第51話 デュ・リエール8
誤字報告ありがとうございます。助かりますm(__)m 見直しているつもりでも、自分では分からないものです…。今夜は一話だけ投稿です。
フィーラが振り返ると、一人の美少女を連れたサミュエルが立っていた。
――うぅ。サミュエル……とステラ様? こんなところでまで一緒なんて……二人ともやっぱり仲が良いのね……。
最近、フィーラの中で、サミュエルとステラはワンセットになりつつある。たまにリディアスやクレメンスに話しかけているステラの姿も見るけれど、やはり、サミュエルといる姿を一番良く見かけるのだ。
「楽しんで貰えているだろうか? ジークフリート第二王子殿下」
サミュエルがフィーラの横に立つジークフリートに向かって話しかける。
――さすがにサミュエルは、ジークフリート様のお顔を知っているわよね。……そういえばリーディア様も知っていたけど……。まあ、リーディア様は昔から優秀な方だし。
王族でもないのに、しっかりとジークフリートが王族であることを把握しているリーディアのことを、相変わらず優秀だわ、とフィーラが思っていると、
「うわ。本物のジークフリートだ……」
ステラの口からも―不敬だが―ジークフリートの名が飛び出した。
――えっ……ステラ様まで……? もしかして、普通は他国の王族の顔くらい知っていて当然なのかしら? えっ? もしかして、わたくしがダメダメなだけ?
フィーラはステラまでもが、ジークフリートを知っていたことに衝撃を受ける。
ステラが平民でないことは、すでに知っている。しかし、初日のステラの態度を思い出すと、ステラがジークフリートの顔を知っていたのは正直驚いた。
―ステラ様……あれから勉強したのかしら?
フィーラは自国以外の他国の王族の顔を知らない。さすがに、王と王妃、王太子の名前くらいは聞いたことはあるが、王太子以下の王族になると、顔どころか名前すら知らない。先ほどまではそれが普通のことだと思っていたけれど…。
しかし、ジークフリートは学園に在籍している先輩でもある。身近にいる王族を認識していないのは、貴族として結構まずいのではないだろうか。
――えっ? それって実は公爵令嬢的にまずいのかしら? お兄様は……多分知ってるわね。学園にいる王族の方の情報を教えてくださったのもお兄様だし……。あら? もしかして、わたくし、本当にまずいのかしら? ……あとでお兄様に聞いておきましょう……。
顔では笑っておいたが、フィーラの心の内は冷や汗をかいていた。なんということか。改善するところは言動だけではなかったらしい。学園の授業だけ出来てもダメではないか。
フィーラが一人で葛藤している横で、サミュエルとジークフリートは会話を続けている。
「ああ。もちろんだよ。今夜の私などはおまけにすぎないが……美しいご令嬢たちに囲まれて素晴らしい夜を過ごしているよ」
「そうか。なら良かった。ところで……」
サミュエルは言葉を切り、ステラに視線を移す。
「こちらの令嬢が、あなたとぜひダンスを踊りたいそうだ。相手をして貰えないだろうか?」
「これは美しいご令嬢だ。しかし、申し訳ないが、今夜の私はこちらのご令嬢の付添役でね。エスコート役がいない今、彼女を置いていくわけにはいかない」
「そんな……ダメなんですか……?」
ジークフリートの言葉を受けて、ステラが悲しそうに俯く。空色の瞳には薄っすらと涙が浮かんでいて、とても儚げだ。
「そうか、ではそちらの令嬢は私が引き受けよう」
サミュエルの言葉に、フィーラは目を見開き、固まった。
――噓でしょ……サミュエルがわたくしと踊ろうというの?
「いいな。フィーラ」
サミュエルがフィーラを見据えて確認を取る。
――……実質命令じゃないの。
フィーラはため息を吐きたい気持ちを抑え、サミュエルに答える。
「ええ。構いませんことよ?」
いくらジークフリートといえども、ティアベルトの王族との衝突は避けたいはずだ。それに、取って食われるわけでもあるまいに、そうまでして避けることでもない。
「フィーラ嬢、大丈夫なのかい?」
ジークフリートが顔を寄せ、小声で聞いて来る。フィーラとサミュエルのことはロイドから聞いているのだろう。
「もちろん、大丈夫ですわ。ご心配ありがとうございます」
「では行こう」
サミュエルがフィーラに手を差し出す。フィーラは複雑な心境でその手を取った。
以前のフィーラは、サミュエルと仲が良くなかった。というよりも、お互い嫌い合っていた。
サミュエルの婚約者候補という立場にあったフィーラは、ことあるごとにサミュエルに対し、やれ贈り物をしろだの、やれもっとお茶の時間を増やせなど、大抵のことはそつなくこなすサミュエルが、辟易して放置するほどに、小うるさかった。
フィーラにしても、いつもフィーラを小馬鹿にしたように冷たい視線をよこし、ひどいときは無視をするサミュエルのことを、なんて高慢な嫌な奴なのだと思っていた。
今思えば完全にお互い様、むしろフィーラの方が悪いくらいなのだが……。
こうもやすやすとフィーラの手をとるとは……。
――ステラさんのためかしら……?
ステラがジークフリートと踊りたいといったから、サミュエルは嫌々ながらもフィーラと踊ることを了承したのかもしれない。
サミュエルが楽団に向かって手を上げると、先ほどまで流れていた単調な音楽が、ダンス用のそれに代わった。
「お前と踊るのは久しぶりだ」
サミュエルがフィーラと目も合わせずにつぶやく。
「そうですわね」
フィーラも何の感慨もなく答えた。
――大丈夫。少しの間の我慢よ。
仲が良くないとはいえ、そこは王家と公爵家に連なる人間だ。お互い表面を取り繕うことなど大した労ではない。少なくとも、今のフィーラには造作もないことだ。
――さっきは衝撃を受けたけれど……だてに公爵令嬢として生きてきていないわ。
気を取り直したフィーラはサミュエルを見上げ、にこりと微笑んだ。
「ほう。少しは大人になったな」
「ええ。今日で成人ですもの」
「そうか、では楽しませてくれ」
言うや否や、サミュエルが勢いよくフィーラを引き寄せた。周囲から小さな悲鳴が上がったのは、きっと気のせいではないだろう。サミュエルもロイド同様、女性たちからの人気が高い。
幼い頃から優秀だったサミュエルは、弱冠十三歳という若さで王太子となった。若く、美しく、才能にあふれた未来の王は、老若男女に人気だ。
だからこそ、余計にフィーラの悪いところが目立ってしまったともいえる。なぜ、こんな女がサミュエルの婚約者候補なのかと。
まだ十五歳であるため、誘いを受ける層は、ロイドよりも狭いかも知れないが、それもあと数年のことだろう。
いまだ、サミュエルに婚約者はいない。それは下に王女がいるとはいえ、たった一人の王子という立場からしてみれば、異例のことだともいえる。
――あのままわたくしが、正式な婚約者になれたとは思えないもの。今思えば、わたくしは王家に良いように使われていたのかもしれないわ。
優秀な王妃を望む者たちにとっても、自分たちの娘との婚約を推し進めたい者たちにとっても、以前のフィーラは目の上のたん瘤だったはず。
なのに、なぜフィーラだったのかと言えば、それはフィーラがメルディア公爵家の血筋であったからに他ならない。




