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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第30話 図書館



 お昼休みの図書館で、フィーラは急に襲い掛かって来た眠気と格闘していた。



 食事の量がいつもより多かったためか、あるいは春の暖かな陽気のためか、先ほどから眠気が収まらないのだ。


 学園の昼休みは二時間ほどあるため、今からなら多少の午睡は取れるだろう。


――問題は、次の授業までに起きられるかなのよね。


 フィーラは制服のポケットから懐中時計を取り出し、う~ん、と唸った。この世界に時計があること自体に感謝すべきであり、さすがにアラームの機能まで望むのは酷というものだろう。


――どうしましょう。起きられる自信がないわ。でも、もう目を開けているのも難しい……。


 どうして急にこれほどの眠気に襲われてしまったのか。

 やはり、慣れない学園生活での疲れが溜まっていたのかもしれない。そんなことを考えながらも、フィーラの意識はどんどん夢の世界へと沈んでいった。






「さ~て、と。ジルベルトはどこかな~」


 亜麻色の髪を揺らし、スキップでもしそうな足取りで、ステラは図書館へとやってきた。

 

 攻略対象のひとりであるジルベルトは昼休みには大抵図書館で勉強をしているため、図書室へ行けば大体は会うことができる。

 しかしイベントを起こすには条件があった。最低でも四回、多くて六回程度図書館でジルベルトに会い、言葉を交わす。そうすると必要回数を満たした段階で、ようやくそのイベントが発動するのだ。


 キョロキョロと辺りを見渡したステラは、目的の人物を見つけ、声量を落とした。


「いたいた。やっぱりいいわ~眼鏡男子。攻略対象の中では、ジルベルトとトーランドの二人しか眼鏡かけてないのよね。ま、何人もいたらキャラがかぶっちゃうしね。さて、と」

 

 ステラは髪を手櫛で整え、いそいそとジルベルトの座る机へと近づく。



「あの、こんにちは」


 ステラが控えめな声で、ジルベルトに話しかける。声をかけられたジルベルトは、読んでいた本から目を離し、眉根を寄せてステラを見上げた。


「……何か?」

 

 愛想はまったくなかったが、少し高めの澄んだ声でジルベルトが答えた。


「あ、あの、わたしこの図書館来るのはじめてで……精霊学の本を探しているんだけど、どこにあるか教えてもらえたらと思って……」


 ステラの言葉に、ジルベルトは小さくため息をついた。


「俺よりも、司書の方が詳しい。そちらに聞いてくれ」


 ジルベルトはそう言うと、本に視線を戻し、そのまま没頭してしまった。


 

 ジルベルトの対応にステラは驚いたが、思い出してみれば、ゲームの中でも、ジルベルトは最初塩対応だった。それがめげずに何度も話しかけていくうちに、だんだん心を開いてきてくれるのだ。


 ステラは、今日は言葉を交わせただけでも良しとしようと考え、そのまま踵を返し図書館を出て行った。

 


 


 ――その姿を観察している人物がいることも知らずに。





「ふうん。あの子、本が目的じゃないのバレバレだな」


 トーランドのいる作業台の下で、カーティスは焼き菓子を頬張りながら、本を読んでいた。作業台は長く、内部が見えない構造になっているため、しゃがんでしまえば、図書館内からそんな姿を見られることはない。


「カーティスさん。本に菓子をこぼさないでくださいよ……」


 トーランドは、銀縁の眼鏡を指で押し上げながら、闖入者――カーティスに注意をする。一週間程前に突然、匿って欲しいとやってきたカーティスは、作業台の下に安息の地を見出したらしく、以降食べ物や飲み物を持ちこんでは読書に勤しんでいた。


 本来なら図書館は飲食禁止だが、カーティスの境遇を思えば、多少の融通を聞かせることは仕方ないかとも思ってしまう。同じ教員として、同情するところがあるからだ。


「いや~、トーランド先生には、本当に感謝しています」


「私がここにいるのも、あと一週間ですよ? ネリア先生が帰ってきたら、もうこの場所での飲食は慎んでください」

 

 普段図書館に勤務している一級司書のネリアが、急病のため二週間の休みをとった。

 

 司書はネリアのほかにもいるが、二級司書ばかりだ。昨年度までは同じく一級司書がいたのだが、高齢のため辞めたばかりだった。とある事情で補充の一級司書を雇うことが出来ず、ネリアが唯一の一級司書として勤務していた。

 

 そのネリアが病に倒れたため、急遽その間、ネリアの代わりとして一級司書の資格を持つトーランドが代わりを務めていたのだ。


「それは困ったな。ここは本当に良い隠れ場所なのに……」


「……私もそれについては、学園側の人間として申し訳ないと思うのですが……」


「いや、学園側のせいではないでしょう」

 

 カーティスはそう言うが、トーランドとしては、学園のせいではないとは言い切れないと思っている。


 聖騎士候補の指導がない時間は、臨時の教師であるカーティスは自由の身となる。もちろん、今後の課題作りや生徒からの相談などを受けていることを考えると、いうほど自由な時間はとれていないだろう。だが専任の教師よりはましだ。


 問題は食事の時間。


 この学園の食堂はひとつ。それぞれの科の食事の時間は授業内容によってまちまちだが、聖堂を抜かせば、すべての科の生徒が一同に会す唯一の場所が食堂なのだ。


 そこでのカーティスは注目の的だ。現役の聖騎士であるのだから、当然と言えば当然なのだが、食堂で座っていると、あれこれと生徒から質問が飛んできて、とても食事どころではないと言っていた。


 かといって、どこかで持参した食事を取ろうと思っても、生徒や教師のみならず、学園内でそれぞれ職を持つ人間たちが、カーティスの姿を見つけるとここぞとばかりに話しかけてくるらしい。その者たちも悪気があるわけではないだろうから余計に始末に負えないのだろう。

 そういった者たちを無下にすることもできなかったカーティスは、しばらく平穏に食事を取れる場所を求めてさ迷っていた。


 そんなとき、この図書館に辿り着いたようだ。


 図書館は原則余計な会話を制限しているため、ここで誰かがカーティスの姿を見つけたとしても、別の場所で見つけた場合よりも、俄然控えめの行動となる。なおかつ、この作業台の下に隠れてしまえば、完璧だ。


「ですが、あなたに押しかける者の中には教師もいるとか……」


「ええ、まあ。でも、俺たちは普段、大聖堂以外の人間と関わる機会が極端に少ないですからね。物珍しいという点で、注目されるのは仕方がないと思っていますよ。それに皆純粋に好意的な質問ばかりなので、答えられない質問もありますが、嫌だというわけではありません。多少困ることもあるというくらいで……」

 

 基本的にカーティスは優しい男なのだろう。トーランドがカーティスの立場だったなら、仕事を辞めていたかも知れない。請われてきている筈の場所で、何故、肩身の狭い思いをしなければならないのかと。

 いや、肩身が狭いという表現は違うのだろう。結局人気者は困るということだろうか。


「私がいる間は、ここで食事を取ることは構いません。ですが、ネリア先生は厳格なお方です。恐らく、もうここで食事はとれませんよ」


「そうですか。まあ、仕方ないですね」


 カーティスはあっさりと引き下がった。あまりの潔さに、こちら側の申し訳なさが倍増する。



「代わりといっては何ですが……あまり人が行かない場所をお教えしましょう」


「それは?」


「騎士寮に近い場所に結構な広さの中庭があります。ほかの庭と違い、野生種の木々や花々をそのまま自生させている場所なんですが……鳥の囀りや風が、とても心地よいんです。貴族の庭園に慣れている者たちは、あまり近づかないので、まったく人気がないわけではありませんが、食事くらいなら、静かに取れるかも知れません」


「騎士寮の近くか……あそこはただの森だと思っていたな」


「寮の裏手側にあるので、部屋によっては見えないでしょう。カーティスさんは特に、騎士寮で寝泊まりをしているわけではないですし……。本当はもっと最初の頃にご案内しようかと思ったんです。ですが、人に見つからないという点では、ここの方が優れていましたので」


「いえ。ありがとうございます。司書の方が帰ってきたら、そうしますよ。それまでは、ここで食事を取らせてもらっても良いですかね?」


「……どうぞ、とは立場上あまり言ってはいけないのでしょうが。……しょうがないですね」


 聖騎士としがない教師の自分では共通点などない筈なのに、このカーティスとは妙に馬が合うことをトーランドは不思議に思っていた。

今夜はこれで投稿は終了します。

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