第59話 精霊王
一話投稿します。
急に静かになったフィーラに気が高ぶり過ぎて気絶したのだろうと考えたディランとジークフリートは、次の瞬間、フィーラの体からあふれ出す光に視界のすべてを奪われた。
「何だ……これは⁉」
ゆっくりと光量が収まっていく中、ジークフリートは腕で目を庇いながらフィーラを見る。
ディランはすでにフィーラを肩からおろしていた。眩い光をものともせず、目を閉じたまま佇むフィーラを見つめている。
「……これは」
「おい!今のは何だ!」
遠くから黒髪の男が叫んだ。
その声に反応するかのように、フィーラの瞼がゆっくりと開かれてゆく。
しかし、あらわになったフィーラの瞳は何も映してはいなかった。ただその虹彩だけが、虹色に輝いている。
『ああ……。久しぶりの感覚だ』
フィーラの唇から紡がれる、フィーラとは異なる者の声。
ジークフリートは最悪の事態を想定した。光と闇、溢れ出たものの差こそあれ、今フィーラに起こっている事態はサルディナの時とよく似ている。
先ほどフィーラが言っていた、男の声。この声の主が男か女かはジークフリートには判別できないが、もし、フィーラの言っていたものがこれならば、今はフィーラが魔に取りつかれているということになるのではないか。ジークフリートの額から一筋の汗が流れる。
だが、
『案ずるな』
フィーラの姿を借りた声の主は、一言、そうジークフリートに告げると、黒髪の大男の方を向いた。
『ヘンドリックス。この場は私が預かる。その娘には手を出すな』
名を呼ばれた男は、すぐさまその場に膝をついた。
「……まさか……あなた様が……」
ヘンドリックスの声を聞いた二人の聖騎士が、同じように膝をつく。
『全く。よくばりな娘だ』
聖騎士の言動から、フィーラの体を借りて喋るこの存在が何なのかジークフリートにも当たりがついた。
しかし、そんなことは聞いたことがない。ヘンドリックスと呼ばれた男の驚愕具合から見ても、これが非常事態だということが察せられる。
『さて。いい加減出てきたらどうだ。娘の懇願は無視したようだが、私の要求を拒むことは許さない』
フィーラの体を借りる何者かが、サルディナの体を借りる何者かに告げる。
サルディナの体がぐらりと傾ぐ。
『逃がすと思うか?』
その瞬間、サルディナの体の周りに、無数の光の糸が出現した。
サルディナの体は、まるで蜘蛛の巣にかかった蝶のように、動きを抑えられた。
散らばる赤い髪が、滴る血を連想させる。
身動きを封じられたまま、サルディナの体に巣食う魔は、くつくつと笑いをこぼす。
『……ああ、まさか精霊王まで出てくるとは……』
サルディナの声でジークフリートは己の推察が当たっていたことを悟る。
この世のすべてを総べるとされる精霊王。精霊の最上級に位置するその存在との交信は、精霊姫に限られていたはずだ。
なぜ、候補であるはずのフィーラが、精霊王を呼ぶことが出来たのか。しかも、今のフィーラの状態は、完全にフィーラとしての意識を手放しているように見える。
『ああ、やはりすぐに殺しておくべきだった』
サルディナの口から、紡がれた言葉。
それが何者のことを指すのか。それを理解した瞬間、ジークフリートの中でかつてないほどの怒りが沸いた。
そして、それはこの場にいた全員が同じだったようだ。
聖騎士の三人から、先ほど魔と対峙した時には感じられなかった殺気がほとばしる。
しかし、フィーラの姿を借りた精霊王は、嫣然として微笑んだ。
『お前ごときに、次代の精霊姫が殺せるものか』
「……何ということだ」
我知らずジークフリートは驚きをそのまま声に出していた。
次代の精霊姫。
ほかならぬ精霊王の口からその言葉を聞くことになろうとは――。
自分は今、とんでもない現場に居合わせている。ジークフリートは喜びとも恐れともつかない感情に身震いをした。




