第53話 デュ・リエール10
しばらく一話のみの投稿になると思います。
「ご心配いただきありがとうございます。ですが、心配は無用と思いますわ。殿下と踊った令嬢に対して、馬鹿な事をする者はきっといないでしょう」
サミュエルの言葉は、どちらにしろ、フィーラを心配してのものだろう。自分でも現金だとは思うのだが、さきほど感じた気分の落ち込みは、今はすっかり消え失せている。
――わたくしって結構チョロいのね。
「ならば良いが。油断はするなよ」
「ええ。ありがとうございます」
フィーラは今までで一番、穏やかな気持ちでサミュエルと対峙している自分に感動した。本当に大した進歩だ。
「殿下~」
と、甘えを含んだステラの声が聞こえた。
ステラとジークフリートがこちらに向かって歩いてくる。ステラはサミュエルの隣に戻ると、サミュエルを見上げて満面の笑顔で礼を告げた。
「ありがとうございます! 殿下! とっても楽しかったです!」
「そうか。それは良かった」
対するサミュエルはいつも通りのつれない対応だ。それでもステラの願いを聞いているあたり、やはり気に入っていることは間違いないだろう。
「ジークフリート殿下も、ありがとうございました!」
「いや、こちらこそ楽しかったよ」
サミュエルと違い、ジークフリートはステラに対し、にこやかに対応している。
その間フィーラはステラに話しかけようかどうか思案していた。ステラとは一度話がしたいと思ってはいた。しかし、学園ではなかなかその機会に恵まれなかった。
――話しかけたとしても、何を話題にすればいいのか分からなかったものね。突然、あなたにも前世の記憶がありますか? なんて聞けないし。
だが、今なら話のネタはある。まずは挨拶だけでも、と思いフィーラはステラに声をかけることにした。
「あの……ステラ様……」
「あっ殿下! そろそろ戻りませんか? わたし、少し疲れてしまったようで……」
フィーラが意を決してステラに話しかけようとすると、ステラはフィーラの言葉を妨げる様に声をあげた。
フィーラが話しかけたのに気づかなかった、という態度ではない。気づいていて、それを拒否したのだ。
――ええ……? もしかして、わたくし嫌われているのかしら? まあ、わたくしの噂を聞いていたとしたらしょうがないのかもしれないけれど……。
「ねえ、君……」
ジークフリートがステラに声をかけようとするのを、フィーラは腕に手を置いて制した。
フィーラとて、自分を怖がっている相手と無理やり話がしたいわけではない。とくにステラはサミュエルに気に入られているようだから、下手に難癖をつけられても困る。
先ほどのやりとりで、サミュエルに対して多少心を許せたとはいえ、やはりフィーラにとってのサミュエルは警戒すべき相手なのだ。
むしろそれはサミュエル個人が、というよりは、王家そのものに対してのものと言える。
メルディア公爵家は王家に近い分、王家の恐ろしさもよく知っている。王家は、王家と国のためならば、個人を犠牲にすることを、やむを得ないと思っている節がある。
――その考えも、分からないではないわ。ただ、実際にそれが出来るかどうかは別とするけれど……。
「ジークフリート殿下、フィーラ。残りの時間を楽しんでくれ」
サミュエルはそう言うと、ステラと共に去っていった。
「サミュエル殿下は何を考えているのかな?」
サミュエルが去った後、ジークフリートが疑問を口にする。だが、何故か唇には笑みが浮かんでいた。
「殿下が、ですか?」
「そう。なぜあの子を傍においているのか……」
「彼女は精霊姫候補ですわ」
「ああ、それは分かっている。けれどなあ……」
「殿下はもしかしたら……恋をなさったのではないでしょうか?」
言ったフィーラ自身、あまりしっくりくる解答ではなかったが、ステラを気に入っていることは確かなのだろうから、恋と称しても問題はないだろう。
「殿下が? いや、それはないな」
「何故お分かりに?」
「女性に恋をしている時の男性の目は、あんなに冷めてはいないよ」
「そう……ですか?」
「そうだよ。フィーラ嬢、君はまだまだ子供だね」
そう言ってにやりと笑ったジークフリートは、年齢以上に大人びて見えた。




