第33話 ええ…わたくしが迂闊だったのです
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メリンダがフィーラの様子を見ようと、寝台の側の椅子に腰を掛ける。
「……あら? ……ここどこかしら?」
意識は戻ったが、状況を完全には把握しきれていないらしい。微睡から戻ったばかりのフィーラの瞳は、まるで湖面のように潤んでいる。
「おはようお嬢さん。ここは学園の医務室よ。あたしは医者のメリンダ。気分はどう? 痛むところや気分が悪いことはない?」
先ほどの蓮っ葉な印象は鳴りを潜め、今のメリンダは患者であるフィーラに対し、優しい声音で対応している。カーティスなどは、毎度のメリンダの変わりように、驚きつつも感心しきりだ。
「医務室……?」
フィーラの目はぼんやりと空間を彷徨っていたが、やがてメリンダ以外の顔を認め、眉を顰めた。
状況が分かっていないフィーラに対し、メリンダは事実を話すべきか迷い、カーティスとトーランドに目配せをする。
「メルディア嬢。私を覚えていますか? 君の兄であるロイド君と一緒に、入学式の受付で一度会ったことがあるのですが…」
「…ええ。覚えています。トーランド先生」
「君は図書館でテーブルに倒れこむように眠っていた。それは覚えていますか?」
トーランドに問われ、徐々にフィーラの記憶が戻って来た。そして戻ってくると同時に、血の気が引いた。
フィーラは勢いよく寝台から飛び起きる。
「メルディア嬢! 何をしているんだ! 安静にしていなさい!」
「トーランド先生……! 違います! わたくし、食後に図書館で本を読もうとしたら、急に眠くなってしまって……。体調が悪いわけではないのです!…どうしましょう。皆さまにご迷惑を……」
「メルディア嬢!」
フィーラの言葉を遮り、トーランドはフィーラの肩に手を置き、軽く揺する。
「落ち着きなさい」
「でも……わたくしただの昼寝で、こんな騒ぎになるなんて……」
食後にお腹いっぱいだったから、眠くなってしまった。そのままテーブルに突っ伏して寝ていただろう己の姿を想像し、フィーラは泣きそうになった。
「昼寝じゃない。君は薬を盛られたんだ」
恥ずかしさのあまり俯いていたフィーラは、トーランドの言葉にゆっくりと顔を上げる。
「……薬?」
「そうよ。睡眠薬。何か思い当たることはない?おそらく、飲み物や食べ物に入れられたと思うのだけど」
「……食べ物」
「何か思い当たることがあるのか?」
「あの……今日食堂で見知らぬ女子生徒からお菓子をいただいたんです。わたくしに食べて欲しいと…。何故わたくしにと思ったのですが、精霊姫候補に憧れていた、仲良くなりたい、心を込めて作ったからぜひ食べて欲しいと言われて……」
「それで食べたのか……。どう考えてもおかしいだろう」
ジルベルトからきつい口調で詰問され、フィーラは肩をすくめる。
「うっ……ですが、とても可愛らしい方で、そんな薬を入れるような方には見えなくて……」
「可愛さは関係ない」
「うう……」
「しかも、君は公爵家の人間だろう? 高位貴族が毒に関して慎重なのは当然のことじゃないのか?」
「……返す言葉もございません。ですが、あの、濡れ衣ということは……」
「十中八九、その子が実行犯だろうな」
ジルベルトの代わりにカーティスが答えた。
「そんな……何故わたくしに」
しかも毒ではなく、ただの睡眠薬だ。一体何が目的だったのか分からない。
「誘拐目的ということも考えられるが…君が食後図書館に来るのは日課かい?」
カーティスの問いにフィーラは「はい」と答える。
「わたくし本が好きなんです。お昼休みは大体図書館にいます」
「なら君の行動は犯人側にも筒抜けだろう。薬を盛る相手の行動を調べない馬鹿はいないからな。そうすると、誘拐の線も考えられるが、図書館はまあまあ、人目があるし、司書が常にいる。図書館に来る過程で襲うつもりだったのか? あるいは薬の量を間違えたか、効きが悪かったか…?」
カーティスが思案していると、バタバタと廊下を走る足音が聞こえてきた。足音は扉の前で止まり、扉が勢いよく開かれる。
「フィーラ!」
「お兄様!」
よほど急いできたのだろう、駆け込んできたロイドは、大きく肩で息をしている。フィーラは毛布をはだけ、ロイドに駆け寄った。
「ごめんなさい……お兄様。心配をかけてしまって」
「フィーラ、寿命が縮んだよ……無事で良かった」
フィーラを抱きしめながら、ロイドがトーランドに礼を言う。
「トーランド先生。妹を助けてくださり、ありがとうございました。……本当に感謝しています」
「私はただ、メルディア嬢を医務室まで連れてきただけですよ。最初に君の妹を見つけてくれたのはここにいるジルベルト君です」
トーランドに紹介されたジルベルトは、ロイドの視線を受け、固まった。
汗を滴らせ息を荒くしたロイドは、壮絶な色気を放っている。決して女性的なわけではないが、同じ男でも目のやり場に困ってしまうほどだ。兄妹揃って恐ろしいまでの美貌だ。
「君……一年生?」
「……はい。普通科一年ジルベルト・コアと言います」
「そうか……妹を見つけてくれてありがとう」
「いえ……」
「ところで、ロイド君と言ったかな。君の妹さんが狙われたことについて、何か心当たりはあるかい?」
「あなたは……?」
「ああ、ごめんごめん。俺はカーティス・ラング。聖騎士候補の指導に当たっている」
「聖騎士の方ですか……」
ロイドはようやく抱きしめていたフィーラを離し、寝台に腰掛けるように促す。
「使われたのは睡眠薬なんですよね? 状況は?」
「食堂で知らない女子生徒からお菓子を貰ったらしい」
カーティスの言葉を受けて、ロイドが目を細めてフィーラを見る。
ロイドに見つめられたフィーラはびくんと身体を揺らし、もじもじと手を動かし始めた。
「で、でも、とても可愛らしい方で……」
「可愛さは関係ないよね?」
先ほどジルベルトに言われたことと全く同じことをもう一度兄の口から聞いたフィーラは、いたたまれず視線を反らした。
「と、とても美味しそうなクッキーで……」
「君はどこぞの欠食児童かな? 知らない人から貰った物は食べちゃ駄目だといつも言っていただろう?」
ロイドはニコニコとフィーラを見つめているが、目が全く笑っていない。
「ひ、人を信じることは大切ですわ!」
「フィーラ、世の中には信じるに値する人間だけがいるわけじゃない。それは君もよく知っているだろう?」
「……分かっています。わたくしが迂闊でした。仲良くなりたいなどと言われて、舞い上がってしまったのです。……申し訳ありませんでした、お兄様」
以前のフィーラだったら、知らない者が作ったものなど、絶対に食べなかったし、比較的ゆるい感性を持っていた前世でもそうだったろう。
今回、何の警戒もなくそれを食べてしまったのは、ロイドに言った通り、女友達のいないフィーラにとって、仲良くなりたいと言われたことが、とても嬉しかったからだ。
さらに食堂という観衆の目がある所で渡されたのだ。何かが起こったときに、自分が犯人だとすぐバレるような場所で、妙な気は起こさないだろうと思ってしまった。
「……フィーラ。とにかく、無事で良かったよ」
ロイドはそう言って、もう一度フィーラを抱きしめた。




