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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第36話 笑顔

誤字脱字報告ありがとうございます。自分でも多くで驚いています(*/ω\*)そして感想を書いてくださった方、ありがとうございます(__)




 フィーラはミミアに振り返り、その肩に手を置いた。


「ミミア様。あなたがしたことに対しては、やっぱり何かしらの咎めを受けると思うわ。睡眠薬といえども、公爵家の人間に薬を盛ったのだもの。でも、わたくしはそれを望んでいないの」


「フィーラ!」

 フィーラを窘めようとロイドが声をあげる。


「ええ。わかっていますわ、お兄様。わたくしとミミア様だけの事としておけたなら、それも可能だったかも知れません。けれど、すでにこれだけの人間の知るところとなってしまいましたもの。だから、ミミア様。あなたがもし、この学園を辞めることになったなら、わたくしのところに来ない?」


 フィーラの提案に、ミミアは大きく目を見開く。公爵令嬢に薬を盛ったことが公になれば、ミミアはもうこの学園にはいられない。

 それどころか、就職先、果ては嫁ぎ先にも苦労することが目に見えている。しかもフィーラは精霊姫候補だ。最悪の場合は、死罪すらあり得るかもしれない。


「人は誰でも間違いを起こすわ。どんなに優秀に見える人間だって、これまでの自分の行動すべてに、一欠けらの後悔もなく満足出来ている人は少ないわ。わたくしなんて、間違いや後悔だらけよ? それでも許されているのは、わたくしが公爵家の人間だったから。あと、わたくしがまだ子どもだったから。わたくしはあなたの後悔が、少しだけわかるのよ、ミミア様」


 ミミアの目には分厚い水膜が張っている。しかし、瞬き一つせずにフィーラを見つめているため、いまだ涙は零れていない。


「もし、わたくしのところに来るのなら、わたくしがあなたを伯爵家からも男爵家からも守るわ。あなただって、やり直していいのよ」


 フィーラの手がミミアの頬を優しく撫でると、ミミアの目からは次々と涙が零れてきた。



 家のためを思い、これまでニコラスのいいなりになってきた。どれほど我慢してきたことか。

 ニコラスから薬を盛れと言われたときに、ミミアは自分の人生を完全に諦めた。

 

 明るい学園生活に、夢みていた素敵な恋や、将来への希望。そのすべてを諦めたのだ。


 公爵家に仇をなしたミミアは、家に戻ってもきっと厄介者だ。

 どこかの家に、年の離れた後妻として出されるか、あるいは貴族とのつながりが欲しい平民との結婚だってあり得た。  

 もしかしたら、修道院で、生涯を神と精霊に捧げることになったかも知れない。

 

 なのに、今、ミミアの目の前には新たな道が提示されている。しかもそれは、ミミアがニコラスとともに、陥れようとした人間によってだ。




「……そんな、そんなの、良いんでしょうか? 私……私は……とても卑怯なことをしたのに……」


 しゃくりあげながら、ミミアが尋ねる。ミミアの真摯な問いかけは、フィーラに尋ねているはずなのに、見えない偉大なる存在に尋ねているかのような、どこか敬虔な印象を聞くものに与えた。

 今やミミアの目には、怯えや涙だけではなく、澄んだ静かな光が浮かんでいた。



「わたくしが良いと言ったら良いのよ? お父様もお兄様も、わたくしには甘いの」


 フィーラはいたずらっ子のようにミミアの目をのぞき込む。涙にぬれた、まだ幼さの抜けきらない面立ちにフィーラの胸は痛くなる。


――こんな子どもに、こんな思いをさせるなんて……。


 この世界では、ミミアはもちろん前世でいうところの子どもという年齢ではない。

 あと一か月もすれば成人を迎える、すでにれっきとしたレディとして扱われている年齢だ。しかし、フィーラの目には、まだまだ背伸びをしている子どもに映る。

 

――きっと学園を辞めることは免れない。それがケジメでもあるし、ミミア様の証言がなければ、伯爵家の馬鹿息子を追い詰めることは出来ないもの。でも、だからこそ、ミミア様には、勇気を出してすべてを話してくれたことを後悔してほしくない。





 トーランドとカーティスに連れられて保健室を出て行く際、ミミアはフィーラを振り返り、小さく頭を下げた。そんなミミアに、心配しないでという気持ちで、フィーラも小さく手を振った。


 思えば、食堂で初めて声をかけられたときから、ミミアの笑顔を見たことはなかった。お菓子を渡すときも、ミミアの可愛らしい顔はどこか強張っていた。

 フィーラが相手だから、緊張しているのかと思っていたのだが、ミミアは一体、どんな思いでフィーラに睡眠薬入りのお菓子を手渡したのだろう。


――でも、ミミア様…最後、ちょっとだけ、笑ってくれたわよね……。


 たったそれだけのことなのに、まるでフィーラの方が救われた気分だった。



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