第46話 デュ・リエール3
「入って頂戴」
フィーラは少しどきどきしながら、ロイドを迎え入れる。たとえ家族といえども、着飾った己を見せるのは少々気恥しいものだ。
「やあ、フィーラ。何て素晴らしいんだ。やっぱり僕の妹は最高に美しいね」
入ってくるなりのロイドの賛辞に、フィーラは逆に心臓の鼓動が収まるのを感じた。
―それはそうよ。お兄様はどんなわたくしだって、美しいと言ってくれるわ。
家族なのだ。フィーラとて、ロイドやゲオルグがお洒落をして、それを心から楽しんでいるのならば、きっとそれが傍から見てどんなに奇抜な恰好だろうと褒めたに違いない。
落胆したわけではない。安心したのだ。あるいは緊張が取れたとでも言うべきか。
―そうね。わたくし、まだ人の目が少し怖かったのだわ。
だが、誰にどう思われようと構わないではないか。
フィーラにとって一番大切なのは、家族だ。家族と、家族同然の使用人。そして、新しくできた友人たち。この人たちはきっと、フィーラがどんなに不格好でも、気にしない。
―ふふ。でもジルベルトあたりは、以前のわたくしを見たら、何か言いそうよね。何だその恰好は?頭がおかしいのか。とかね。
「お兄様。お兄様も素敵ですわ。わたくし見劣りしてしまいそう」
「何を言うんだ。男だろうが女だろうが、今回のデュ・リエール、君より魅力的な人間などいるものか」
「まあ。それはさすがに言いすぎですわ。お兄様」
けらけらとフィーラが笑うと、三人の侍女たちが、それぞれにロイドへの賛同の意を口にする。
「お嬢様。今回のデュ・リエール、荒れますわよ」
「絶対に、おひとりにはならないでください」
「王太子殿下を見返してやりましょう。ね、そうしましょう」
「ええ⁉荒れるって、何で?何かまずいことでもあるのかしら?それにお兄様だって、ずっとわたくしに付いているわけにもいかないでしょうし、壁の花になるのは避けられないかもしれないわ。あと、サミュエル殿下なんて、わたくしのことなんて目に入らないわよ」
律儀に三人それぞれの言葉に対して返答をするフィーラに、ロイドがにっこりと微笑みかける。
「いいかい?フィーラ。もしもサミュエルからダンスに誘われても受けてはいけないよ?」
「いえ、お兄様。王族からのお誘いを断るわけには…。それにそんなことありえませんわ」
「もし誘われたら体調が悪いと言って断りなさい」
「ですからお兄様。誘われません」
「こんなに美しい君を誘わない男なぞいるものか。…僕が傍にいれば、どうにかいなすことも出来るかもしれないが…」
本気でサミュエルからの誘いをどう断ろうか考えているロイドに、フィーラは喜び半分、呆れ半分の心境だ。
「ねえ。お兄様って、ちょっと妹馬鹿過ぎないかしら?」
侍女三人に顔を寄せ、内緒話をするように小声で話しかける。さすがにロイド本人には聞かせられない。
「そうでしょうか?ロイド様は何も間違ったことはおっしゃってませんよ?」
「ですね」
「はい」
侍女たちの同意を得られると思い込んでいたフィーラは、驚きの声をあげる。
「ええ⁉だってサミュエル殿下からダンスに誘われるなんて、あるわけないじゃない。今まで一度だって誘われたことないのよ?」
フィーラの言葉に、ロイドと侍女たち三人の動きが止まる。
「今なんて言ったんだい?フィーラ」
一番早く復活したのはロイドだった。しかし何やら怒っているようだ。ロイドの怒りのポイントが、フィーラにはまだ、いまいちよくわからない。
しかしすぐに、むしろ今まで兄が怒ったところを、あまり見たことがなかったなと思い直した。
「え、と…サミュエル殿下からダンスに誘われるなんて、あるわけない…」
「そこじゃない」
「ええ…?じゃあ…今まで一度だってダンスに誘われたことがない?」
「それは本当か?」
「ええ」
「君はサミュエルの婚約者候補だったのにか?」
「…ええ。…ですが、踊ったことなら何度か、あります…わ」
ようやく兄が何に怒っているのか思い至ったフィーラは、自分の失態にだんだんと言い訳する声が小さくなる。
―しまったわ。婚約者候補でありながら、その相手にダンスに誘われたことがないなんて言ったら、自分の妹をコケにされたと思って当たり前じゃない。実際、以前のわたくしだってそう思っていたもの。
けれど、そのことに関しては、今のフィーラは何も気にしていない。むしろ、不本意ながら、サミュエルの気持ちも、今のフィーラならわかるのだ。
―いわゆる、触らぬ神に祟りなし、ってやつよね。あれは。
毒々しい色のドレスを纏い、ケバケバシイ化粧を施した癇癪持ちの令嬢など、誰が相手にしたいものか。
「あの男…」
拳を握り締めサミュエルをあの男呼ばわりにするロイドに、フィーラの背に一筋の汗が流れる。
―お兄様とサミュエルはもともと仲が良くないけれど…それはいけないわ、お兄様!
フィーラとて、ロイドが一時の感情でサミュエルに何かをするとはさすがに思ってはいないが、ロイドは将来、サミュエルの治世を近い位置で支える立場にあるのだ。
余計な確執があってはいけない。
「お兄様…落ち着いてください」
「フィーラ。君が庇う必要はない」
「いいえ、お兄様。確かに、将来、王となられる方ならば、たとえ相手がどんな人間であろうと、手を差し伸べるべきだったかも知れません。けれど、それをしなかったのは、サミュエル殿下が、わたくしを対等の立場であると、認めてくださっていたとも言えます。以前のわたくしは、サミュエル殿下に手を取りたいと思わせる魅力がなかったのですわ。女性としても、将来共に並び立つ、伴侶としても…」
フィーラはロイドの目を見て、訴える。サミュエルだけが悪いのではないのだと。
「はあ…。フィーラ。分かったよ」
「お兄様…」
「けれど、フィーラ。それとこれとは話が別だよ?サミュエルから誘われても、絶対に断りなさい」
「…ですからお兄様。よほどのことがない限り、王族からのお誘いは断れません」
「くそっ…あの男!」
まだ誘われたわけでもないというのにあの男呼ばわりされるサミュエルに、フィーラは少しだけ同情した。




