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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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202/206

第202話 共に未来へ



 森の中の細い道を馬車が走る。整えられた道から下、一段低い位置には大きな川が流れていた。


 ジークフリートは川のせせらぎに耳をすませた。そのまましばらく馬車を走らせると、森を抜け、ひらけた土地に出る。その広い土地には、控えめながらも威厳のある屋敷が建っていた。

ここは王家の持つ領のひとつ。今は公爵位を賜った兄、エドワードが暮らしている。


 エドワードの後を継いでジークフリートが王太子となってからすでに二か月以上が経っている。父に止められていたこともあるが、ジークフリート自身が己の心と折り合いをつけるまでにここまでの時間がかかってしまった。

                     

「よく来たなジーク」


 にこやかにジークフリートを出迎えたのは、まるで農民のような恰好をしたエドワードだ。泥だらけの簡素な動きやすい服を着て、頭には藁で編んだ帽子をかぶっている。しかも服だけではなく、顔にまで泥がついていた。


「……なぜそんなに泥だらけなんですか? 兄上」


「みんなと一緒に庭の手入れをしていたんだ」


「庭の手入れ?」


「草むしりだよ」


「……」


 よもや兄の口から草むしりなどという言葉を聞く日が来るとは夢にも思っていなかったジークフリートが無言でため息を吐いた。


 そんなジークフリートを見て、エドワードがバツが悪そうに頭を掻く。


「……悪かった。ジーク」


「それは何についておっしゃっていますか?」


「そう怒らないでくれ。もちろん、お前に王太子の座を押し付けて勝手に領地に引っ込んだことに対してだよ」


 なぜ兄が突然王太子をやめるなどと言いだしたのか。それはリディアスの精霊の力であると、リディアス自身が告白している。


 リディアスの持つ光の守護精霊は、押し込めていた想いを表に引きずり出す。


 王太子を辞めたいと思っていた兄は、リディアスの精霊の力でその想いを押さえることが出来なくなってしまったのだ。


 しかしそのことでリディアスを恨む気持ちにはなれなかった。無理やりに植え付けられた記憶や、変えられた記憶ではない。それは確実に兄の中で燻っていた想いだからだ。


「そのことについて怒っているわけではありません……」


「……そうなのか? では何に怒っているんだい」


 心底不思議そうに、エドワードが首をかしげる。


「……何故、何も相談してくれなかったのですか」


「ジーク……」


「兄上が悩んでいることに、私は気づけませんでした。もし、私がもっと兄上のお心に配慮していたら……」


 瞼を伏せるジークフリートに、エドワードが苦笑する。


「ジーク。今お茶を用意させよう。座ってくれ」


 エドワードが少し離れた位置にあるティーテーブルへとジークフリートを案内する。木陰の下に設置してあるティーテーブルは決して高価なものではない。素木作りの素朴なものだ。


 ジークフリートに座るように促し、エドワードも対面に座る。そしてゆっくりと息を吐き、話のつづきを始めた。


「……王太子が悩みを抱えているなど……そんなみっともない姿を弟に見られたくなかったんだ。だが、それをみっともないと思うこと自体、私に王としての器がなかったことをあらわしている」


「兄上……王太子とて、ましてや王とて、悩みなどあるに決まっています」


「今はわかっているよ、ジーク。だが今までの私にはそれがわからなかった。……私に王太子は向いていないんだよ。ましてや王など務まるものではない」


「そんなことはありません! 兄上は素晴らしい王になったでしょう!」


「……うん。そうかも知れない。でも私は、自分よりももっと素晴らしい王に成りえる存在を知っていたから」


 エドワードに見つめられ、ジークフリートは身動きが取れなくなる。


「あにう……」


「ジーク。私は王になりたかったわけではない。いや……ある意味なりたかったのかもしれない。けれどそれは、本当の私の望みではなかった。自分は王座を望まなければならないのだと、ずっと、そう思い込んでいた。王座以外を望んではいけないと……」


 エドワードは小さく溜息をつき、そして微笑んだ。


「ジーク。もう少しだけ待っていてくれ。私はここで、本当の私を見つけている最中だ。もう少しで手が届く。もしそれを掴むことができたなら……そしたら、私はお前の元に戻るよ」


「戻ってきてくださるのですか……?」


 思いもかけなかったエドワードの言葉に、ジークフリートは目を大きくする。


「仮にも統治者としての教育を受けているんだ。お前の相談相手くらいにはなれるだろう」


 テーブルに頬杖をつきながらエドワードがジークフリートを見つめて微笑む。以前よりも柔らかく笑うようになった兄を見て、ジークフリートはようやく胸の奥のつかえが消えていくのを感じた。


「兄上……」


「それに……振られたお前を慰めなくてはならないからね」


 どこかからかうような表情のエドワードをみて、ジークフリートが渋い表情をする。


 フィーラのことを好いていると、ジークフリート自身が自覚したのは夏季休暇を過ぎたあたりだろうか。それからはあっという間に事態が過ぎてゆき、気がつけばフィーラは手の届かない存在になっていた。


 否、聖五か国の王となるジークフリートにとっては、精霊姫は決して手が届かない存在ではない。だが、すでにフィーラはジークフリートの想いを知ることなく、深い眠りについてしまった。





 精霊王と精霊姫が眠りについた。


 二か月前、その情報が世界に知らされたのは、すべてが終わってからだった。ジークフリートはフィーラと最後の言葉を交わすことさえできなかった。


 いや、最後ではない。何度自分にそう言い聞かせても、同時に、もう一生会えないかもしれないという諦めの気持ちも湧いてくる。


「……いつから気が付いていたのですか?」


「最初からだ。お前が彼女を国へと連れて来た時から」


「……私が連れて来たのではありません。連れて来たのはエルです」


「ははは。ああ、そうだった。だがお前の態度を見ていればすぐにわかるさ。お前は昔からエルザ以外の女性には優しくしているようで、実は冷たく突き放す癖がある。だが彼女に対しては違った。親友の妹だからかとも思ったが、それにしてはずいぶんと気にしているように見えたからね」


 その頃のジークフリートは、自分は次期精霊姫としてフィーラを護っているのだと思い込んでいた。しかし、気づいてみれば何のことはない、最初に出会い、踊ったときから、ジークフリートはフィーラに心惹かれていたのだ。


 噂とは違う態度に驚き、懸命に自分を変えようとする姿にいじらしさを感じた。もっと早くにジークフリートが己の気持ちに気づいていたら、何か現状は変わったのではないかと、この二か月間、せんないことを考える日々を過ごしている。


 だが、ジークフリートはフィーラのことを一人の女性として見ていると同時に、もうひとりの妹のような存在として見ている自分にも気が付いていた。フィーラに対する感情は、燃えるような激情では決してないのだ。


 彼女に幸せになってもらいたい。ジークフリートのその想いは、ただただ暖かさのみを伝えてくる。


「正確に言えば……まだ振られてはいません」


 律儀にも訂正するジークフリートに、エドワードが微笑む。


「そうだな。彼女が眠ってからまだ二か月だ。……だが、いつ目覚めるかわからない彼女を、これ以上王太子であるお前が待つことはできないだろう。……本当に申し訳ないと思っている」


 すでに数人、ジークフリートの婚約者候補として名があげられている。そのなかには精霊姫候補であったアリシアの名もあった。早く決めろと急かす周囲を何とか誤魔化し、この二か月を凌いできた。だがそれもそろそろ限界だろう。


 急な王太子の交代は、民に少なからず動揺と不安を与えている。そして、ジークフリートに婚約者がいないことも、その原因のひとつとなっていた。


「いいえ……。王太子だからではありません。たとえ私が王太子ではなくとも、ずっとフィーラ嬢を待ち続けることは出来ませんでしたよ。王太子にならないまでも、私も第二王子でしたからね。淡い恋にすべてを捧げられるほどには、私は純粋でも情熱的でもありません。……私に彼女を待つ資格などありませんよ」


 フィーラを望まない。すでにジークフリートはそう結論を出している。だが、そう決めながらも、未練がましくいまだに婚約者を決めないでいるジークフリートの複雑な想いは、すでに兄には気づかれているだろう。


 エドワードはほんの少し眉を下げ、ジークフリートの強がりを、仕方ないとでもいうように苦笑した。


「……きっと、また大切に思える女性と出会えるよ、ジーク」


 それはきっと兄の希望であり、ジークフリート自身の希望でもある。


「ええ……。そう願っています」


 二人の会話が途切れたところで、使用人がティーセットを運んできた。目の前に注がれたのは透き通った夕日色をした紅茶だ。


「さあ、飲んでくれジーク。ここの紅茶は何の銘もないが、本当に美味しいんだ」


 ジークフリートが紅茶を口に含む。一瞬にして口内に広がった爽やかな香りは、ジークフリートにフィーラの笑顔を思い出させた。



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