第42話 騎士
長い休暇の場合、ほとんどの生徒が家へと帰るが、一部、家には帰らず学園に残る生徒も存在した。
家が遠すぎる者や、家族との折り合いが悪い者、理由はさまざまだが、そんな生徒のために、学園内の施設も休暇中一部開館していた。
図書館もそのうちの一つだ。
休暇の初日、図書館でジルベルトが本を読んでいると、自分のすぐ後ろに誰かが立つ気配がした。ジルベルトは眉をひそめ、相手の確認もせずに言い放つ。
「いい加減にしてくれ!」
「何がだ?」
想像していたのとは別の声が聞こえてきたことに驚いたジルベルトは、慌てて後ろを振り返る。
「カーティスさん!」
ジルベルトの驚いた顔に、カーティスは笑いを嚙み殺した。
「もしかして……またあの子かと思ったのか?」
カーティスが言うあの子の顔を思い出し、ジルベルトは眉間の皺を深くした。
その行動がジルベルトの心情を如実に物語っている。
あの子――ステラは、頻繁にジルベルトに声をかけて来た。しかも必ず、ジルベルトが一人でいる時を狙って。
本当に用があるのならまだいい。しかし、ステラはジルベルトにとっては心底どうでもいいような話を、自分勝手に喋っては消えていくのだ。
いい加減我慢の限界にきていたところに、休みの日まで読書の邪魔をされたのかと思い、つい気が立ってしまった。
「はは、悪い。思い出させたな」
「……いえ」
カーティスに笑われて、ジルベルトは少々不貞腐れる。自分の未熟さを、露呈してしまったように思えた。
カーティスが椅子を引き、ジルベルトの正面に座る。あの事件以来、カーティスはこうしてよくジルベルトに声をかけてきた。
そろそろ昼食の時間になるため食事でもとりに来たのかと思ったが、すぐさまそれは違うと思い直す。
カーティスが食事を取るためにここに通っていたことはあとで知ったことだが、病休していた司書が復活したため、トーランドはもうここにはいない。カーティスはもうここでは食事をとれないはずだ。
それに、今は一週間の休暇中。わざわざここまで来て食事をとらなくとも、食堂で食べればいい。食堂は休暇中も開いている。少数の生徒は残っているはずだが、いつもよりは苦労しないはずだ。
そもそもカーティスはなぜここにいるのか。大聖堂に戻らなくてもいいのだろうか。
ジルベルトは疑問をそのまま口に出していた。
「休暇中、大聖堂に戻らなくてもいいんですか?」
「ん? ああ、まあ。一応は三年間の出張扱いだからな。急を要するとき以外は比較的自由なんだ。それに大聖堂にはしょっちゅう戻っているし」
カーティスは頬杖を突きながら窓の外を眺めている。
「はあ。そうなんですね……」
不思議な沈黙がおりる。カーティスの様子がいつもと違う気がするのはジルベルトの気のせいだろうか。
数分、そのまま時間が過ぎたが、カーティスが沈黙を破った。
「……聖騎士という職務はな」
「はい」
「普段から大聖堂に籠っているわけじゃない」
「はい」
「魔が出たと聞けば、どこの国へも出向いて、戦う」
「……はい」
「だから、各国の騎士団と、顔を合わせる機会も少なくない」
「……」
時と場所を選ばずに出現する魔に、最初に対処するのは、聖騎士ではない。各国の騎士団だ。
騎士団の中には、聖騎士には及ばずとも、精霊士の資格を持ちつつ騎士として働く者も少なからずいる。
そういった者たちが中心となって、聖騎士が到着するまでの数分、ないし数十分の間、人々を魔から守るのだ。
「ライオネル・コア」
カーティスがその名を口にした瞬間、ジルベルトの肩がわずかに強張った。
それは、普通の人間なら見落としてしまうほどの小さな反応だった。だが、きっとこの男は気づいただろうと、ジルベルトは思う。
自分と、その名を持つ男との関係を、今の一瞬で。
「ティアベルト王国の、近衛騎士団団長の名だ」
知っている。何度も何度も、繰り返し聞いてきた名だ。
「彼は君の父親か?」
カーティスの煙水晶の瞳が、ジルベルトの金の瞳を捉える。
ジルベルトは、すでに知っているだろうその答えをあえて聞いてくる男を、恨めしい思いで見つめた。




