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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第34話 狩りです

いいねを押してくださっている方も、ありがとうございます(__)



 人々がざわめく食堂の一角で、フィーラは一人食事を取っていた。


 

 選んだのはカレーライスと、追加で頼んだアイスコーヒーだ。

 コーヒーを頼んだ分、カレーはライスの量を少なくしてもらった。


 本当になぜこの世界に前世の世界とほとんど同じメニューがあるのかは分からない。分からないが、フィーラはその事実を神に感謝した。


「神と精霊と自然の恵みに感謝します」


 両手を胸の前で組み、食前の感謝の言葉を囁く。前世でいうところの「いただきます」だ。


 フィーラはまず、コーヒーで口内を潤した。酸味が少なくほろ苦い、好みの味だ。次にス

プーンでカレーを口に運ぶ。

 

 この食堂のカレーは中辛だ。前世は好んで辛口を食べていたフィーラからすると、少し物足りないのだが、それでも貴族の御子息御令嬢たちには刺激が強いらしく嫌厭されている。また、このメニューは主に騎士科や平民に人気なことも嫌厭されている理由だろう。騎士科には貴族の子息も多くいるが、それを野蛮と言って憚らない者たちも少数だがいる。そういう者たちは概ね地位の高い貴族に多い。


――元日本人からしたら信じられないわね。カレーを嫌厭するなんて。こんなに美味しいのに。


 フィーラはバクバクと、しかし優雅にカレーを口に運ぶ。付け合わせはらっきょうに似た根菜のマリネだ。時々アイスコーヒーを飲み口の中をさっぱりさせる。


 フィーラは気付いていなかったが、そんなフィーラの様子を周囲の人間は遠巻きにしながらも気にしていた。

 

 フィーラは有名人だったし、たとえフィーラの素性を知らなくとも、いかにも高位の貴族らしいフィーラが美味しそうに庶民の食べ物を食べている様は、とても珍しい光景だったのだ。


 


 フィーラも最初は兄おすすめの日替わりメニューを頼んでいた。この日替わりメニューにしても、貴族の中ではどちらかと言えば下位のものが頼むメニューなのだ。

 それでも充分美味しかったし、上位貴族が好んで食べる栄養過多のフルコースなど、学園に来てまで食べたくなかった。


 数日間は日替わり定食を楽しんでいたフィーラだったが、ある日いつもの時間より昼食を取る時間が遅くなってしまった。

 一時間ずれると、いつもは空きのある食堂は大変混雑していて、くるり周囲を見渡しても、開いている席が見つからないほどだった。  


 仕方がないので、フィーラは食堂の奥へ奥へと進み、ようやく空いている席を見つけ、そこに座った。そして、給仕係を呼び止めメニュー表を貰うと、それはいつものメニュー表ではなかった。


 そのメニュー表に載っていたのは、まるで前世の喫茶店にあるようなものばかりだった。サンドイッチに、ナポリタン。カレーライスにオムライス。その他諸々、目を疑うような品々が記されていたのだ。フィーラは一瞬自分が夢を見ているのかと疑った。この世界は、自分の前世いた世界とは、全く別の世界だ。それなのに、ここまで同じメニューがあっていいものだろうかと。


 フィーラはしばらくの間メニュー表を見つめ、なぜこのようなことが起きたのか頭をフル回転させて考えた。人が考え付くものには限界があり、かつ突き詰めると似たような発想になってしまうのだろうか。

 それは大いにあり得た。だが名前まで同じとは。そこでフィーラは思い出したのだ。こことは違う世界の記憶を持つ、自分という存在を。


 結論は出た。きっとフィーラ以外にも、前世の記憶を持つ者がいたのだろう。入学式の時に出会った少女も、前世の記憶を持っている可能性があった。また、もしかしたら歴代の精霊姫たちも。


 そのことについては、知りたいという気持ちはあった。しかし、知ってどうするのだという思いもあった。

 くだんの少女は『高校』という単語を使っていたので、同じ日本人だった可能性はある。このメニューを考案した人だってそうだろう。しかし、あの少女―ステラとは現在に至るまで、まったく接点がない。時折視線は感じるものの、話しかけてくる気はないらしいし、フィーラとしても、いつもサミュエルと一緒にいるステラには、こちらから近寄ろうという気は起きなかった。


 精霊姫に関しては、必ず前世が日本人とは限らない。それに、精霊姫が前世の記憶を持っていたと分かったとして、自分はどうしたいのか、その答えがはっきりと出ていなかった。 


 精霊姫の秘密は、恐らくタブー中のタブーだろう。あるいは、本人以外には秘匿されている情報の可能性もある。そうなると調べようもない。


 だから、フィーラはいったんそこで考えるのを辞めた。少なくとも今は、それを考えたところで、状況的にも、自分の気持ち的にもどうしようもないのだ。


 今フィーラがすべきこと、それはメニューに記されている品を実食してみることだ。


 フィーラは手をあげ、給仕を呼び止めた。

 そして頼んだのだ。カレーライスを。

 




 それ以降、フィーラはいつも食堂の奥へと座り、メニュー表にある品すべてを順に実食していった。

 どうやらこの食堂は、入口付近と奥で座る層が異なっているらしい。入口付近は貴族の、奥は庶民、あるいは質より量の騎士科の生徒たちが主に使用するらしい。結構な距離があるため、これまでカレーのにおいには気づかなかったようだ。

 

 どうやら貴族と庶民では出すメニュー表も変えているらしかった。それが分かったときは驚いたが、考えてみれば、食堂は無料ではないのだ。貴族や裕福な平民はまだしも、実力だけで学園に入った下位の貴族や平民には、上位貴族が食べるフルコースは高すぎる。だからこその住み分けなのだろう。


 一通りメニューを網羅したフィーラは満足し、それ以降は週に一度をカレーライスの日と定め、それ以外は栄養が偏らないようになるべく様々なメニューを頼むようにしていた。

 

 しかし、健康的という意味では、断然庶民のメニューの方が優秀だった。貴族の食事は脂っこいものが多い。そのため、フルコースを頼んでも量が多いこともあり、残す生徒が大半だ。そのことも、フィーラが貴族のメニューを遠ざける理由になっていた。


 そして今日はカレーライスの日。綺麗に平らげたフィーラは、もう一度胸の前で手を組み


「神と精霊と自然の恵みに感謝します」


 食前と同じ言葉を囁き、食事を終えた。非常に満足だ。フィーラは給仕に片付けを頼み、席を立った。そこへすかさず声がかかる。



「あ、あの。メルディア様。ご機嫌よう」


 見ると、前回同様可愛らしい一人の少女が、手にラッピングされた袋を持ちフィーラの前に立ちふさがっていた。

 背はフィーラよりもかなり低い。自然少女はフィーラを上目遣いで見ることになる。くりくりとした焦げ茶色の瞳に、同色の髪。背の低さも相まって、まるで小動物のようだ。少し離れた位置には、前回はいなかった薄茶色の瞳に、カスタード色の髪をした少女が佇んでいた。


「ごきげんよう。先日いただいたクッキーはとても美味しかったわ。ありがとう」


 反応を見るために、フィーラは敢えて何事もなかった風を装い少女にお礼を言った。

フィーラの言葉に少女は何故かほっとした顔をした。しかし、すぐに少女の顔に緊張が走る。


「あの……、もしよろしければ……こちらをどうぞ。……もう一度、今度はフィナンシェを作ってみたんです……」


 少女の態度は、一見すると恥じらいっているように見えなくもない。前回はフィーラもそう思ってしまった。だが今回、前回の失敗を踏まえた上で、間近で少女を観察していたフィーラには、少女が緊張し怯えているのが分かった。


――何に怯えているのかしら? 自分のしていることに対して? でもやっぱり少女からわたくしに対して、憎しみの感情は伝わってこないわ……。


「まあ、それもわたくしに? ありがとう、いただくわ」


 フィーラは少女を安心させるように、とびきりの笑顔で対応した。


「ねえ、あなた? お名前は何て言うの? 前回は聞く前に行ってしまったから、お礼の品も用意できなかったわ。またいただいてしまったし、何かお礼をさせて?」


「い……いえ。お、お気になさらないで下さい。私はこれで……」

 

 少女は付き添いの少女の腕をとり、この場を離れようとする。しかし、付き添いの少女がそれを引き留めた。


「まあ? ミミア様。せっかくメルディア様がお礼をして下さるというのだから、お受けなさればよろしいのに」


 付き添いの少女の言葉に、ミミアと呼ばれた少女は青ざめる。きっとフィーラに名前を知られたからだろう。


「ミミア様というのね。どちらの家の方かしら、ぜひともお礼をさせてちょうだい?」


「いえ! 本当に、お礼なんて必要ありません」


 ミミアの顔色はますます悪くなってきた。すでに目には涙も滲んでいる。フィーラは胸が痛んだが、こればかりはどうしようもない。これは狩りなのだ。

 

 フィーラ一人の問題であったならば、この少女を見逃しても良かった。しかし、フィーラが薬を盛られたことは、学園と、メルディア家の知るところとなってしまった。


 ここで彼女を逃がすわけにはいかない。


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