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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第32話 犯人…ではなく、被害者はわたくしです



 医務室へと運ぶため、女子生徒を抱え起こそうとしたトーランドは、女子生徒の顔を見て、驚きに動きを止めた。



「どうしましたか? トーランド先生」

 

 カーティスが、急に動かなくなったトーランドを訝しむ。


「君は……メルディア嬢」


 トーランドには、眠っている女子生徒に見覚えがあった。


「お知り合いですか?」

 

 カーティスの問いに、トーランドは何と答えたものか迷う。別段付き合いがあるというわけではない。が、この髪を見た時に気付くべきだった。このような美しい髪を持つ者など、そうそういる訳はないのだから。


「……知り合いというほどではありません。どちらかと言えば、この子の兄の方と、付き合いがあると言えます」


「そうですか。調べる手間が省けましたね。では俺がこの子と、ええと、君、名前は?」

 

 カーティスはジルベルトを振り返り、名を聞いた。


「普通科一年ジルベルト・コアです」

 

 カーティスの問いにジルベルトが素早く答える。


「よし。俺がこの子とジルベルトの担当教師に通知を出します。トーランド先生はこの子のお兄さんに通知を出して貰えますか」


「わかりました」

 

 トーランドはロイドの顔を思い浮かべる。あの入学式のときの様子を見るに、ずいぶんと妹を可愛がっているようだ。取り乱さないように伝え方に気を付けなければいけない。


「それと、女子生徒を運ぶのはトーランド先生にお任せしても良いですか? 何かあったときのために両手は開けておきたいので」


「もちろんです。……カーティスさんがいてくれて心強いですよ」


「たいしたことはしていませんよ」


 トーランドの言葉に、カーティスは肩を竦める。


 トーランドは謙遜をするカーティスを好ましく思った。もしカーティスがいなかったとしても、トーランドのすることは変わらなかっただろう。

 

 だがやはり、争いごとに慣れていないトーランドにしてみれば、このような非常事態ともいえる現場にカーティスが居合わせたことは素直にありがたかった。


 トーランドは、フィーラの身体をゆっくりと掬いあげ、そのまま横向きに抱え直した。フィーラの身体は驚くほどに軽い。フィーラに意識があったら、ちゃんと食べているのかと、問いただしていただろう。


 トーランドは医務室へついてすぐ、カーティスやジルベルトへ、女子生徒-フィーラに対する、自分が知っている限りの情報を伝えた。


 女子生徒の名前は、フィーラ・デル・メルディア。

 ティアベルト王国公爵家のご令嬢で、かつ精霊姫候補。

 

 本人は候補を外れたはず、と言ってはいたが、トーランドは未だ真相を知らないためそこには触れずに二人へと伝えた。






「う~ん。いや、こんなときだけど……これはすごい美貌だな」


 顎に手をおき、カーティスがうなる。


 寝台に静かに横たわるフィーラは、陳腐な表現だが、まるで精巧に造られた美術品のようだった。

 通った鼻筋は程よい高さで、長い睫毛は頬に濃い影を落としている。

 

 どうやら化粧はしていないようだが、血色の良い頬に、花のように色づいた唇。ジルベルトはおろか、ある程度の経験を積んだ年長者のカーティスでさえも、唸る程の美貌だった。

 ジルベルトなどは、フィーラの素顔を見た瞬間から、ずっと固まったままだ。


「そうですか? 確かに笑顔の可愛い子ですが……」

 

 カーティスの言葉にトーランドが首を傾げる。

 

「えっ? それ本気で言っています? トーランド先生」


「先生、眼鏡の度が合っていないのでは?」


 トーランドの答えに、カーティスのみならず、固まっていたはずのジルベルトからも指摘が入る。


「眼鏡の度は合っていますし、もちろん本気です」

 

 少しも表情を変えずに、トーランドが言った。

 

 その言葉を受けて、トーランドという人物の人となりを、どうやら人の美醜というものに無頓着な質らしいと、カーティスとジルベルトは理解した。


「ディランみたいだな……」


 カーティスの口から出た人物の名前に、ジルベルトが反応する。


「誰ですか?」


「俺の仲間。そいつもとんと、人の美醜には興味ないんだよ」


「それは……何となく羨ましいです」


「はは。そうかもな」


「それよりも、この件はどう処理しますか? ひとまず、学園長のお耳には入れておかないと」


 トーランドがカーティスに今後の方針を訪ねる。カーティスは期間限定の臨時の教師だが、聖騎士という職務上、トーランドよりも立場は上になる。


「まあ、それは仕方ないか。メリンダ。使われたのはやはり睡眠薬か?」


 カーティスはカーテンで仕切られた医務室の奥に向かって声をかける。すると、カーテンの奥から、ひとりの女性が顔を出した。


「間違いないね。あたしの精霊が確かめたから確実だ」


 学園に勤める医師メリンダは、精霊士兼医者だ。


 一般の医者には不可能な診断でも、精霊の力を使えば容易い。しかし、医療行為に向く力を持つ精霊は稀であり、なおかつ、その精霊の力を使いこなす人物はさらに稀なため、メリンダは普段大聖堂に勤め、要請のあった場合のみ、各国へと赴く手法をとっている。

 今は、精霊姫の選定のため、学園に出張しているのだ。

 

 カーティスとメリンダはともに大聖堂に勤める同僚であり、この学園においても同僚だった。



「オリヴィア様の言葉が当たっちゃったね~。何が起こるか分からないから、あたしに学園へ出向いて欲しいって言われたときは、面倒くさいなと思ったんだけどさ」


「次代の精霊姫選定は世界中の一大イベントだからな。中には不埒な考えを起こす輩もいる」


「まあね。ほんと、馬鹿だね。精霊姫候補に手を出すなんて」


 ただの女子生徒でも問題だが、相手が精霊姫候補とくれば、学園側も教会側も黙ってはいない。


「そういえば、この子のお兄さんはまだですか?」


 カーティスがトーランドに確認を入れる。

 

 トーランドが連絡をしてから、すでに十五分は経つ。学園内にいるのなら、どれほど遠くとも、もうそろそろ顔を出しても良い頃合いだった。


「それが、今日はたまたま学園の外で演習を行っていたらしく……連絡を受けた段階ですぐに引き返したそうですが、あと十分はかかるかと」


「まさか、それを狙ったわけじゃないだろうが……。公爵家の令嬢を狙ったのか、精霊姫候補を狙ったのか微妙なところだな」


 カーティスがフィーラに視線を投げかける。すると、わずかにフィーラが身じろぎをした。




「……ん」



 寝台に横たわるフィーラから、小さな声が漏れた。



「あら、目が覚めそうよ」

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