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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第31話 事件ですか?

誤字脱字報告ありがとうございました。全く気づきませんでした…(>_<)



 ジルベルトが本から顔を上げ時計を見ると、いつも通り、昼休みが終わる十五分ほど前の時間だった。


 

 入学からこちら、昼食が済むとここへ来て読書をしていたため、身体が昼休みが終わる大体の時間を覚えてしまったのだ。


 普通科の教室は図書館から近い。十五分もあれば余裕で教室へとたどり着ける。

ジルベルトは本を棚に戻し、図書館と本館を繋ぐ扉へと向かって歩き出す。

 その途中、視界に入って来た光景にジルベルトは足を止めた。



 広いテーブルに女子生徒がひとり、うつ伏せに倒れこんでいる。ジルベルトは驚いてその女子生徒に駆け寄った。



「君。大丈夫か⁉ 具合が悪いのか⁉」



 耳元で話しかけても、女子生徒は全く起きる気配がない。

 どうしたものかと思っていると、ジルベルトの声を聞きつけたらしい司書がこちらへやってくるのが見えた。


「どうしましたか?」


 司書がジルベルトに対し問いかける。


「こちらの女子生徒が声をかけても起きないんです。もしかしたら具合が悪いのかも……」

 

 ジルベルトの言葉を受け、司書はすぐさま女子生徒のそばにかがみ込み、何やらブツブツと呪文らしきものを唱えた。一瞬何をしているのか、と訝しんだジルベルトだったが、すぐに、司書が精霊士としての資質を有しているのだろうとあたりを付けた。

 司書はしばらくそうしていたかと思うと、


「薬が使われているな」


 と、自分自身に言い聞かせるように、低く呟いた。


「薬⁉」


 思ったよりも大きな声が出てしまい、ジルベルトはあわてて口を塞ぐ。

 ジルベルトが立ち尽くしていると、いつの間にか、もう一人の人間が司書の側に立っていた。


「トーランド先生。この子の状態は?」


「カーティスさん。……どうやら命に別状はないようです。ただ、深く眠っている」


 司書が呼んだ名前は、ジルベルトには聞き覚えがあった。

 

 確か聖騎士候補の指導にあたる聖騎士の名が、カーティスではなかっただろうか。

 

 ジルベルトが男を観察する。炎のような色合いの長い髪を頭の後ろでひとつに結び、腰には剣を帯びている。だが、男はジルベルトの良く知る騎士とはどこか違う空気を纏っていた。 

 どちらかと言えば、この司書や精霊士が纏っているような清涼な空気だ。


「使われた薬の種類まで分かりますか?」


「いえ、そこまでは……。恐らくただの睡眠薬と思われますが、詳しく調査してみないことには……」


「う~ん。参ったな。俺がここにいながら、こんなことになるとは」

 

 カーティスの言葉に、ジルベルトはつい口を挟んでしまった。


「ここで、薬が使われたんですか?」


「ん? いや、恐らくここではない。さすがにここでそんな犯罪が行われたのなら、俺もトーランド先生も気が付くはずだ。けど、この子の状態にもっと早く気付くことは出来た。……さらに言えば、聖騎士が駐在していながら、学園内でこんな事件を起こさせた……そういう意味だ」


 そうだ。この女子生徒がいつからこの状態なのかは分からないが、薬の種類によっては、命を落としていたかも知れない。

 だが、それをいうならジルベルトとて同じだ。司書のいた場所からよりも、ジルベルトのいた場所のほうがこの女子生徒に近い。だが、ジルベルトは女子生徒の異変にまったく気づけなかった。


「おい。君のせいじゃないぞ。この子は状態的にはただ眠っているだけだ。君が気づかないのは当然だ」


 ジルベルトの思いは顔に出ていたのだろう。カーティスが気に病むな、と慰めの言葉を口にする。だが、ジルベルトには、その言葉が余計に居たたまれなかった。


「まったく……紳士だな」


 カーティスが呆れたようにつぶやく。しかし、言葉とは裏腹に、カーティスの目は何か面白いものでも見つけたかのように輝いていた。


「カーティスさん。とりあえず、この女子生徒を医務室へ運びましょう。君。君は授業へ戻りなさい」


「ですが……」


「このことは他言無用ですよ」

 

 司書に念押しされ、ジルベルトは頷く。この学園内で犯罪まがいのことが行われたなどと噂になったら大騒ぎだ。

 しかし、ジルベルトは、このまま素直に授業に戻る気にはなれなかった。


「あの……俺の取り調べはしないんですか?」


「へえ……どうして?」


 ジルベルトの発言に、カーティスはいよいよ面白そうに口の端を上げる。


「この女子生徒がどこで薬を盛られたか分からない現状では、最初に彼女を発見した俺が、一番怪しくはないですか?」


「自分でそれを言うんだな。まあ、普通はそうなんだけど、俺にもトーランド先生にも精霊がいるからね。君が嘘をついているかどうかはすぐにわかるんだよ」

 

 なるほど、とジルベルトが納得する。精霊は人の心の真偽を見抜く。そのことを失念していた。

 ジルベルトの表情から、そのことに思い当たったであろうことを見て取ったカーティスは、言葉を続けた。


「だが、まあ。君も当事者だ。成り行きが心配なら一緒についておいで。それに事件の関係者が襲われるなんてことだって、ままあることだしな」


「生徒を脅さないで下さいよ、カーティスさん」

 

 微かに青ざめているジルベルトを見て、トーランドがカーティスに苦言を呈する。


「いや、悪い。脅すつもりじゃなかったんだけどさ…。君の言ったとおり、せめてこの子の目が覚めるまでは、関係者としてついて来ることは出来るよ?どうする?」


 ジルベルトは考えた。先ほどは、このまま何事もなかったかのように、自分だけが日常に戻っても良いのだろうかと思った。

 

 しかし、カーティスの言った通り、この女子生徒が薬を盛られたと気づくことは普通科の学生であるジルベルトには至難の業だったろう。ジルベルトにそのことに対する責任はない。


……だが、気になる。



「ついていきます」


 気付けばジルベルトはそう答えていた。

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