第26話 後悔
ステラがそれに気が付いたときには、フィーラはすでに候補を外されていた。
それを知ったステラは焦った。ここがどちらの世界かわからない以上、ディラン攻略のためにはあらゆる不安要素を潰しておきたかった。裏ルートを開示させ、ディラン以外も、出来る限りの、否、出来ることなら全員の攻略対象を攻略したい。だって最後にディランを選べばいいだけなのだから。
そこでステラはフィーラのことをある人物に頼むことにした。いや、ある人物と称したけれど、彼は人ではない。
マーチ伯爵をステラの下まで導いた精霊。
彼の精霊とステラはあの日からいつも共にある。
「ねえ、どうにか彼女を候補に戻せない?」
あの日、ステラがお願いをした精霊は、まるでステラに応えるように、チカチカと点滅し、すぐさま何処かへ飛び去って行き、次の日まで戻らなかった。
帰ってきた精霊は何も言わなかった―そもそも言葉は通じない―ためステラはやきもきしながら時が過ぎるのを待っていたが、学園の入学初日、フィーラが学園に来ていたことで、ステラは事が上手く運んだことを知った。
ゲームでは普通科入学に納得できないフィーラは、一週間ストライキを起こして学園を休んだとされていたからだ。
だから、フィーラの姿を見つけたときステラは喜んだ。しかし、それも一瞬のこと。フィーラの様子がゲームとは異なっていたからだ。
「何なのあれ。ゲームで見た時には、あそこまで規格外じゃなかったわ。確かに綺麗だったけど、もっとキツイ表情をしていたし、高飛車な感じだったのに……」
だが、入学式の日に見たフィーラは、この世界で美形を見慣れた、なおかつ毎日美少女である自分の顔を見ているステラでも、思わず息を飲むほどに美しかった。
柔らかそうなシャンパンブロンドは腰までのび、けぶるような睫毛に隠された瞳は、角度によってはサファイヤにも、エメラルドにも変じ、またその両方が液体と化して揺蕩っているような 重なりを見せる時もあり、見る者を魅了するとても神秘的な色合いをしていた。物腰も柔らかく、とにかく表情が綺麗だった。
ステラは、フィーラを精霊姫候補に戻したことを後悔した。ディランではなく、他の攻略対象に狙いを定めたほうが良かったかも知れないとすら思った。
フィーラはすでにクレメンスやリディアス、マークスとも急接近している。だが、今更後悔したところで遅い。
ゲームが裏ルートで始まってしまったのなら、ステラはとにかく突き進むしかない。出来る限り、十四人全員を攻略できるように振舞わなくてはいけない。今の人生はゲームのようにリセットできないのだ。もしかしたら出来るのかも知れないが、それがいつかは、ステラには分からない。
もともとステラはゲームのリセットを良しとはしていない。どんなに悪い結果が見えていようとも、ステラは今まで一度もリセットをしたことはない。少なくとも『姫騎士』に関して言えば。
しかし、そうやって気を取り直して「ステラ」として頑張ることを決めた矢先に、もう躓いている。
カーティスとの初顔合わせのイベント「怪我をした子猫を助ける」を実行しようと、学園でも知る者の少ない中庭に来てみたものの、場所は合っている筈なのに、その怪我をした子猫が一向に見つからない。
「もうっ、本当に何で……」
あまりにすべてが思うようにいかなくて、つい涙声になってしまった。諦めかけたステラが寮へ戻ろうかと思案していると、誰かに声をかけられた。
「君、ここで何をしているの」
ステラがカーティスかと思い振り返ると、声の主はマークスだった。
「マークス先生……」
ステラはカーティスではないことに若干の落胆を覚えながらも、すぐに思考を切り替えて、マークスの側に駆け寄った。
「あの、ここで子猫を見つけたんですが……近寄ろうとしたらどこかへ行ってしまって」
ステラは子猫が怪我をしているかもしれないことは言わなかった。これだけ探してもいなかったのだ、現実はゲームとはまったく同じことが起きる訳ではないのかもしれない。怪我をしていたかも知れないなどといったら、捜索が始まってしまうかもしれない。
本当にいるかわからない存在に、そこまでの労力は掛けられない。見つからなかったときに、いたずらに騒がせたとして、万が一にもステラの印象が悪くなってしまうのは避けたい。
「でも、良いんです。可愛い子だったから、近くで見てみたいと思っただけなので」
「そうか。君は動物が好きなんだね」
マークスは微笑ましいものを見るようにステラを見た。カーティスとは出会えなかったが、マークスの好感度はアップできたかも知れない。
「はい。昔から動物が大好きで……よく一緒に遊びました」
動物が好きなのは本当だが、よく一緒に遊んだというのは嘘だ。しかし、動物と一緒に遊ぶ貴族の子女はいないだろうから、これでステラが元平民だということが、マークスに伝わる。この学園には平民を養子にする貴族も少なくないのだから。
「ああ、そうか君は……」
途中で言葉は切ったが、やはりマークスはそこに思い至ったらしい。
「子猫と遊べなかったのは残念だろうが、もうそろそろ寮へ帰りなさい」
まだ空は明るいが、貴族令嬢がひとりで過ごすには日が傾き過ぎている。前世よく午前様で遊んでいたこともあるステラからするといささか窮屈だったが、ここは素直に従っておく。
「はい。そうします」
ステラはベンチに置いておいたカバンを持ち、マークスの後をついて中庭を出た。やはりゲームの世界といえども、ここは現実世界。何もかもゲームと同じことが起きるとは限らないということなのだろう。ステラは自分を納得させるようにそう言い訳をした。




