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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第52話 デュ・リエール9

今夜は一話投稿です。



 ティアベルト国内の貴族の中で、メルディア公爵家は一番王家との血が近い。そして、サミュエルと年の近い娘がいる国内の侯爵家以上の家の中では唯一、精霊姫を輩出している家系でもあった。


 ティアベルト国内で、精霊姫を出したことのある家は、五つある。メルディア公爵家、フローデン侯爵家、ローゼンブルグ伯爵家、タルゼット子爵家、リヨルド男爵家だ。


 王太子の婚約者であるならば、少なくとも侯爵家以上の家柄が望ましい。しかし、精霊姫を出したことのある家であるならば、その限りではない。

 

 だが、五つの家のうち、メルディア公爵家以外の家では、不思議なものだが、サミュエルと年の近い娘がいなかった。

 消去法で、婚約者候補はフィーラに決まったのだろう。

 

 しかし、サミュエルの婚約者に、否、王家に名を連ねるのにふさわしい相手はほかにもいる。それが、精霊姫候補だ。


――もしかしたら、王家は以前からオリヴィア様の退位の情報を知っていたのかも知れないわ。


 ならば、はっきりと婚約者を決めなかったのも頷ける。婚約をしてしまってから、婚約者以外の令嬢が精霊姫の候補に選ばれた場合、またはその候補が精霊姫となった場合、王家としては、ぜひ、その令嬢を王家に迎え入れたいと思うだろう。

 しかし、すでに婚約者が決定している場合、簡単に婚約者を入れ替えるわけにはいかないからだ。


 そもそも精霊姫は王族の意見に従わなくとも罰せられることはないし、精霊姫候補にしたって王族に対してある程度の意見の融通が利く。


 精霊姫候補に婚約者になるのは嫌だと言われれば、いくら王家といえども強制することはできない。

 正確には出来ないわけではないが、とても外聞が悪い。

 

 たとえ精霊姫になれなかったとはいえ、候補に選出されること自体がとても名誉なこと。それがこの世界の共通認識だからだ。


――その点、王家との距離が近いメルディア公爵家なら、いざとなったときも、それこそ融通が利くものね。


 サミュエルとフィーラは従兄妹だ。フィーラの母であるネフィリアは、王家から降嫁してきた現王の妹だった。

 さらに曾祖母も王家から降嫁してきたし、その三代前にも王家から王弟が婿入りしてきた。メルディア公爵家と王家はかなり血が近いのだ。いざとなったら、血が近いことを理由に婚約者候補の取り消しもできただろう。


――きっと、そう遠くない未来に、精霊姫候補か、精霊姫を婚約者に迎えるのでしょうね。もしかしたら、ステラ様を、と考えているのかしら?


 サミュエルが特定の令嬢を傍に置くのは珍しい。それだけ気に入っているということなのかもしれない。


 フィーラはなんとなく気分が沈むのを感じ、サミュエルの視線から逃れるように下を向く。


――別に……サミュエルのことなんかどうでもいいわ。でも、以前のわたくしのことを考えると……。


 フィーラはサミュエルのことを気に食わないやつだとは思っていたが、どこかで、サミュエルを身内、血縁だとも思っていたのだ。

 それはあくまで家族の域を出ない情ではあったが、ないがしろにされていた以前の自分を思えば、やはり、気分が良いものではなかった。


――せめて、サミュエルがもっと、わたくしと向き合ってくれていたら……。いいえ、もう過ぎたことだわ。


 もし、これからサミュエルの婚約が整うときには、フィーラはそれを喜んで祝福したい。そのためには、フィーラも幸せにならなければいけないだろう。


 フィーラは顔をあげ、周囲を見渡した。



「……まるでおとぎ話の世界ね」



 シャンデリアの明かりが、フィーラが回るのに合わせて、くるくると回っている。色とりどりのドレスと相まって、まるで万華鏡の中にいるようだ。


 前世の世界で憧れた、おとぎ話の世界。この世界は、きっとその憧れの世界に似ている。


 ふと、ならば、もしかしてここは夢の中なのだろうかと、フィーラは思った。


 そうだ、きっと自分は夢を見ているのだ。この世界はきっと…




「どうした? フィーラ」




 ダンスが終わってもぼうっとしているフィーラに、サミュエルが声をかける。

外見だけは、おとぎ話の王子様のようなサミュエル。


――まあ、実際王子様なんだけれどね……。


 目の前の男――サミュエルを見上げ、フィーラは小さくため息をついた。


――いけない。幸せが逃げちゃうわ。でも、すでに窮まった感があるわね……。


「以前より上手くなったな」

「それは……以前殿下と踊ったのはまだ十にも満たない年でしたもの」

「そうだったな」

 

 しばらく無言でいた二人だったが、先にサミュエルが口を開いた。


「今日は最後までいるのか?」

「? いえ。途中で帰ろうかと思っておりました」


「そうか。それが良い。帰るまで一人にはなるなよ」

「兄にも言われましたわ。最近治安が悪いのかしら?」


「王宮内の治安が悪いわけがないだろう」

「ですが、一人になることすら気を付けないといけないなんて……」


「お前は、昔から見目だけは良いからな。しかも以前は毒花だったが、今は白百合。毒がなくなったのならばと、手折ろうとするような馬鹿は結構いるんだ。残念ながら」


 サミュエルの言葉に、フィーラはとっさに反応が出来なかった。


――もしかして、サミュエルは褒めてくれているのかしら? それとも、やっぱり貶している?


 どちらかはわからないが、今までこれほどサミュエルと会話をしたことがかつてあっただろうか。ゲオルグも言っていたが、以前はやはり、サミュエルとも会話が嚙み合っていなかった。


――それだけでも、大した進歩よね。


 フィーラとサミュエルの関係は、皮肉なことに、今が一番良好と言ってもいい。

 もし、以前からこの関係を作れていたのなら、フィーラは、婚約者候補を辞退しようとは思わなかったかもしれない。


 人生はままならないもの。フィーラはその言葉を噛みしめた。


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