第54話 デュ・リエール11
一話投稿します。
「それにしても、ロイドは遅いな」
ジークフリートが周囲を見渡し、ロイドの姿を探す。ダンスはすでに終わっている。確かにもう戻ってきても良い頃合いだ。
「ご令嬢に囲まれて動けないのかも知れません……」
「う~ん、ありえなくはないか」
フィーラとジークフリートがロイドの事を話していると、
「何ですって!!」
ヒステリックな女性の声が会場中に響き渡った。
辺りは静まり返り、声のした方向へと注目が集まる。
フィーラも声がした方向を見る。すると、そこにはロイドとリーディア、そしてサルディナがいた。周囲には三人を取り囲むように人だかりが出来ている。
「おやおや、何やら揉め事が起こったようだな。しかもロイドが巻き込まれているとは」
「お兄様…」
――サルディナ様……ずっとお兄様たちの方を見ていたし…まさかお兄様を取り合ってお二人が喧嘩とか……?
「あなたなんて! 本当はロイド様ではなくてサミュエル殿下を狙っているくせに! 本気じゃないならロイド様から離れてよ!」
「まあ! 狙っているだなんて……なんて品のない言い方。もちろん殿下のことは尊敬しておりましてよ? ですがそれだけですわ」
「嘘よ!」
「なぜ、嘘だなどと思うのです? ご自分がどなたかを狙っているから、他人もそう見えるのではなくて?」
「何ですって!」
「まあ、怖い。ねえ? ロイド様」
リーディアがしなを作り、ロイドにすり寄る。サルディナを挑発するために、あえてしているとしか思えない。
――リーディア様……。なかなか良い性格をしてらっしゃるわ。
メルディア公爵家は、ゴールディ公爵家、セルトナー公爵家、両家とも付き合いはあるが、どちらかといえば、セルトナー公爵家との付き合いのほうが深い。
家格の釣り合うリーディアとロイドの間には、これまでに何度か婚約話も出ている。
昔からの付き合いであるため、リーディアも他の令嬢よりは、ロイドには気安く接するが、かといって、リーディアがロイドを男性として好いているかと言えば、フィーラにはそうは思えなかった。どちらかといえば、幼馴染のような関係だろうか。
――お兄様、板挟みになって大丈夫かしら?
「二人とも落ちついて……。せっかくのデュ・リエールなんだ、この話はここで終わりにしよう」
「どうして? ……ロイド様……なぜ、その女を庇うのです!」
ロイドの言葉に、サルディナが傷ついた顔をし、ロイドを非難する。
――サルディナ様……普段はあんなに感情的な方ではないはずなのに……。それにリーディア様だって。
付き合いの深さに違いはあれど、同じ公爵家同士、そして同年齢のサルディナのことを、フィーラはリーディアと同じくらいには知っている。
大人っぽい外見の割に、意外と幼い言動をするサルディナと、大人しく可憐に見せながら実は計算高いリーディア。
しかし、二人とも生まれた時から公爵家の一員として厳しい教育を受けている。決して今のように、周囲に目があるにも関わらず、感情のままに言い争ったりなどしない。ましてやここは王宮で、今日はデュ・リエールなのだ。
――まるで今の二人は以前のわたくしのようだわ。
自分の感情が抑えられず、むしろ何かに煽られているかのように、次々と激しい感情が湧き出してくる。自分が自分でないような奇妙な感覚。
久しく忘れていた感覚を、二人に引きずられるようにして、フィーラは思い出していた。
フィーラはふるふると頭を振り、その感覚を追い払う。
「どうして……どうして……ロイド様……」
どうして、どうして、と繰り返すサルディナの体から薄っすらと黒い靄が立ち上った。
「何……あれ」
「ああ、まあ……。あれは公爵家のご令嬢としては厳しい振る舞いだろうね」
フィーラの言葉にジークフリートが答える。しかし、言っていることが見当違いだ。
「ジークフリート様……あの靄はお見えにならない?」
「靄?」
「ええ。サルディナ様の体の周りを取り囲むように包む、黒い靄です」
「黒い、靄? ……そんな……まさか」
フィーラの答えに、ジークフリートの表情が険しいものになる。
「フィーラ嬢、ここにいちゃいけない! すぐにここを離れて……」
ジークフリートの言葉は、最後まで紡がれることはなかった。
サルディナの体から、一気に黒い靄が噴出し、周囲の人間を飲み込んだのだ。




