第41話 婚約者…いませんが?
第24話でジルベルトは伯爵家次男と書いてしまいましたが修正します。侯爵家三男が正解です。変更しました(__)
「ああ、もうそんな時期か」
昼休み、図書館の一角でフィーラはジルベルトと本を読んでいた。
明後日から学園は一週間の休みに入る。ジルベルトは休みをどう過ごすのだろうと思い、フィーラは予定を聞いてみた。
別に、聞いたところでどうということもないのだが、他の人間がこの休みをどう過ごすのか、少し興味がわいたのだ。
明後日からの一週間の休みは、休み期間中に行われるデュ・リエールのためにあるといっても過言ではない。
デュ・リエールは、今年十五歳を迎える、美しく着飾った国中の令嬢という令嬢が集う、華やかな祭典だ。
たとえ、男性といえども姉妹がいる者ならば、その準備に駆り出されることはままあるのだ。
「ジルベルトのうちは、準備はないの?」
「うちは姉がいるが、すでに終えている」
ジルベルトは読んでいる本から顔も上げずに答える。
「お姉さま以外にご兄弟は?」
「…上に兄が二人いる。俺は三男だ」
「あら、そうなのね」
―なんとなく、ジルベルトの性格的には長男かと思っていたわ…。
「じゃあ、この休みはどうするの?ご実家に帰るの?」
「寮に残る」
「え、そうなの?」
「どうせ夏季の長期休暇には帰るんだ。今帰らなくてもいいだろう」
―男の子って皆こうなのかしら?わたくしが親だったらさびしいわ…。
「誰かのエスコートはしないの?」
「デュ・リエールのエスコート役は、ほとんどが兄弟や親戚、それか婚約者が務めるものだろう」
ジルベルトが顔を上げ、わずかに眉をひそめてフィーラを見つめる。
「…そうだったわね」
―嫌だわ。こいつ、大丈夫か?とでも思っているのかしら。
「で、でも。親戚の相手を務めるかもしれないし、もしジルベルトに婚約者がいるのなら…」
「いない。し、やらない」
「…そうですか」
―もしかして、ちょっと無神経なことを聞いちゃったかしら…。
ジルベルトの返答の速さに、もしや痛いところをついてしまったのかと、フィーラは思う。
―でもまあ、わたくしとお兄様もまだ婚約者いないものね。
フィーラの場合はサミュエルの婚約者候補であったためだが、ロイドについてはよくわからない。
以前は、フィーラが結婚してから考える、と言っていたが、サミュエルとの婚約の可能性が無くなった以上、いつまでも先延ばしにはしていられないだろう。
―わたくしも、今のところ結婚したいとは思っていないのだけれど…。今後のことはわからないわね…。
いくらフィーラが結婚を望まなくとも、公爵家という家柄を考えると、フィーラ一人の我儘でそれを貫き通すことはむずかしい。
高位貴族の跡継ぎである子息子女には、成人する前からの婚約者がいる場合が多い。
しかし、婚約者の選定は、学園入学を待ってから、という家もままあるため、これから婚約者探しに勤しむ者たちもでてくるだろう。
成人前に相手を見極めるのはなかなかむずかしい。早くに婚約を結んだ相手が学園に入学できなかったとして、だからといって、すぐにさようなら、というわけにはいかないのだから。
ならば、学園で相手を探した方が効率がいいともいえる。自分の息子や娘に出来るだけ良い相手をと望むのは、親ならば当然だろう。そこにどんな思惑があろうとも。
それに長男長女以下の場合は、政略の意味合いも薄れてくるため、婚約者が決まっていない者の方が多い。
さきほど、ジルベルトも婚約者がいないといっていた。
三男であるジルベルトは、家の力を期待するのではなく、自らの力で婚約者を探さなくてはならない可能性もある。
それはそれで恋愛結婚ができるということでもあるのだから悪いことばかりではないのだが。
しかし、なんだかんだいっても今の世の中、成人を迎えても婚約者がいないのは、どことなく恥ずかしい、といった風潮がまかり通っているのも確か。特に女性は。
「わ…わたくしもいないわよ?」
フィーラは一応フォローをしておいた。もし、ジルベルトが婚約者探しをしていて、いまだに見つかっていなかった場合を想定して、仲間だよ?という意味を込めたのだが。
「そんなことは知っている」
「えっ、そうなの?」
「君とサミュエル殿下との婚約が無くなったのは有名な話だ。それに、もし君に新しい婚約者がいたとしたら、あの事件のときに一度も顔を出さないなんてことがあるか?」
―う~ん。どうなのかしら?もしあのままサミュエルと婚約していたとしても、サミュエルは顔を出さなかった気がするのだけど…。
「…そうね」
しかしそれを口に出せばサミュエルの評判に関わるし、自分もむなしい。フィーラは無難な答えを返しておいた。
「君のエスコート役はお兄さんか?」
「ええ」
実は父もやりたがったのだが、デュ・リエールに親と出るなどフィーラが可哀想だとロイドに説得され、泣く泣く諦めていた。
「…なら…」
ジルベルトが聞き取れないほどの小声で何かをつぶやいた。
「え?何」
「いや、何でもない」
「?」
「それよりも、そろそろ休み時間が終わるぞ」
「え?あ、本当。すごいわね!ジルベルトの体内時計」
「特別クラスは普通科より遠いだろう。本は返しておくから、もう行った方がいい」
「いいの?ありがとう」
ジルベルトは普段あまり愛想がないが、実は女性や困っている者には優しい。
―なんて優しいのかしら、ジルベルトは!休み明けには領地のお土産を買ってきましょう。あと、クレメンスの分もね。
「じゃあ、ジルベルト。また休み明けにね」
ジルベルトの好意をありがたく受け取り、フィーラはジルベルトを残し図書館をあとにした。




