第62話 嫉妬
誤字報告ありがとうございますm(__)m
いつまでたっても誤字だらけで申し訳ない…。
そろそろストックが尽きますので、しばらく毎日の更新ではなくなります。
「サルディナ様から⁉」
「突然だな」
ロイドがわずかに顔をしかめる。だが、不快というよりは、不可解といった意味合いが強いだろう。
貴族間の訪問は事前に伺いを立てるのが筋、というか建前だ。昨日来てくれたジークフリートも、フィーラが目覚めたらすぐ見舞いに行けるよう前もって公爵家に申し入れをしていた。
だが、当日の訪問もまったくないというわけではない。急を要するときなどは申し込む側は断られる覚悟で直接訪問することもあるし、訪問された側は都合が悪ければそれを断ることが出来る。しかし、高位の貴族になるほど建前を大切にするものだ。サルディナは公爵家のご令嬢。普段のサルディナらしくない行動だ。
しかもサルディナもフィーラと同じように、まだ目覚めて間もないはず。
「サルディナ様、もう動いて大丈夫なのかしら?」
むしろフィーラよりも、サルディナの方がよほど大変な目にあったはず。想像に過ぎないが、魔に憑かれるということは相当の体力を消耗するものではないだろうか。
―それに、サルディナ様からわたくしへの訪問なんて、もしかして初めてじゃないかしら?
サルディナの事については、ゴールディ公爵家と相談し、魔に憑かれたのは別の人間ということにした。そうジークフリートから聞いていた。公爵家の人間が魔に憑かれたとなると、外聞が悪いというのが理由らしい。
そのようなものか、としかその時には思わなかったが、考えてみれば魔に憑かれるということは、少なからず心に隙があったということの証明になるのだ。
―でも…誰だって心の隙間に魔が入りこむことはあるわ。
それを恥とは、フィーラは思わない。だが、貴族の世界では少々話が違ってくるのだろう。サルディナが隠したいと思う気持ちに、当事者ではないフィーラが異を唱えることはしない。しないが、その事実を知られているだろう相手に、サルディナが一体どういった用事があるのか、それが分からなかった。
「いいわ。お受けして。応接間でお待ちいただいて」
「かしこまりました」
アルマが一礼して、部屋から去る。
入れ替わる様に、アンとナラが部屋へと入ってきた。
「お嬢様、お召し物はどうなさいますか?」
「この恰好では見苦しいかしら?」
フィーラは今、いつもより簡素なゆるやかな仕立てのワンピースを着ている。
「いいえ。完璧でございます」
「なら、このままで。あまりお待たせしたくないわ」
「かしこまりました」
アンを連れて応接間に行くと、侍女をつれたサルディナが待っていた。
ソファに座るサルディナは、いつもと違いどこか頼りなげな表情をして俯いている。しかし、フィーラの姿を認めると、とたんに表情が明るくなった。ソファから立ち上がり、フィーラに向かって礼をする。
「お待たせいたしましたわ。サルディナ様」
「いいえ。こちらこそ、突然の訪問をお許しください」
やはり、いつものサルディナとは違うような気がする。今日のサルディナは、優雅なふるまいのなかにいつも見え隠れしていた高慢な部分が、ごっそりと抜け落ちている。
―まだ本調子ではないのかしら?
「気になさらないで。本当に、大したことはございませんのよ?さあ、どうぞお座りになって」
フィーラの言葉を受け、サルディナがゆっくりと腰を下ろす。動作や顔色をみてもそこまで体調が悪いようには思えない。だが気丈なサルディナのことだ、無理をしている可能性もある。
体調のことを聞きたかったが、しかし、魔に憑かれたのはサルディナではない、ということになっている手前それを口にするのは憚られた。
「サルディナ様、今日はどういったご用件で?」
フィーラがサルディナに話を促す。一番に考えられることといえば、口止めなのだが。
「…今日は、お礼を言いに来ましたの」
「お礼?」
「ええ」
サルディナはそういうが、フィーラとしてはサルディナに礼を言われるようなことをした覚えはない。何か勘違いをしているのでは。そう思い、サルディナに伝えようとすると、
「魔に憑かれたとき、わたくしには意識がありました」
苦しそうにサルディナがいう。
「…サルディナ様」
サルディナは今、自ら魔に憑かれたとフィーラに告白した。それは魔に憑かれたことを隠そうという意図とは正反対の行為だったが、サルディナには思い出すことに対しての苦しさこそ見えたが、躊躇する様子はまったく見られない。
「…あの場にいた誰もがわたくしの命を諦めるなか、フィーラ様だけが、最後まで、わたくしを助けようとしてくださいました」
「サルディナ様…それは…」
「ええ。分かっております。魔に憑かれた人間の末路は、わたくしとて存じております。あの場での聖騎士の方々が下した判断に、否やを言うつもりはございません。ですが…」
サルディナはそこでいったん、言葉を区切った。よく見るとサルディナの手は震えている。きっとあの時のことを思い出しているのだろう。
「…ですが。わたくしは嬉しかったのです。フィーラ様。あなた様の、そのお気持ちが」
震える声で、サルディナが告げた。今にも泣きだしそうな表情だったが、しかしサルディナは涙を零さない。
そして、そのまま深く頭を垂れた。
「ありがとうございました」
フィーラに頭を下げたまま、サルディナは言葉を続ける。
「わたくしは…ずっと、フィーラ様を恨んでいたのです」
「わたくしを…」
サルディナの言葉を聞き、フィーラは青ざめる。以前のことを思い出そうとしたが、まったく記憶にない。
―わたくし…サルディナ様にも何かしたのかしら…?とてもあり得そうで怖いわ…。
しかし、サルディナが口にしたのは、別のことだった。
「はい。…ああ、いえ。恨み、は違いますわね。嫉みですわ。…何故、わたくしではなく、あなた様が精霊姫候補なのか、と」
―ああ。それはわたくしもそう思うわ…。
それは至極まっとうな疑問だ。当の本人でさえ、そう思うのだ。他人が思わないわけがない。
「わたくしは、フィーラ様。あなた様に嫉妬していたのです」




