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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第22話 二人の王太子

 


 クレメンスは最初が嘘のように、今は砕けた態度でフィーラに接してくれている。先ほども思ったが、クレメンスの笑顔はまるで野の花が咲いたかのように、可憐だ。だが、思っても口には絶対に出さない。


 この年頃の男子は、開き直って可愛さを武器にしている人間以外は、可愛いと言われることを好まない。下手をするとプライドを傷つけることになる。少し話しただけだが、クレメンスは恐らくそのタイプだろう。


――何を隠そう、わたくし前世でその失敗をやらかしているのよね。その男子生徒とは、卒業まで微妙な関係だったわ……。


 フィーラが過去の失敗を思い出しているうちに、教室の前の扉が開き、男性が入って来た。

騒めいていた教室は静まり、すべての生徒が入って来た男性に注目する。


「やあ、みんな揃っているね」


 男性は教壇に立ち、教室内を見渡す。灰色がかった金髪に黒目という珍しい色の組み合わせが、大人びた美貌を更に引き立てている。


「まずは、僕の自己紹介をしようか。僕の名前はマークス・フェスタ。教師であり、大聖堂に仕える精霊士だ」


 マークスの言葉に、一度は止んだ教室内の騒めきが再び起こる。

 

 精霊姫の選定にあたり、この学園はその候補者たちが集う舞台となる。そして、ここに集うのは、精霊姫候補だけではない。聖騎士候補や、精霊士候補も一堂に会するのだ。


 なぜこの学園に集うのか?


 それは次代を担う者たちに教育を施すためだ。では誰がその任を負うかといえば、現役で任務を遂行している者たち以上に相応しい者はいないだろう。

 

 この特別クラスには精霊姫候補と精霊士候補、そして聖五か国の王族の血筋の者がいる。

精霊姫が候補者に直接教えを授けるわけにはいかないし、精霊姫としての資質は、その人間性が最も重要であるとされている。

 帝王学は学園で教えるものではなく、それぞれの王宮にて幼少から行われている。そのため、このクラスで一番必要なのは実は精霊士の教育だ。

 

 精霊士は通常教会預かりとなり、そこで精霊士となるための教育が行われる。しかし精霊姫の選定の時期に重なった精霊士候補者は、教会ではなく、学園に集うことが定められているのだ。

 この学園には精霊姫候補、聖騎士候補も集まる。聖騎士は将来ともに働く仲間であり、精霊姫は将来仕える相手となる。

 そういった者たちが共に過ごし学び合える機会は、ほとんどないに等しい。選定の期間は通常一年。一年ですべての候補者が集いすべての教育を終える。選定期間以外は、聖騎士も、精霊士もそれぞれ別の場所で学び、選ばれ、任につく。

 精霊姫候補などは選定時期にならなければ、何を学ぶことも出来ない。それが教育よりも、その人間性が一番に問われる所以かも知れない。



「君たちは運が良い。今回の選定は丸々三年の猶予がある。この学園で普通の生徒と同じように、三年もの月日を将来の仲間と共に学び、共に過ごすことが出来るのだから」


 マークスの言葉に、生徒たちは各々頷いたり、手を取り合ったりしている。フィーラも少なからず興奮していた。


――わたくしはきっとすぐに普通科に行くことになるでしょうけれど……ああ、甘酸っぱい青春がここにはあるわ。キラキラと輝いてるわ。


 フィーラはこっそりと隣のクレメンスの様子を伺う。表情は平坦だが、心なしか目が輝いているように見えなくもない。

 

「では、さっそくだが、クラスの代表を決めてしまおう。このあとすぐに聖堂に集まらなければならないからね。このクラスには王族が二人いる。ティアベルトとテレンスの王太子殿下だ」


 またもや教室内が騒めいた。前もって情報は得ていたけれど、改めて聞かされると、なかなかの顔ぶれだ。


「どうかな? サミュエル君、リディアス君。君たち二人のうちのどちらかにクラスの代表になって貰いたいんだが」


 マークスの言葉を受けて、一人の生徒が立ち上がった。銀色の髪に琥珀色の瞳。口元には穏やかな笑みを浮かべている。


「マークス先生。よろしいですか?」


「かまわないよ。リディアス君」


「皆さま、ご紹介に預かりましたリディアス・テレンスです。この貴重な三年間を皆さまと共に過ごせることを光栄に思います」


 リディアスは受ける印象そのままの柔らかい口調と声で、挨拶をした。


「先ほどのクラスの代表の件ですが、ここはティアベルト王国が管轄する学園。ならば、代表は僕よりもティアベルトの王太子殿下が相応しい。もちろん、僕も出来る限りの補佐はさせて貰う。どうかな?サミュエル殿下」


 リディアスの問いかけに、黙ってリディアスの言葉を聞いていたサミュエルが席を立つ。


「貴殿がクラスの代表を務めたとしても、俺は何の異論もない。だが、そうだな、貴殿の言うように、自国が管轄する学園で代表すら務められないようでは、陛下に余計な心配をかけてしまいかねない。ここは大人しく譲ってもらったほうが良いのだろうな」


「ぜひともお願いするよ。実は僕、人前で話すの苦手なんだ」


 リディアスの言葉に、教室からわっと笑いが起こる。


――さすが王族ね。人心の掴み方が上手いわ。



「さすがだな。誰が代表を務めるかで揉めるクラスもあると聞いた。王族ともなると格が違うか」


 フィーラの心を読んだかのような発言をクレメンスがする。クレメンスだけではない。このクラスのほとんどが、二人のやり取りを心に留めているだろう。


 この学園には各国から生徒が集まって来ている。それはこの特別クラスだけのことではない。それを理解せず、このような場で自らの狭量さを示す王族など、存在しないだろう。


「ええ、そうね」

 

 クレメンスの言葉に素直に同意する。サミュエルはもちろんのこと、あのリディアスという少年もなかなかのものだ。


 以前のフィーラはサミュエルのことを嫌っていたが、王太子としてのサミュエルは評価していた。傲岸不遜なサミュエルだが、それだけの実力はあったし、王族としてやるべきことは当然のようにこなしていたからだ。

 一見しただけだが、おそらくリディアスは王太子の資質において、サミュエルに引けを取らないだろう。


 金の髪に翠玉の瞳のサミュエルと、銀の髪に琥珀の瞳のリディアス。ともに並び立つ二人はどことなく似た面差しをしているが、周囲に与える印象は対照的だ。似ているようで、似ていない。しかし違うようでいても、先ほどのやりとりを見るに、王族としての本質は実は同じなのだろう。ただその表現の仕方が違うだけ。サミュエルは威厳を持って、リディアスは親しみを持って、臣下と接するタイプのようだ。


――似てない双子のようだわ。


「さあ。クラスの代表も決まったことだし、聖堂に移動しよう。特別クラスは最前列だ。席は自由に」


 マークスの言葉にサミュエルが一番に動き出した。ステラがすかさずその後を追い、さらにそのあとをクラスの面々が着いていく。

 リディアスはしばらく動かず、クラスのほとんどが列に加わったのを見て、最後尾にやってきた。フィーラとクレメンスの後ろだ。


「君たちが最後だね。僕と一緒に行こうか」


 リディアスがフィーラとクレメンスに微笑みかける。


「リディアス殿下、御挨拶申し上げます。わたくしはティアベルト王国メルディア公爵家のフィーラ・デル・メルディアと申します」


「フォルディオス王国子爵家のクレメンス・ダートリーです」


 リディアスの言葉を受けて、フィーラと、続いてクレメンスが挨拶をする。


「うん。よろしくね。ダートリー君の髪は僕とお揃いだね。メルディア嬢の髪も銀に近いし、僕たち並ぶとまるで兄妹のようだ」


「そんな、わたくしの髪など、お二人とは比べるべくもありませんわ」


 にこにこと嬉しそうに笑うリディアスには申し訳ないが、フィーラ憧れの銀髪を持つ二人と同じだなどと、口が裂けても言えるものではない。


「そうかい? 確かに銀ではないけれど、銀よりも柔らかい光を放っている。とても綺麗だよ」


「……ああ。あんたの髪の方が綺麗だ」


 リディアスとクレメンス両人に褒められて、フィーラは嬉しい反面、恥ずかしくなった。少し顔も熱いかもしれない。


――うう。若い子に気を使わせてしまったわ。二人とも紳士だものね。本物の紳士は、決して女性の容姿を貶したりしないのよ。でも、きっちりお礼は言っておかないと。


「……ありがとうございます。あの、あまり褒められたことはないので嬉しいですわ」


――お世辞と分かっていても、やっぱり美少年二人に褒められたら嬉しいものよね。


「……噂とは違うな」


「何かおっしゃいました?」


 ひとりニマニマとしていたフィーラは、リディアスに話しかけられたような気がして聞き返した。


「いや、何も?」


 リディアスは人好きのする笑顔でフィーラの言葉を否定した。


――わたくしの勘違いかしら? 駄目ね。いつまでも浮かれていては。


「少し速度を上げようか。皆と距離が開いてしまったからね」


 リディアスの言葉通り、前にいた集団がずいぶんと遠くに行ってしまっている。


「あら、本当。ごめんなさい、お二人ともわたくしに合わせていただいたから……」


「そんなことはないよ。僕が少しおしゃべりし過ぎてしまったから……でも少しだけ今より歩く速度を上げられる?」


「ええ、もちろん」


 よく散策をするフィーラは、一般のご令嬢よりも足が鍛えられている。


「良かった。じゃあ行こうか」


 リディアスがフィーラの前に出て歩き出す。先ほどよりも少し速度は上がっているが、フィーラがついていけないほどではない。


「大丈夫か?」


 隣を歩くクレメンスが、小声で様子を聞いて来る。


――本当に、クレメンスは優しい子だわ。

 

 つい、いい子いい子と頭を撫でたくなってしまう。きっと銀色の髪はサラサラの感触だろう。


「ええ、大丈夫よ。わたくし結構体力には自信があるの」


「……あの重い扉も開けていたしな」


「ふふ。そうよ。わたくし、将来一人でも生きていける様に、色々と頑張っているの」


「は? 何だそれ」

  

 クレメンスが怪訝そうに聞き返す。フィーラが説明しようと口を開きかけると、リディアスが会話に加わってきた。


「二人とも、仲が良いね。今日初めて会ったんだろう?」

 

 リディアスはこちらを軽く振り返り、視線だけでフィーラとクレメンスの姿を確認する。


「ええ。わたくしが扉を開けられずに困っていたら、クレメンスが助けてくれたの」


「ああ、あの扉は確かに重かったね」


「でも半分くらいまではひとりで開けたのですよ?」


「そうなのかい? それはすごいね」


「わたくし意外と力があるようです」


 フィーラの誇らしげな様子に、リディアスが笑う。


「君は変わっているね」


「そうですか?」


「うん」


 フィーラ本人はどこが変わっているのか分からない。


――もしかして、力のある令嬢だから変わっているということかしら?


 まるで分かっていない様子のフィーラを見かねてか、リディアスではなくクレメンスが説明してくれた。


「普通の令嬢は、力があることを褒められても喜んだりしない」


「そうですの? わたくしは、ないよりはあった方が良いと思いますけれど……」


「か弱く思われたいんだろう」


「まあ。……思われてどうするのかしら?」


 フィーラの言葉に、リディアスが噴出した。


「はははっ。君、相当変わっているね」


「……お褒めに預かり光栄ですわ」


 どこがどう変わっているのかはフィーラにはやはりわからない。しかしわからないなりに、自分が変わり者であるということは自覚していたため、素直に認め、一応礼を言っておいた。リディアスはきっと嫌味で言ったのではないようだから。


「はははっ」



 意外と笑い上戸なのか、その後もリディアスは聖堂につくまで、何度も思い出し笑いを繰り返していた。


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