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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第190話 遊戯の果て



「さて、君たちには初仕事をしてもらおう」


 ヘンドリックスの笑顔にエルザ、エリオット、テッドの三人はげんなりとした表情で肩を落とす。


 三人が筆頭騎士になってから一か月ほどたっている。


 筆頭騎士となってからこれまで、三人はヘンドリックスに鍛えに鍛えられてきた。今ではこのヘンドリックスの笑顔を見るだけでも訓練の苦い思い出がよみがえるようになってしまった。


 当然他の筆頭騎士にも稽古はつけてもらいはしたが、ヘンドリックスの稽古が一番きつい。それをエルザが本人に言ったら、では精霊王に相手をしてもらおうなどと言い出したから、あわてて辞退するはめになった。


 実際にヘンドリックスは何度か精霊王に稽古をつけてもらった事があるらしい。すべての精霊を総べる精霊王は、その力も最上だ。三人はヘンドリックスの強さの秘密を垣間見た気がした。


「リーディア・フォン・セルトナーの居場所がわかった」


 ヘンドリックスの言葉に、三人の顔が真剣なものになる。


「今まで彼女の行方はわからなかったが、この度テレンスの国にいることが発覚した」


「テレンスに? 何か彼女と縁が?」


「彼女の祖母がテレンスの出身だそうだ」


「リーディア・フォン・セルトナーはリディアス殿下たちと共謀してフィーラ様を追い落とそうとした嫌疑がかかっている」


 本来はもっと事は複雑だったが、表向きは精霊姫と精霊王に対する不敬罪として扱われている。


「エルザ。彼女はティアベルトの公爵家令嬢だ。君という人材がいるのだから、彼女の確保は君に任せてもいいだろうか」


「私に……?」


「相手も騎士たちを恐れるような玉ではないと思うが、まあ、一応な。何か下手な言いがかりをつけられても面白くはない」


 罪人が女性だった場合、確保するさいの行動如何によってはその行動そのものを訴えられることもある。男性は女性に無暗に触ってはならない。それを逆手にとられるのだ。


「はい」


「君が女性だということは思わぬ使いどころだったな」


 実に嬉しそうに微笑むヘンドリックスからは悪気も嘲りもまったくうかがえない。本心からそう思っているのだろう。


「これからすぐに向かってもらう」




 リーディアの確保には、聖騎士と、大聖堂に駐屯していたテレンスの騎士たちが向かった。聖騎士たち、または大聖堂に駐屯する騎士たちの主な役割は精霊姫の警護だ。それ以外の任務にあたることは珍しい。


 だが、今回のリーディアの確保は、国に任せておける案件ではなかった。味方だった精霊王がいなくなったとはいえ、リーディアの傍にもアーノルド同様魔が残っているかもしれない状況では、聖騎士を向かわせるのが一番効率が良い。


 それに当代と先代の精霊姫に仇をなそうとした一味に、リーディアは加わっていたのだ。大聖堂としてもいつものように精霊姫の警護以外は関係ないなどとは言っていられなかった。





                    

「リーディア・フォン・セルトナー。君は今回の一連の事件に関わった容疑がかかっている。何か申し開きはある?」


 エルザのよく通る涼やかな声が部屋に響く。



 聖騎士と、騎士たちが駆け付けた時、リーディアは部屋の中で優雅に紅茶を飲んでいた。騎士たちは一瞬、部屋を間違ったが、あるいは捕らえるべき人を間違ったのではないかという思いに駆られた。


 リーディアの「お待ちしておりました」という言葉がなければ、そのままいつまでもそこ突っ立っていたかもしれない。


「いいえ」


「……では自分の罪を認めるの?」


 エルザの問いには答えずに、リーディアは微笑む。


「エルザ・クロフォード様。あなたは最初の頃にくらべてだいぶ変わりましたわね」


 本来なら容疑のかかった人物との不用意な会話は推奨されない。しかしあまりにも自然なリーディアからの問いかけに、思わずエルザは答えていた。


「……そうだね。あのとき一歩踏み出した私と、そのきっかけをくれたフィーに感謝しているよ。あのとき変わる決断をしたからこそ、今の私があるんだから」


「お似合いですわ。そのお姿」


「……ありがとう」


 あまりにも悪役に似つかわしくない言動をとるリーディアに、もしかして今回の確保は間違いなのではないかという思いが湧いてくる。

 それでも、今ここでそれを論じても意味はない。その役目はエルザの役割ではないのだ。


「リーディア・フォン・セルトナー。一緒に来てもらうよ」


 何も言わずただ微笑むリーディアにエルザが手を差し出す。たとえ罪人だとしても、今の段階ではリーディアの罪は確定していない。エルザは失礼にならないように、騎士としての作法でリーディアに手を伸ばす。


 まるでエスコートの申し出のようなその姿に、リーディアが一瞬呆けたあと、優雅に手を差し伸べた。その姿はまるで貴婦人そのものだ。


「ええ。よろしくお願いいたします」


 エルザの瞳を見つめ、リーディアが屈託なく微笑んだ。








 王宮の広間で騎士たちに周りを囲われた中、椅子に腰を降ろすリーディアは、可憐で儚く、とても今回の一連の事件に関わっていたとは見えなかった。


 リーディアの確保には聖騎士を向かわせたが、結局リーディアの身柄はティアベルトへと渡された。しかしその場に聖騎士が同行する旨を了承させて。







「リーディア……なぜ、こんなことをしたんだ」



 兄に問われたリーディアが首を傾げる。よく手入れされた金茶色の髪がさらりと流れた。


「なぜ? そうね、なぜと言われても困りますわね。興味があったからとしか答えられませんわ」


 群青色の瞳を輝かせ、リーディアがルーカスに向かって微笑む。聖騎士によって捕らえられたリーディアは、特に抵抗することもなかったとルーカスは聞いていた。


「興味だと?」


 興味だけでここまでのことをするなど、普通の人間ならば、きっとリーディアは嘘を言っていると思うだろう。だがルーカスは、リーディアが本気でそう言っていることを知っている。


「ええ。だって面白そうではないですか。自分たちの暮らしていた世界とは別の世界があるなんて、とても興味をそそられますわ。しかもその世界を体験できるかもしれない。こんな面白そうなこと、やらない手はありませんでしょう?」


 昔からリーディアは、興味があること以外にはとんと無関心だ。だが、その無関心さをとりつくろうのが上手い。

 油断した顔を見せるのは家族の前だけ。世間ではリーディアは品行方正な淑女として知られていた。


「リディアス殿下に誘われたとき、とても興奮しましたの。わたくしのことなどどうでもよいのです。ですが、誰かの人生が変わるのを間近で見られるのは、とても、とても素晴らしいことではございませんか?」


「リーディア……お前は、本当に自分のしたことが分かっているのか? お前はまだ若い、これから先、どれだけの年月を牢で過ごすことになるのか……いや、それならばまだいい。当代の精霊姫と先代の精霊姫を弑そうとしたお前は、斬首となるかもしれないのだぞ」


 リーディアたちが当代と先代を弑そうとした証拠などはなかった。だが、もしあのまま二人が目覚めないようなことでもあれば、リーディアたちのしたことは確実に殺人とみなされていただろう。


「まあ、お兄様。心配してくださいますのね。ですが、心配はご無用ですわ。斬首に決まればわたくしはその決定を潔く受け入れましょう。そして、牢獄暮らしにしても、それほど長くなることはないでしょう」


「……どういうことだ」


「わたくしの命はそれほど残されておりませんの。精霊姫候補という立場は、精霊教会に金品を渡すことによって得たものです。元よりわたくしに精霊士はおろか精霊姫としての素質など欠片もございません。それを知ったうえで、この身体を通し魔の力を使って来たのですから」


「なんだと……⁉」


 リーディア自身が魔の力を使っていたとはルーカスは聞いていなかった。秘密にされたのか、あるいは本当にそのことは知られていなかったのかはわからない。


「当たり前ですわ。精霊王を利用し、自分の望みのためにこの世界を変えようというのですもの、それ相応の対価はもとよりちゃんと払うつもりでした」


「……リーディア。君はなんてことをしたんだ……」


「まあ、お兄様。そんなに悲しまないでくださいな。わたくしは後悔しておりませんわ。王太子妃になどなるより、とても有意義な時間を過ごせましたもの」


「リーディア……」


「お兄様。せっかくお兄様の世界に光があたるかと思いましたのに……それだけは勿体なかったですわね」


 リーディアがさも残念そうに、ぽつりと零した。


 ルーカスがリーディアを完全には突き放せない理由がこれだった。リーディアはリーディアなりにルーカスを愛してくれているのだ。


 ルーカスのことだけではない。リーディアはリーディアを不正に巻き込んだ父を除いて、家族のことをちゃんと愛している。


「やっぱり斬首かしら? それも良いわね。短い時間とはいえ、牢暮らしはわたくしにはきついかもしれないわ。わたくし、生粋の令嬢ですものね」


 そういうリーディアの顔には笑顔すら浮かんでいる。優雅な、淑女の鑑と言われたリーディアの、皆を魅了する美しい笑顔だ。


「リーディア……」


 ルーカスは先ほどからただ、妹の名を呼ぶことしかできない。それでも愛していると、そう言ったところで、この妹の心にどれだけその言葉が響いてくれるのかもわからない。


「……お前の進退をどうするかは、聖五か国の王たちが話し合いの後決めるだろう」


 ここまで黙っていたサミュエルが、話せなくなってしまったルーカスに代わり、リーディアに告げる。


「殿下……ご迷惑をおかけしますわ。できればお兄様やお姉様、お母様たちには罪が及ばないと良いのですが……。ああ、父はわたくしと同類なので、いかようにも処分してくださって構いません」


「……精霊姫候補の立場を金品で買ったのは許されることではない。セノディックも罰せられるだろう。だが母親や他の兄姉たちへの連座までにはおよばない。ルーカスも近衛騎士団には必要な人材だ」


「そうですか。……それは良かったですわ。ああ、それと殿下……わたくし一応殿下の婚約者候補でしたが、もうそのお役目を果たすことはできそうにありませんわ。僭越ながら、殿下にはわたくしよりも相応しいお相手が見つかることを祈っております」


「……ああ」


 リーディアがサミュエルに向かって頭を下げる。リーディアは最後まで気品に満ち、美しかった。



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