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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第196話 世界の均衡



「精霊の世界と人の世界が分離されるということですか? だからサーシャの精霊が反応しなかったのね……」


『それでも契約者のもとに残るものもいるが、どのみち精霊の世界に戻れないとなると、いずれは魔に堕ちるしかなくなる』


「それは……精霊が望まずとも、魔に堕ちてしまうと、そう言うことですか?」


『自らの意思で魔に堕ちる精霊は一定期間精霊の世界へ帰らずに、自らを魔に堕とす。人の世界に隔離された精霊はそれが自らの意思ではなく不可抗力になってしまうということだ』


「そんな……。どうすればよいのです……どうすれば、それを止めることができるのですか⁉」


『今度は二つに分かれることはせずに穴を塞ぐ』


「それは……あなたが……、いえ、今度はカナリヤを含め、ひとりに戻った精霊王が魔に堕ちるということ?」


『結果的にはそうなるな』


「……」


 精霊王の返事を聞き、思案するようにオリヴィアが瞼を浅く伏せた。


『だからまたひとつに戻ったのだ。記憶のないあれを説得するのも難儀だからな。ひとつに戻ればおのずと理解するだろうと』


「カナリヤに記憶がない? そんなことはないでしょう? カナリヤはあなたがもう一人の自分だと知っていたわ」


『そうだ。だがあれの記憶は完全ではない。わたしの分身に関してもそうだが、一定の容量の存在があまり長く本体から離れていると、個体としての性質は同じだが、別の意識が発生してくる』


「カナリヤはどうなの? まさか分かれた時に発生した意識とは言わないわよね」


『わたしの意識を元に、新たな記憶を積み重ねたのがあれだ。あれには必要な記憶しか残していない』


「……どうしてカナリヤではなくあなたが記憶を持っていたの? 魔に堕ちると記憶が無くなるのよね? それで穴を塞げるの? まあ、結局あなたは記憶を取り戻したようだけれど……」


『あれに記憶を残さなかったのは、あれには精霊のことを第一に考え行動してもらうためだった』


「精霊のことを……」


『だが結局、あれもわたしと同じ道を辿った。人に心を傾けてしまった。それに、人の世に出来た穴を塞ぐのに記憶は必要ない。人の世に存在するだけでよい。魔に堕ちたとはいえ、あくまで精霊という存在のあるべき場所は精霊の世界だ。精霊は魔に堕ちようとも精霊の世界と引き合う。今のわたしがこの世界にとどまることで、おそらく崩壊はそこで止まるだろう』


「……精霊が精霊の世界と引き合うのなら、ずっと人の世界にいる必要は……魔に堕ちる必要はないのではないですか? わたくしに……これからの精霊姫に降りている時間を長くすれば……」


「フィーラちゃん……」


 オリヴィアの顔色はさえない。それはフィーラも同じだろう。考えたままの言葉を口に出しては見たが、自分でもそれが良い提案とは思えない。精霊王が二人に分かれるほどの事態だ。少しの時間精霊姫の身体を借りたとして、解決することではないのだろう。


 そしてやはり、精霊王からの答えもフィーラの考えと同じものだった。


『それでは無理だ。ずっとお前たちの身体を借り続けることは出来ない。わたしと相性の良いお前ですら負担が大きすぎる。それに、それですむ話なら、最初からその方法をとっている』


「でも……。もう一度、今度は二つに分かれることもなく魔に堕ちてしまえば、もう元に戻ることは出来ないのではないですか? 戻る先があったから、あなたは魔から精霊に戻れた。でも今度は……魔として最後まで存在するしかなくなるのではないですか? それに記憶は? 記憶がなくても大丈夫だと言っておりましたが、あなたはもう一度記憶を取り戻すことができるのですか?」


「そうね……それに、魔に堕ちるということは、もっと他にも精霊にとって不利な条件があるのではない?」


――不利な条件……? 


 オリヴィアの言葉に精霊王は小さく溜息をつく。


『……人の世界は物質の世界だ。物質としての肉体を持たない精霊が長くとどまればいずれは消耗し消えていくだろう』


「……では。もしかして、魔として存在していたあなたは……」


『そのままでいれば、いずれ消える運命だった。だがこれから先、消えるまでには何千年、あるいは何万年という時間があっただろう。あるいは世界の崩壊具合に合わせて長くも短くも変化したかもしれないが』


――精霊王は万物を司ると言われている存在よ? それなのにこの世界に留まるだけでいずれとはいえ、消えてしまうと言うの?


「すべての魔は、いずれは消えてしまう存在だったいうこと?」


『そうだ』


「いずれ消えてしまうのに、精霊たちはみずから魔になることを選択したというの?」


『精霊の世界に死という概念はない。正確に言えば生という概念もない。魔と呼ばれる存在となることで、精霊は死を、生を体験することができる。それでも人間の寿命よりかはよほど長く生きるだろうがな。魔に成り立ての気の短いものは生物に惹かれ憑くことで、仮初の生と死を幾度となく経験することもある』


「……もしかして、それが魔が生物につく理由なのですか?」


『そうだな。そもそも、消えるとはいっても、それはお前たちの考える死ではないし、記憶にしても、全て失くしてしまうわけではない。以前お前には封印されていたという表現をしたが、魔になると感情や記憶よりも本能が優先される。そのため魔に成り立ての頃は自らの記憶を奥底へと追いやるのだ。だが長く人の世にいれば何らかの切欠でまたその記憶思い出すこともある』


「切欠とは……」


『思い入れのある場所、人物。それらに出会うことか。それにわたしの場合は分身が精霊として存在していた。分身は本体と性質を同じくする。つながりが完全に切れることはない。あれの護りを受けたフィーラに会うごとに、わたしの記憶も徐々にだが取り戻すことができた』


――ああ……だから。会うたびに印象が変わっていったのね。


 会うたびにまるで人に近づいていくようだと、感じていた。カナリヤは精霊ではあるが、人の冗談すら解する存在だったのだ。この精霊王に対して持った印象も、あながち間違っていたわけではないのだろう。


「もしかして……もう一度堕ちる時は、また最初からというわけ?」


『そうだろうな。だが気長に待てばいい。限りはあるが、それでも人間の生とは比べるべくもなく長い』


 精霊王はそこまで話し終えると足を組みかえ、組んでいた腕を解いた。


――本当に……まるで本物の人のようだわ……。もしやカナリヤ様よりも人間らしいのでは……。


 精霊王が話し終わっても、オリヴィアはどうにも納得していない様子だ。もちろん、フィーラとてこれまでの話のすべてにすぐに納得できるわけではない。オリヴィアからこの世界は乙女ゲームの世界だと聞いたときよりも、驚いている。


 しかし精霊王がこのような嘘をついたところで何の利益もないだろう。


――魔を抑えることにより世界の均衡が崩れると言っている研究者もいるけれど……その通りだったのかもしれないわ……。


 精霊王が穴を塞ぐために魔になったというのなら、もしかしたらこの世界に存在するほかの魔の存在も、穴を塞ぐためには必要な存在だったのかもしれない。


――精霊王様はそのことについては言わないけれど……少しでも世界の崩壊を遅らせたいのなら魔を祓うことは得策ではないわ。もしかしたらそのこともあって、カナリヤ様に記憶を残しておかなかったのかしら……。


 魔を祓うことが世界の崩壊を早めることにつながると知りながら、魔を祓う組織の頂点に立つことは矛盾している。

 だが、人の生活を考えるのなら、人や生物についた魔は祓わなくてはいけない。


――精霊王としてのカナリヤ様が、何の憂いもなく人間の助けとなれるように……。


 フィーラにはそう思えて仕方ないのだ。


「ねえ……私たちにまだ話していないことがあるわよね?」


『何のことだ?』


「穴の広がりの進捗はどの程度なの? そんなに悠長に構えていられるの?」


『さあな。さすがにそこまでは予想できない』


「嘘よ。カナリヤはある程度の未来の道筋は読めると言っていたわ。たとえ確実にそうだと言えなくても、予想くらいはつくでしょう?」


 オリヴィアの視線を受けた精霊王が同じようにオリヴィアを見つめる。オリヴィアは目の前にいる精霊王のことをカナリヤではないと見抜いたが、フィーラにはその区別は正直にいってついていない。


 やはり似ているのではないかと思う。似ているからこそ、オリヴィアにもこの精霊王の言動の真偽がわかるのではないだろうか。


『……この世界が元に戻るまでどれほどの時間がかかるかは本当にわからない。わたしが魔に堕ちたとしても、それすらも時間稼ぎにしかならないかもしれない』


「穴が塞げるかどうか確約できないということ?」


『ああ』


「それでも魔に堕ちるというのね? 成功するかわからない、もう精霊にも戻れないのに」


『この事態はわたしが招いたものでもある。甘んじて受け入れよう』


「あなたが招いた?」


 オリヴィアが眉を顰める。疑っているわけではないだろう。ただ訝しんでいるのだ。


『わたしがもっと早くに手を打っていれば、ここまで穴が広がることはなかった』


「……でもそれは、あなたたちのせいではないわ」


 そう。それは精霊王のせいではない。もとよりこの世界に綻びがあったというのなら、それこそ精霊達にそれをどうにかする責任はないのだ。


「……あなたがいなくなることで、今度は精霊の世界に影響がでることはないの? それに…これまで長きに渡って、人間は精霊の力を借りて生きて来たわ。あなたが魔に堕ちるということは、人間の護りとしての精霊王がいなくなるということよ? そしてもし精霊の世界にあなたがいなくなった影響が及んで、これまでの人間と精霊の関係が崩れるようなことにでもなれば、世界は混乱に陥るわ」


 オリヴィアのいうことはもっともだ。だが、その精霊王はみずからを犠牲にしてまで、人間のために人の世界の崩壊を防ごうとしてくれている。

 本来なら精霊王の護りがなくなることくらい、耐えるべきなのだ。


――いえ……言うのは簡単だわね。オリヴィア様もそれがわかっているから、あえてそこには言及しなかったのだわ。


『……すでに未来は微細に分かれすぎていて、わたしでもすべてを見極めることは出来ない。わたしがこの世界に降りたとしても、精霊の世界がどうなるかは未知数だ』


「……待ってください。本当に穴が塞げるかわからない。あなたがいなくなった後精霊の世界がどうなるかわからない。それでも魔に堕ちることが最善とは思えません」


「……もし失敗したらどうなるの? もし穴を塞ぐことが出来なかったら……」


 フィーラの言葉を援護するかのように、オリヴィアが精霊王に問うた。その表情はとても悲しげだ。まるでカナリヤに対するそれのように。


『もし失敗したら……もう成す術はない。人の世は崩壊を待つだけだ』


「……失敗したら、あなたが魔に堕ちたことは無駄になるということ?」


『そうなるな』


「……いいえ。そんなのは駄目です」


『だが何もしなければこの世界が滅ぶのを待つだけだ』


「……どうしても、魔に堕ちなければ駄目なのですか? やはりわたくしの身体を通して……」


『お前に降りている時間だけでは足りないと言っただろう。それこそ常時その身を借りることになる。だがそれではお前たちの身体が持たない』


「フィーラちゃんと私で、交代しながらならどう?」


『それでもだ』


「……本当にほかに方法はないのですか? あなたたちが犠牲になるしかないのですか?」 



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