第189話 精霊との契約
「では、これから君たちに与える精霊は何がいいか検討しよう」
テッド、エルザ、エリオットの三人が聖騎士となってからすでに二週間以上、筆頭騎士には昨日任命されたばかりだ。
「精霊って、聖騎士になったときに貰うのかと思ってたよ」
エルザのささやきをカーティスが聴き取り答えた。
「新人は大体一か月ほどは精霊を貰えない。その一か月は新人たちの動きを見てどの精霊と相性がいいのか見極める期間でもあるからな。お前たち三人は筆頭騎士に任命されたため今精霊を貰うが、ほかの三人は規定どおりあと半月ほどは見極めの期間を継続する」
「どうだ? この三人には何の精霊が合いそうだ?」
ヘンドリックスがカーティスに尋ねる。カーティスは引き続きテッドたちの指導を受け持っている。三人のことを一番理解しているのはカーティスだ。
「そうですね。俺の意見としてはテッドとエルザが風、エリオットが水ですかね」
カーティスが腕組みをしながら三人を眺める。そこにクリードが意見を足した。
「私も同意見です。テッドもエルザも身が軽い。エリオットは器用だから水が合うでしょう」
「ディラン。お前はどうだ」
「俺も同意見です」
「うむ。ではそれで行こう。まあ、大体は見立て通りの精霊になるが、思っていたのとはまったく違う精霊がつく場合もある。それは覚悟しておけ」
「そうなんですか?」
「ああ。まあ滅多にないがな。ではフィーラ様にお願いしよう」
「失礼いたします、フィーラ様」
膝の上の猫をなでていたフィーラは、ヘンドリックスから声をかけられ、顔をあげた。
ここは大聖堂の中。筆頭騎士たちの話し合いが終わるのを、フィーラは別室で待っていた。
「決まったのですか?」
「ええ。おおむねの判断はつきました」
「聖騎士に与える精霊ってどうやって決めるのかしら?」
「本人の性質や戦い方を考慮して決めます。大体ですが、大振りの動きの者なら火、身が軽い者なら風、器用な者なら水、状況に応じての戦いが得意なら土といった具合ですかね」
「光や闇が与えられることってないのかしら?」
「あまりないですかね? 聖騎士の職務は戦いが主ですからね」
「なるほど……」
「フィーラ様、精霊王をお呼びできますか?」
「ええ、待っていて」
フィーラが目を瞑り、カナリヤに呼びかける。意識が交代するのかと思いきや、突然目の前にもう一人のフィーラが現われた。
「え?」
「おや?」
突然現れたもう一人のフィーラに、ヘンドリックスが驚きに目を瞠る。
「え? ちょっと、カナリヤ様?」
――なぜ突然、その姿に!
その姿で現れるなら事前に言っておいて欲しかった。
『なんだ』
「いえ、何だじゃありませんわ! なぜそのお姿に?」
『お前がこの姿をとれと言ったのではないか』
「……フィーラ様?」
ヘンドリックスからの何とも言えない視線を受け、フィーラは慌てる。
「違うのよ! カナリヤ様が人間になったお姿を見たいと思って……そしたら誰の姿が良いかと聞かれたから……!」
「……それでご自分のお姿を?」
「だって勝手に誰かの姿を借りるわけにいかないじゃない……!」
「……なるほど?」
――うう。ヘンドリックスからの視線が痛い……。やっぱりナルシストだと思われたわ……。
「なぜよりによって……普段通りわたくしの身体を通してでは駄目なのですか⁉」
「いいではありませんか、フィーラ様。精霊王のお姿を拝見できる機会などそうそうありませんからね。皆の士気もあがるというものです」
「ヘンドリックス……!」
『オリヴィアのときも姿を現している。その前も、その前の精霊姫のときもな』
「そのときも人間のお姿を?」
『いや。そのときは本来の姿だな』
――本来の姿……ということはあの光の球よね。……どっちが良いのかしら? 光の球の方が荘厳な雰囲気が出るのかしら?
「フィーラ様。俺はこちらの姿の方が良いと思います」
「……そう?」
「はい」
「笑われないかしら……?」
「ぐふ……いえ。大丈夫です」
「今笑ったわよね?」
「滅相もございません」
――意外としれっと嘘をつくのよね。ヘンドリックスは……。そうだわ!
「カナリヤ様にだけ出て行ってもらって、わたくしは陰で見ていればいいのではないかしら!」
「ばれますよ。カナリヤ様に任せるのであれば部屋に戻っていてください」
「え? でも見たいわ」
「でしたら観念してください。大丈夫です。誰も笑ったりはしませんよ」
――本当かしら? でも三人に精霊が与えられる場面、見たいわ。うう……しょうがないわね。背に腹は代えられないわ。
観念したフィーラが別室へと到着すると、クリード、カーティス、ディランの傍で、三人が畏まってその場に立っていた。
フィーラに気づいたエルザが微笑んでくれたがすぐに隣にもう一人フィーラがいることに気が付き、ぎょっとした表情で目を見開いた。
エルザの反応に気づきこちらに注目した残りの者たちも大きく目見開いている。
「……何だそれ?」
クリードとカーティスの二人も固まる中、さっそくディランから突っ込みがはいった。
「……カナリヤ様です」
「なぜ君の姿をしているんだ?」
「……これには深い理由がありまして……」
「何ですか、深い理由とは?」
ようやく硬直の解けたクリードがさらに追い打ちをかける。
「わたくしが精霊王様は人間の姿をとることが出来るかどうか聞いた際誰の姿になるか聞かれたもので一番無難だと思われるわたくしの姿になっていただきました」
早口で言い切ったフィーラにクリードがそうですか、といいそれ以上の質問をせずに引き下がった。
「フィーそっくり……」
エルザのつぶやきに、テッドがぶんぶんと首を縦に振っている。こころなし顔が赤い気がするが、きっと興奮しているのだろう。いくらフィーラの姿をしているとはいえ、カナリヤが精霊王であることに変わりはないのだ。
――ああ、本当に……本当にわたくし以外の方の姿になってもらわなくて良かったわ。
己の姿でさえいたたまれないのに、もしフィーラが他の誰かの姿をカナリヤにお願いしていたら、大変なことになっていたところだった。
――そういえば……あのもう一人の精霊王が借りていた姿って、誰の姿だったのかしら? 結局不明なままね。ジルベルトやクラリッサ様に似ていたけれど、過去の人間と言っていたし……。
あのあともう一人の精霊王は姿を現していない。カナリヤに聞いてもまだだと言うばかりで詳しいことを教えてくれないのだ。
――すでに手中にあるとは言っていたから心配はいらないのだろうけれど……。
『では風が二体と、水が一体だな』
フィーラが考え事をしているうちに、皆の間では話が進んでいた。三人はフィーラの姿をしたカナリヤの前に緊張の面持ちで立っている。
『……お前たちの見立てどおり、精霊達にも異存はないようだ』
カナリヤが手の平を上向きに両手を軽く開く。するとその少し上空に、三体の光の球が現われた。
薄い緑色に光る球が二つ、薄い水色に光る球が一つカナリヤの手の平の上に浮かんでいる。精霊たちからはまるでプリズムのように虹色の光が放たれていた。
「聖騎士に与えられる精霊はすべて上級精霊です。それも通常格付けされている精霊よりも能力は上でしょうか」
いつの間にか隣に立っていたヘンドリックスがフィーラに説明をする。
「フィーラ様は精霊姫になる以前に精霊の姿をご覧になったことは?」
「あるわ。うちの侍従のものと、友人のものを」
ヘンドリックスは精霊姫になる以前と言ったが、実は今でもあまり精霊の姿をフィーラは見ていない。もちろん、以前は精霊士と契約している精霊以外は見たことがなかったのだから、それに比べればすでに倍以上の数の精霊を目にはしている。
それでも精霊姫になったからには精霊士と同じように精霊も見えるのだと思っていただけに少々拍子抜けをしたことは確かだ。
その理由は以前オリヴィアも言っていたことだが、フィーラはそのことをカナリヤに詳しく聞いたことがあった。
カナリヤ曰く、人間の存在する世界と精霊の存在する世界は異なるため、精霊は常にこちらの世界に来ているわけではないから目にしないだけだと言っていた。
――それに、もともとわたくしは精霊士の素質はないから、精霊から姿を隠されたら見えないのかもしれないわ。
「色はついておりましたか?」
「いいえ。あ、でも……友人の精霊は薄っすらと水色がかっていた気がするわ。中級精霊にも色が出るのでしたわね」
精霊は基本白金色をしているが、属性が現われる中級以上になると、白金色を基調として、そこに各属性の色が薄っすらと現われてくる。
風は緑、水は青、火は赤、土が黄金といった具合に。ちなみに光と闇の精霊は、中級以上になっても白金色のままらしい。
「そうですね。色の濃淡はありますが、一概にそれが精霊自体の力の強さとも限りません。色はあくまで属性の色ですので。まあ、これも精霊学で学びましたか」
「ええ。でも実際に見るとまた違いますわね」
今三体の精霊達は三人の手に渡され、ちかちかと瞬いている。
精霊との契約は主に精霊から語り掛けられるのだと言うが、それは言語という形をとらない想念のようなものだそうだ。まれに人間からの要請に応えて契約してくれる精霊もいるらしいが、珍しいことのようだ。
――でもわたくしとカナリヤ様の場合は言葉によって契約を交わしたわね。それも精霊王と精霊の違いかしら?
精霊を見つめる三人の瞳には表現しようのない感情が映し出されている。それは喜びか期待か、あるいは責任だろうか。
『契約は済んだな。これから生涯に渡りお前たちを助ける精霊だ。ともに学び成長しろ』
フィーラの姿をした精霊王からの言葉に、三人は敬意を示し頭を垂れた。




