万が一、結末を知らなかったとしても、自分が悪役令嬢だと知っていたなら、攻略対象との接触は控えるのが普通ではないだろうか。あるいは、バッドエンドを回避するために、色々立ちまわるかのどちらかだろう。
だが、フィーラは、ジルベルトともクレメンスとも仲が良いままだし、サミュエルのことは避けているふしはあるが、それも目に付くほどではない。
とにかく、フィーラの行動がステラには読めなかった。だからこそ、余計に脅威を感じるのだ。
フィーラの入場が終わりしばらくすると、先ほどとは別の扉のベルがなった。その音をきき、皆がその扉に注目する。ステラの隣に立つ義弟も、ウォルクも、その扉を見つめていた。
皆どうしたのか。そう思ったのは一瞬で、すぐにこれからサミュエルが入場してくるのだと分かった。
扉が開くと、皆が一斉に頭を下げた。
ステラも一瞬遅れて頭を下げる。せっかくのサミュエルの入場をみられないのは残念だが、ここで頭を上げる勇気は、さすがのステラにもなかった。
そのまましばらく時がすぎ、王様の言葉で、皆頭をあげた。
ステラはすぐにサミュエルの姿を探す。
王のすぐ後ろに控えるサミュエルは、ため息がでるほどに恰好良かった。まるでおとぎの国の王子様そのものだ。
シャンデリアに照らされて一層輝く金髪に、エメラルド色の瞳。そして、攻略対象中、一番顔の良いロイドにも引けを取らない美貌。それに関しては、二人は従兄弟なのだから、似ていて当たり前なのだが。
王妃の言葉に、否応なしにステラの期待が高まった。
今夜は夢のような一夜になる。そう確信した。
義弟のフリッツと、次いでウォルクとダンスを踊ったところで、サミュエルを見つけ声をかけた。サミュエルはいつもどおりそっけなかったが、ステラを振り払ったりはしなかった。
そのまま、次のダンスはサミュエルと踊りたい、そう思ってサミュエルのそばいると、サミュエルが急に歩き出した。あわててステラもそのあとを追う。
サミュエルの向かった先には、フィーラとジークフリートがいた。すっかり忘れていたが、ジークフリートはゲームでは、フィーラの付添人として、デュ・リエールに来ていたのだ。
サミュエルがジークフリートに話しかける。そして、なんとステラとジークフリートが踊れるように手回ししてくれたのだ。
ジークフリートとはどのみち踊ることになっている。サミュエルがフィーラと踊るのは気に食わないが、仕方ない。サミュエルと踊る前に、ダンスの上手いジークフリートと踊って、緊張を解いておこう。ステラは差し出されたジークフリートの手をとり、ダンスを踊った。
戻ってくると、フィーラとサミュエルがいつもより親し気に何か話をしていた。やはりフィーラは必要以上にサミュエルを避けているわけではないのだろう。
途中、フィーラに話しかけられそうになり、とっさに言葉を遮ってしまった。まだ、フィーラと喋る心の準備がステラには出来ていない。
少し失礼な態度だったかなと思っていると、サミュエルがその場から連れ出してくれた。
あとは、この場にいる攻略対象で踊っていないのは、サミュエルとロイドだけ。ロイドは初日の出来事があったため、誘うのに少々気が引けるのだが、今日という日を逃せば、次はいつロイドと接触できるかわからない。
まずは、サミュエルに踊ってもらおう。そう思っていたところで、あの騒ぎが起きたのだ。
ロイドを中心として、リーディアとサルディナがいがみ合っている。さすがロイド。やっぱりモテるんだ、などと思っていたら、急に目の前が真っ暗になって…。
その後のことは覚えていない。
気が付いたら、警備の人に起こされていて、そばにいたはずのサミュエルは消えていた。
説明を受けたところによると、どうやら、魔に憑かれた人間の暴走があったらしい。その人間は残念ながら亡くなってしまったようだ。なんて運が悪い人なのだろう。
せっかくのデュ・リエールだったが、人が死んでしまったなどと聞いたら、もう最初の頃のような楽しい気分ではいられない。
それに、やはり、何かが狂ってきているような気がしてならない。ゲームではこのデュ・リエールにそんなエピソードはなかった。いったいどうして、こんなことになってしまったのか。
鬱々とした気持ちを抱えながら、ステラはフリッツとウォルクの二人と一緒に、王宮の救護室へと向かった。




