第44話 デュ・リエール1
「もう、そんな季節なのねぇ」
おっとりとした口調の女性が、持っていた紅茶のカップを口へと運ぶ。
「そうなのよ。母が帰って来いってうるさくて」
「あら、まさかあなたデュ・リエールに出ない気なの?」
「帰るの面倒くさいじゃない~」
「こういうときは学園で申請すれば、転移してもらえるでしょう?」
「そうなんだけど~お金もかかるし~」
大理石でできた部屋、レースのカーテンで仕切られた奥のテーブルで、二人の人物が話に花を咲かせている。
「実はこっちで出ようかな~なんて、ちょっと思ってるのよね」
「あら、ティアベルトで?」
「だって、将来こっちで務めることになるわけだし?」
「まあ」
「それに、こっちのデュ・リエールの方が華やかそうじゃない?」
「そうねぇ…でもねぇ」
「伯母さんのせいでもあるのよ?伯母さんが、ティアベルトのデュ・リエールが一番、素晴らしいわ~なんて言うからっ」
この時期、各国で開催されるデュ・リエールは、国によってその規模も盛大さも変わってくる。厳粛で古典的な雰囲気のものもあれば、舞踏会のように華やかなものもある。
「あら、ごめんなさい?」
「まったく…精霊姫が覗き見なんて、威厳も何もあったもんじゃないわね」
「まあ、覗き見じゃないわ。将来を担う若者たちを見守っているのよ?」
「物は言いようよね~」
頭の後ろで腕を組みながら、少女が背もたれにもたれ掛かる。少々行儀が悪い。
「あと三日あるし、どちらにしようかそれまでには決めるわ」
開け放たれた窓から入った風が、レースのカーテンを揺らす。
大きくはためくカーテンの奥からは、カスタード色の髪が覗いていた。
初夏の風が木々の間を吹き抜ける。
さわさわと揺れる草木や花々をガーデニングテーブルに座って眺めながら、フィーラは焼き菓子を頬張っていた。
学園は今、一週間ほどの休みに入っている。この休み期間中に、王宮にてデュ・リエールが行われるためだ。
デュ・リエールの時期は、各国同じ時期に開催し、ずれても一日二日程度の差しかない。
自国に帰るも良し、学園のある、このティアベルト王国でデュ・リエールを行うも良し。どちらでも参加可能である。
とはいえ、高位の貴族になるほど、自国に戻り、デュ・リエールを行う傾向がある。当然といえば当然。デュ・リエールとは、社交界へのデビューでもあるのだ。
高位の貴族は自国の貴族とのつながりを重視する。他国とのつながりは、他の舞踏会でも十分作ることができるのだ。
自国に戻らず、この国のデュ・リエールに出るとしたら、すでにこちらの国での婚約が整っているか、自国の貴族とのつながりよりも、こちらの貴族とのつながりを重視しているかのどちらかだろう。もちろん、それだけではないだろうが。
「お嬢様。紅茶のおかわりはいかがですか?」
「ええ。お願い」
もそもそとした焼き菓子は、口内の水分を根こそぎ奪っていく。素朴でとてもおいしいのだが、最後は紅茶で流し込まないと、窒息しそうになることがあるのだ。
「お嬢様。午後はドレスの試着の予定が入っております」
「あら。もう出来ていたの?」
学園に入る前、超特急で注文したドレスだったのに、かなり早いペースで仕上げてくれたのだろう。
「お嬢様。デュ・リエールは明後日でございますよ。ドレスも二週間前にはすでに出来ております」
「いえね。かなり遅い時期に注文したから、間に合わないかもしれないと思っていたのよ。もしそうだったなら既製のもので出ようかと思っていたの」
「確かに、注文の時期は遅かったですが、お嬢様の注文したドレスはかなり簡素なデザインでしたので、作るのにそれほど時間は取られないはずです」
「それに、人生に一度のデュ・リエールに既成のドレスで出るなど…」
―そうは言うけれど…前世のわたくしにとってはデュ・リエールなんていうイベント自体が、出られるだけでも儲けもの的なものだから、正直ドレスにまで拘ろうとは思えないのよね。だって疲れるもの。
「でもドレスって凝りだしたらキリがないじゃない?やりすぎてしまうと下品にもなりかねないし、かといって、簡素過ぎてもダメなのでしょう?難しいわ…」
―前世の海外でのデビュタントのように、白一色だったら楽だったんだろうけれど…。
「まあ、そうではございますけれど…」
「ですが、お嬢様のドレスは簡素ながら良い布地を使っていますので、簡素すぎるということはございませんよ」
フィーラのドレスでも思い出しているのだろうか、アンがうっとりした顔で言った。
実は、フィーラは出来上がったドレスをまだ見ていない。
普通なら学園に入る前までには何度か試着できる段階となっているはずなのだが、色々凝りすぎていた以前のフィーラは、限界までデザインを考えていたため、学園入学の二か月ほど前になってもまだ注文をしていなかったのだ。
あれだけ凝ったデザインのドレスなら、一年ほど前に注文していてもギリギリだったろうに、一体どうするつもりだったのだろうか。また癇癪でも起こして、職人を泣かせていたのだろうか。
―本当に、注文する前に前世を思い出して良かったわ。
そろそろ物語が動きはじめます。




