第50話 デュ・リエール7
今日の投稿はこれで終了です。
「目立つのは嫌いかい?」
ジークフリートが耳元で囁いた。
「……あまり」
「うーん。そうか。私は目立つのは嫌いではないな」
「ジークフリート様は堂々としていらっしゃるものね」
「まあ、慣れているからね。それに、目立つということは、人に注目されているということだ。ならば、それを逆手にとって、自分が見せたい自分を、相手に見せてやればいい。人の印象など、案外簡単に操作できるものだ」
「自分が見せたい自分……」
「そう。自分が見せたい自分。見てほしいと思う自分だ」
―ようするにイメージ戦略ということかしら? 確かに、わたくしが変わったことを知ってもらいたいと思っても、誰かに見てもらわなければ、それは成立しえないのだわ。
「目から鱗が落ちました」
「何だって?」
「いえ。目が覚めたということですわ。わたくし、過去の自分の印象が最悪なのです。それを変えようと努力をしている最中ですが、わたくしが変わろうとしていることなど、実際目にした方でなければ、知りようもないですものね。……だめですわね。これからの自分を見てもらうしかないと、最初に決意したはずでしたのに」
己が未だに人の目を怖がっているということは、つい先日気付いたことだ。けれど、フィーラは王家に次ぐ最高位の貴族であり、精霊姫の候補でもある。
良くも悪くも、きっと多くの耳目がフィーラに向いていることだろう。ならば、ジークフリートの言う通り、それをチャンスと開き直ったほうが、精神衛生上よろしいに違いない。
「……君が努力をし続けるなら、それは必ず周りの者たちにも伝わるよ」
「ええ。そうであって欲しいと、願いますわ」
ジークフリートとの話に夢中になっているうちに、いつのまにか曲が終わりそうになっていた。結構難しいリズムの曲だったのだが、話しながらでも最後までミスもせずに踊れてしまった。
相変わらず、フィーラの能力の高さには驚いてしまう。
「君は美しいだけでなく、ダンスの技術も素晴らしいね」
「まあ。それはきっとエスコート役が素晴らしかったからですわ」
「そうかな? 見てごらん、周囲の人間の私たちを見る目」
ジークフリートに言われて周囲を見渡せば、男性も女性も、こちらを見る目に驚嘆と憧憬を浮かべている。
「ね? 女性だけでなく、男性からも好意的な視線があるだろう? 私は男性には嫉妬されやすいんだ。ここまで男性からの好意的な視線は珍しいよ。きっと皆、私たち二人のダンスに魅せられたんだろう」
「まあ。それは……なかなか嬉しいものですわね」
「だろう? たった一度のダンスで、ここまで変わるんだよ。人の目というものは」
気さくそうに見えても、さすがは王族と言ったところか。ジークフリートは常に注目される王族として、自分の見せ方をよく知っているのだろう。
「素晴らしかったよフィー」
「ありがとうお兄様」
本当に素晴らしいダンスだった。ジークフリートのリードは素晴らしかったし、一回のダンスで何かが吹っ切れた気がする。
「失礼」
気が付くと、一人の令嬢がフィーラたちの傍にいた。
「ご無沙汰をしております。ロイド様、フィーラ様。そして……ジークフリート殿下でございますわよね?」
金茶色の髪、群青の瞳。セルトナー公爵家のリーディアだ。
「お初にお目にかかりますセルトナー公爵家のリーディアと申します」
リーディアは優雅なカーテシーを披露した。
「ああ。リーディア嬢。久しぶりだね」
「お久しぶりです。リーディア様」
「初めまして、リーディア嬢」
リーディアはフィーラと同じ精霊姫候補でクラスも一緒だ。お互い知らぬ仲ではなかったが、入学から今日まで声をかけられたことはなかった。
まあ、フィーラとて、自分からリーディアに声をかけてはいないのでそこはお互い様だ。
リーディアが今日声をかけてきたのはロイドが傍にいたからだろう。
「ロイド様、不躾なお願いで申し訳ありませんが、わたくしとダンスを踊っていただけないでしょうか?」
――おお、リーディア様積極的……。
ロイドが困ったように眉を下げた。きっと断る口実を探しているのだろう。同じ公爵家であるリーディアには、先ほどのような言い訳は通用しない。
家格としてはメルディア公爵家が上ではあるが、ごり押しできるほどの理由ではなかった。
――それはそうよね。わたくしの傍にいたいからダンスを断るなんて…。
「お兄様、わたくしは大丈夫ですわ。ジークフリート様もいらっしゃいますもの」
「でも……フィーラ」
「ロイド。女性の誘いを無下にするのは良くない」
フィーラとジークフリート二人から説得され、ロイドは諦めたようにリーディアの手を取った。
「リーディア嬢。あなたと踊るのは何年ぶりかな? どうか僕の相手をしていただきたい」
さすが微笑みの貴公子と言ったところか、ロイドは一瞬で表情を変え、リーディアをダンスに誘う。
「ええ。喜んで」
リーディアがふわりと微笑んだ。
――あの二人、結構お似合いじゃないかしら…。
柔らかな雰囲気のリーディアとロイドは、見ていて微笑ましくなるほどにお似合いに見えた。
少なくとも、フィーラの目には。
遠ざかっていく二人を見つめていると、一人の令嬢が、じっと二人を見ている姿が目に入った。
――あれは……。ゴールディ公爵家の、サルディナ様。
ボルドーワインのような紫がかった赤髪はゴールディの家特有のものだ。
フィーラの位置からは遠いため、その表情まではわからないが、傍にいるエスコート役の男性には目もくれず、ずっとロイドとリーディアの方を見続けている。
――サルディナ様……何か気になることでもあるのかしら……? もしかしてサルディナ様もお兄様と踊りたかったとか?
フィーラが首をかしげながらサルディナを見ていると、コツコツと、こちらに向かって近づいて来る足音が聞こえた。




