第40話 葛藤
誤字報告ありがとうございました(__) 今夜は一話投稿です。
「サーシャ・エーデン様?」
とっさに呼び止めてしまったフィーラだったが、聞きたいことはあった。
このサーシャという令嬢は、あのとき、逃げようとするミミアを呼び止めたようにフィーラの目には映ったのだ。
なぜ、そんなことをしたのか。この令嬢は何か知っていたのか。
気にはなっていたのだが、さすがに事件への関与はないだろうと思い、結局そのままになってしまっていた。
しかし、まさか同じクラスとは思っていなかった。てっきり普通科の生徒だと思い込んでいたのだ。
「はい?」
フィーラの声に振り向いたサーシャは、意思の強そうな眼差しでフィーラを見つめる。
「あら? メルディア様。わたくしに何かご用ですか?」
「ごめんなさい、突然呼び止めてしまって。あの……あなたとミミア様のご関係って……」
「ミミア様?」
「ええ。この間、食堂でご一緒だったでしょう?仲がよろしいのかしら?」
「ミミア様とはたまたま食堂で出会って仲良くなったんです。会えばお話しする程度ですけれど……そう言えば、最近ミミア様を見ませんけれど、メルディア様何かご存じかしら?」
サーシャの言葉に、フィーラは息を飲む。
彼女はやはり何か知っているのだろうか。それとも、フィーラの罪の意識がそう感じさせるのだろうか。
今回の事件、フィーラは被害者だ。
だがもし、フィーラがミミアの様子がおかしいことに気が付き、事件を未然に防げていたとしたら、ミミアの未来は違っていたかもしれない。そう思ってしまう。
自分が迂闊だったために、ミミアの罪が重くなってしまったのではないかと。
事件のあとすぐ、フィーラは法務局の人間とともに、ミミアと会っている。
ミミアは実行犯といえども、命令されていたこともあり、学園の追放だけで済んだ。
ただし、三か月の修道院での無償労働を条件に。
そこはかなり厳しいことで知られる修道院で、貴族の令嬢として生きて来たミミアには、たとえ三か月といえども、なかなかに厳しい処置だろう。
けれど、ミミアは「大丈夫です」と言って笑っていた。
きつくないはずがないのに。
学園を追放されて家に戻ったことも、いずれ世間に知れてしまうだろう。
フィーラは健気に笑うミミアの手を握り、三か月後に修道院を出たら、メルディア公爵家を訪ねてほしいと言った。
その言葉を聞いたミミアは、大きな目をさらに大きくして、涙ながらに頷いてくれたのだ。
「……いいえ。知らないわ。ごめんなさい」
「まあ。メルディア様が謝ることではありませんわ。仕方ありません。何かご事情があるのでしょう」
「ええ……そうかもしれません」
ミミアの事情をフィーラの口から言うわけにはいかない。見たところサーシャもそれほど気にしてはいないようだ。
学園に通う令嬢の中には、結婚が決まった段階で学園を去る者もいる。特に下位貴族の令嬢の場合は、卒業できなくとも、学園に在籍していたという事実だけで相手側の家には喜ばれるものだ。
ミミアの場合も、通常であったならそういった可能性が考えられる。だからサーシャはそれほど心配するそぶりを見せないのだろう。
「お話がそれだけでしたら、これで失礼しますわ」
そういって、フィーラのもとを去っていったサーシャの後ろ姿を、フィーラはぼんやりとした心地で見つめていた。
授業を終えたマークスは、次の授業へと向かうために廊下を歩いていた。
次の授業は普通科の三年、上級クラスだ。
マークスも、カーティスやメリンダと同様、普段は大聖堂で働いているが、今回の精霊姫候補の選定に伴い、臨時の教師として学校へと赴いていたため、基本、マークスが受け持つのは特別クラスのみだ。
しかし、せっかくなら現役で大聖堂で働く精霊士の授業を多くの生徒に受けさせたいという学園からの要望で、時折、特別クラス以外のクラスの授業も担当している。
機嫌よく歩いていたマークスは、目の前から歩いて来る人物に気が付いた。
「おや?」
「トーランド! 久しぶりだな」
「……マークス」
軽く手を上げ、親しみをあらわすマークスとは反対に、トーランドはどこかそっけない態度だ。
「どうかしたかい? そういえば、この学校へ来てから一度も会っていなかったじゃないか。今度昼食でも一緒にどうだ?」
「……あなたと僕がですか?」
「何だい、従兄弟じゃないか」
目を細め、マークスは笑う。
「……変わりましたね、マークス」
トーランドは何か不気味なものでも見るかのようにマークスを見つめる。トーランドの黒い瞳と、マークスの黒い瞳が見つめ合う。
一見すると同じ黒い瞳だが、わずかにトーランドのほうが深い色合いをしていた。
「……僕は変わったかい?」
「ええ、変わりました」
「ふうん。そうか。どこが変わったのかな?」
「……以前のあなたなら、道で僕に出会ったとしても、声をかけてくるなどあり得ませんでした」
以前のマークスとトーランドの関係は、とある事情から冷え切っていた。トーランドはマークスに、ほとんど無視されていたと言ってもいい。
「ふうん。そうか。気を付けよう。……いや、しかしもう声をかけてしまったしな」
「マークス?」
「ああ、何でもないよ。じゃあ、昼食の件は一旦保留にしよう」
「……わかりました」
「じゃあ、授業があるから。またね」
にこにこと手を振りながら去っていくマークスを、トーランドが怪訝そうに見つめていた。




