第38話 授業です
誤字報告ありがとうございます(__) 一話だけ投稿します。
「……このように、魔を祓い、魔を抑えるために存在する精霊姫を守るのが、聖騎士の職務だ。では、精霊士とは何か。この定義を説明できるものは?」
教壇に立つマークスがクラスの皆に問いかける。何人か手を上げる中、マークスは一人の生徒の名を呼んだ。
「じゃあ、サーシャ・エーデン」
「はい。……精霊士とは、精霊と契約し、その契約に基づき精霊の力を借り、大聖堂および精霊教会、また国のためにその力を行使する者のことを言います」
指名された、カスタード色の柔らかそうな髪の令嬢が凛とした声で答えた。
「それだけかな?」
「……精霊と契約した者は精霊の姿を捉えることが可能となります。しかし、精霊がそれを是としない場合は、例え精霊士といえども、精霊の姿を見ることは叶いません」
「うーん。では精霊士が契約できる精霊は? ……これは別の人に答えてもらおうかな……では、ステラ・マーチ」
「えっ! あ、はい。あの……え、と。精霊士が契約できる精霊は……すみません。分かりません……」
ステラの返答に、教室中からクスクスとした笑いが起こる。
「静かに! ……では、サミュエル・フォン・ティアベルト。代わりに答えて」
マークスがサミュエルを指名すると、先ほどまでの教室のざわめきが一瞬で収まった。
「……はい。精霊士が契約できる精霊は、ほとんどが下級精霊と中級精霊までです。なかには上級精霊と契約する者もいますが、稀です」
「その通り。……これは先週の授業で学習したね。では、精霊士について、もう少し詳しく話そう」
フィーラは教室の一番後ろ、扉側の席から、マークスの授業を受けていた。
フィーラは優秀だったため、精霊学の座学は、すでにある程度は終了している。学園での授業は復習のようなものにあたるため、比較的余裕をもって授業に臨んでいた。
それはおそらく、ほとんどのほかの生徒も同様だろう。
精霊姫候補や聖騎士候補と違い、精霊士を目指す者が精霊と契約をするのは、十代未満の幼い頃が多い。
そのため、必然的に将来精霊士を目指すようになる者が多いのだ。
中には十代以降に精霊と契約する者もいないわけではないが、珍しい。それは精霊が子供の持つ純粋さを好むからと言われている。
――それにしても……さっきマークス先生に当てられて答えていた子……。あの子食堂でミミア様と一緒にいた子じゃないかしら?
フィーラはクラス全員の顔を覚えてはいない。それは話したことのない生徒が多いためだ。一度でも正面から話をしたことがある相手なら覚えているが、フィーラはクラス内で、腫物扱いをされている。目を合わすことすら、避けられることもある。
――まあ、わたくしも悪いのだけれどね……。そのうち普通クラスに移動するからと思って、積極的に友人作りをしなかったのだもの……。
フィーラが特別クラスに配置されてから、すでに一か月近くになろうとしている。
さすがのフィーラもおかしいと思い、ニコラスの事件のあと、メルディア公爵家の名で、ゲオルグに学園と教会側に問いただして貰ったのだ。
フィーラが精霊姫候補ではないとはっきりしたのなら、ニコラスの刑は軽くなるかもしれないからだ。
フィーラとしては、長年ミミアを苦しめてきたニコラスに対し減刑を望むなどという思いはない。しかし、いたずらに刑を重くするのも違うと思うのだ。
査問審査が始まれば、フィーラが精霊姫候補かそうでないかは調べられるだろう。
しかし、執行局から知らされる前に、フィーラは自分で知りたかった。
――絶対、候補を外されていると思っていたのに……。
しかし、精霊教会から帰ってきた答えは予想外のものだった。
「フィーラ。大丈夫か?」
隣の席のクレメンスが、小声で話しかけてきた。
フィーラがハッとして、声のした方に顔を向けると、心配そうにこちらを覗き込むクレメンスと目が合った。
「この間のことが、まだ尾を引いているのか?」
先週、昼食後に授業に戻ってこなかったフィーラを心配してくれたクレメンスは、授業の終わった後、フィーラを探してくれたらしい。
フィーラの以前の噂を知っているクレメンスは、フィーラが何か事件にでも巻き込まれたのかと思い心配してくれたのだ。
――事件に巻き込まれたのは事実だったけれど……。動機は違ったわね……。
フィーラとしてはあまり公にはしたくなかったけれど、心配して探してくれた友人に対して、なるべくなら嘘はつきたくなかった。
フィーラは誰にも話さないことをクレメンスに約束してもらい、事件のあらましを伝えた。
「ありがとう、クレメンス。そのことはもう大丈夫よ」
本当に、そのことに関しては、もう大丈夫だ。元より、フィーラは大した被害を受けていない。
しかしクレメンスの心配もわかるのだ。きっと普通の令嬢であったなら、人前で眠りこけるなんて事態が起きたなら、数日……いや数週間は恥ずかしくて学校に来られなくなっていたかもしれない。しかも、それは令嬢に限ったことではないのだから、困りものだ。
――わたくし、どんどん貴族らしくなくなっていくわね。前世は通勤電車で居眠りなんて、しょっちゅうだったもの。ああ、恥を忘れた日本人――。なんてね。
「そうか……。でもあまり無理はするなよ」
「ええ。ありがとう」
友人から心配されるというのは、なかなか良いものだ――。
心配してくれたクレメンスには申し訳ないけれど、友人という存在が今までいたことがなかったフィーラからすると、クレメンスの心配は、とても嬉しくこそばゆかった。




