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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第188話 新しい風



「……そう。ジルベルトのお兄様は、お亡くなりになったのね」


 兄の腕を壊してしまったと、苦しんでいたジルベルトのことを想うとやりきれない。


「……それでも和解はできました。アーノルド・コアは、魔としてではなく人として死んでいった。それだけで十分ですよ」


「嫌な役をさせてしまいましたわね。ヘンドリックス様」


 ヘンドリックスは聖騎士団団長だ。それは聖騎士の中でトップクラスに腕が立つということに他ならない。コア家の人間であるアーノルドの相手として、きっとヘンドリックス以上に適当な者はいなかっただろう。


――いえ、それでもどちらにしろ、ヘンドリックス様がやらなければ他の聖騎士がやっていたというだけのことなのよね。


 今更ながらに、聖騎士の仕事の厳しさがわかる。魔を祓うということは、魔に憑かれた人間を葬るということなのだ。


「それが俺の仕事ですから」


 ヘンドリックスがまるでフィーラを励ますかのように明るく微笑む。ヘンドリックスの笑顔はいつも夏の空のように爽やかだ。ヘンドリックスのその笑みに、フィーラの心は少し軽くなった。




 聖騎士になることをやめ、近衛騎士を目指しはじめたジルベルト。


 ジルベルトが兄とのことでずっと悩み続けてきたことをフィーラは知っていた。今回のことも、きっとやりきれない想いでいっぱいのことだろう。


 それでも、ジルベルトはそれを乗り越えてくれるだろうと、フィーラは信じている。


「ジルベルトならきっと近衛騎士になれるわよね……」


「ええ。それは間違いないでしょう。しかし……ジルベルトのこと……以外にあっさりとしておいでですね。筆頭騎士にと望んでいたのでしょう?」

 

「そうね……。でもジルベルトが近衛騎士を目指すと言うのなら、わたくしはそれを応援したいわ。友人とはそういうものではなくて?」


 あれほど心配していたエルザのことも、今のフィーラは筆頭騎士にと望んでいる。もちろん今でも心配なことには変わらないが、引き留める段階はもう過ぎている。


 心配しているというフィーラの気持ちはすでにエルザに伝えたのだ。それでもエルザは聖騎士を目指すことを諦めなかった。


 きっとジルベルトも同じだ。誰に何を言われても、引き留められても、それが真実の望みなら、ジルベルトはきっと近衛騎士になることを諦めることはない。


「友人ですか……。まあ、ジルベルトも喜びますよ、きっと」


 少しだけ複雑な表情を見せたヘンドリックスだったが、すぐにいつもの晴れやかな笑顔に戻る。


「さて……あらかたの始末は済んだことですし……そろそろ新しい筆頭騎士を決めたいと思うのですが、どうですか?」


 すでにフィーラが精霊姫になってから二週間以上が経つ。本来なら精霊姫就任と同時に決まるのが筆頭騎士だ。


 だがその場合も就任までの間にあらかじめ筆頭騎士にする人間を選んでおくらしい。オリヴィアのときは精霊姫に抜擢されてから儀式までの期間は、半年以上――交代の儀は本来なら精霊祭に行われる――あったらしいので、その期間に筆頭騎士を選べば良かったのだ。


 今回は精霊姫の交代そのものが急だったため、就任後の筆頭騎士の選定となってしまったのだ。


 ヘンドリックスに問われ、フィーラは唸りながら膝にのせている白猫を撫でる。オリヴィアによってビアンカと名付けられたこの白猫は、今では大聖堂内の人間に大層可愛がられているようだ。


 フィーラは何か考え事をするとき、悩みのあるときなど、よくビアンカを膝にのせて撫でていた。そうすると心が落ち着くのだ。

 

「……そうね。もうそろそろ決めなくてはならないわよね」


「おや。気が乗りませんか?」


「そういうわけではないのだけれど……」


 フィーラが筆頭騎士にと望む者たちは、全員新人だ。ヘンドリックスに聞いたところ、筆頭騎士だからといって、危険から遠ざかるわけではないらしい。むしろ実力を認められての抜擢でもあるので、強い魔が出た際などは率先して出かける場合が多いようだ。


――考えてみれば、王宮に魔が出たときもヘンドリックス様が来てくれたものね。


 ヘンドリックスは筆頭騎士でもあり、聖騎士団の団長でもある。フィーラのイメージでは団長とはそういうときには腰を落ち着けて指示を出すのみだと思っていた。

 

 あの時は王宮に魔が出たということで、特別にヘンドリックスが来たということだったが、精霊姫専属ともいえる筆頭騎士でさえ、現場に出る機会があることに変わりはない。


「聖騎士ともなれば、いつかは魔と闘う日が来ます。それは避けようのないことです」


「……そうね」


「大丈夫ですよ。ディランもカーティスもクリードも、皆精鋭揃いですから。新人の教育はちゃんとしてくれますし、みすみす死なせることはしないでしょう」


「……ええ。ありがとうヘンドリックス様」


「それと、いい加減その様付けは辞めてもらえませんかね? 聖騎士はあなたの臣下でもあるのです。聖騎士だけではありませんよ。精霊士も各国の駐屯している騎士たちも、皆あなたの臣下です。大聖堂においていわばあなたは王も同然。王が臣下を敬称で呼びますか?」


「慣れていないのよ……」


「慣れてください」


「……善処します」


「では、今から協議をいたしますか」


「今から?」


「精霊教会へのてこ入れの日が近づいています。だいぶ延びてしまいましたが、そのときまでには決めておきたい」


「……一週間後よ?」


 オリヴィアとの話し合いで、一週間後、精霊教会の頭であるルディウスを解任しようと決めている。


――というか……そのことにしてもオリヴィア様のお力に頼りきって、わたくしは何もしていないのよね……。良いのかしらこれで? これでわたくしは新たな精霊姫として認められるの?


 オリヴィアは今生国に帰り、コンスタンス侯爵家で夫と、息子夫婦と孫と暮らしている。長年大聖堂で暮らしていたため、第二の人生を送るのだと実に楽しそうだった。


 しかしいまだに何かあるとオリヴィアに頼ってしまっているのが現状だ。そんなフィーラに気にするな、頼ってくれて嬉しいと言ってくれるオリヴィアだったが、もっと精霊姫としての自覚を持たなければいけないかもしれない。


「何かしらの混乱が起きないとも限りませんから。現在の据え置かれた者たちは、ほとんどの者が老年に差し掛かろうと言う者たちです。俺が一番の若手ですからね。老体に鞭打つようなことは、あまりさせたくはありません。むろん、有事の際には皆命を懸ける覚悟はとっくに出来ているでしょうが」


「……命などかけて欲しくはないわ」


「そういうわけにも参りません。自分の命と貴女様の命、天秤にかけるまでもないことなのです」


 ヘンドリックスの言うこともわかる。フィーラも実際に精霊姫や聖騎士に係わる以前は、精霊姫は唯一無二の存在で、何にもおいて護られるべき存在だと思っていたのだから。

 だがいざ自分がその位置に立ってみれば、そう簡単には割り切れるものではない。


「……では、なるべく自分の命も大事にする方向でお願いします」


「善処しましょう」

 

 口をとがらせるフィーラに、ヘンドリックスが得意げに笑った。




「以前にも言ったように俺と、カーティス、クリード、ディランは確定です」


「やっぱり四人だけ? それだとわたくしの推薦したい人たちと合わせてもまだ七人だわ」


「それなんですがねぇ。実は……残りの三人に断られてしまいましてね」


「え? ……もしかしてわたくしの下にいるのは嫌だとか……」


 ヘンドリックスの言葉にフィーラの顔色が悪くなる。フィーラの場合、悲しいが以前の噂があるので、絶対にないとは言い切れない。


「いいえ、違います。それはそいつらの問題ですよ。ですがまあ、きっかり十人いなくとも良いのではないかと思いましてね。筆頭騎士とは言いますが、精霊姫を護るという責務は聖騎士全体に共通しています。オリヴィア様もフィーラ様の信頼を得ていない人間を無理に傍におくことはないとおっしゃってくださいましたし……」


「十人という数は決まっているのかと思っていたわ」


「まあ、それが伝統ではありますが……あくまで伝統ですからね。どうしても十人でなくては駄目というわけでもないのですよ」


「そうなのね」


「あとは、候補生たちへの打診ですね」


「ええ。受けてくれるといいけれど……」


「大丈夫ですよ。聖騎士を目指す者にとって、筆頭騎士は最終目標でもあります。まあなってからが大変ですがね。筆頭に相応しい働きを見せなければならないのですから」


「そうよね……。大丈夫かしら? いえ、あの三人なら大丈夫だとわたくしは思っているのだけれど……」


「大丈夫ですよ! 俺が鍛えますから」


 がはは、と豪快に笑うヘンドリックスに、フィーラが一抹の不安を覚えたことは言うまでもない。









 エルザ、テッド、エリオットが大聖堂へと呼びだされたのは午後の訓練が始まる前だった。


 精霊姫が決まった段階で、学園にいる候補たちの中から六人の聖騎士が決まった。そのさい選ばれた六人は学園を辞め、聖騎士団へと身柄を移している。


 そして今、カーティスに連れられて大聖堂へとやってきた三人の目の前には、一人の騎士が立っていた。


「集まってくれてありがとう、諸君。君たち三人は新人騎士たちの中でも優秀な者たちだと聞いている」


 濃い茶色の髪に灰色の瞳の老年の騎士だ。


 大聖堂の中にはほかにも数人の聖騎士が集まっている。カーティスにディラン。そしてクリード。

 クリードには書類関係で大変世話になっている。学園への届も、大聖堂への届もすべてクリードが手配してくれた。


「ああ……私の自己紹介がまだだったな。私はオリヴィア様の筆頭騎士を努めてきたフラングールという。新しい筆頭騎士が決まるまでは私が据え置きになっている」


「筆頭騎士……」


 フラングールの言葉に、エルザが声を出す。


 聖騎士となった三人だったが、まだヘンドリックス以外の筆頭聖騎士には会っていなかった。


「私が筆頭騎士となったのはオリヴィア様の精霊姫就任と同時だった。だが今回は代替わりが性急に行われたため、いまだ筆頭騎士の選別が済んでいない」


 フラングールは一度言葉を区切り、こほん、とわざとらしい咳をした。意外と話し慣れていないのかもしれない。


「ここに招集されたことについてはある程度察しがついているかもしれない。だが、それを私の口から言うことは控えよう。すぐに聖騎士団団長が精霊姫とともにこちらへやってくる。内容は二人から直接聞いて欲しい」


 フラングールから楽にしていいと言われた三人は、それでも直立不動の姿勢のまま立っている。


 その様子を見たフラングールが控えめに笑った。




「いや、お待たせしました。フラングールさん」




 大聖堂の扉が開きやってきたのは、黒髪の大男と、その男に付き添われたフィーラだった。フィーラが三人を見て顔を輝かせる。


「皆。来てくれてありがとう」


 フィーラが小走りに三人に駆け寄るが、三人に近づく寸前でフラングールに止められた。


「フィーラ様。精霊姫となったからにはいくら友人といえども剣を腰に帯びた人間に無暗に近寄ってはいけません」


「フラングールさん……ごめんなさい。でも筆頭騎士の依頼をしようという方たちだもの。わたくしが彼らを信頼しているのは当然のことではなくて?」


「むう。まあ、そうですが……」


 フラングールとフィーラの姿は、まるで祖父と孫のそれだ。ヘンドリックスも目を細めて笑っている。


「まあまあ、フラングールさん。フィーラ様に害を成せる人間はこの世界にはいませんよ」


「む? うむ。まあ、そうであろうが……」


「それよりも……確かに俺が言うよりフィーラ様が言った方が効果的だとは思ったが、なし崩し的にばれてしまいましたね」


 ヘンドリックスが腕を組み、呆けている三人を見る。


「あら……まあ。わたくしネタバレをしてしまいましたわね」


「ネタバレですか?」


「話の結末を先に明かしてしまうことですわ」


「おお、なるほど!」


「エル、テッド、エリオット。今聞いていた通りなの。どうかわたくしの筆頭騎士となっていただけないかしら?」


「え……あの。お嬢様? ……俺たちが筆頭騎士ですか?」


「ええ。ダメかしら?」


「いや、駄目というよりは……僕たちはまだ聖騎士なったばかりで、精霊だって貰っていないんだぞ? それがいきなり筆頭騎士か?」


「もちろん、君たちはまだ実力不足だ。しかしほかの四人は聖騎士の中でも精鋭揃いを選んでいる。フィーラ様自身の護りもかつてないほどに強力なものだ。ならば筆頭騎士を選ぶ基準は、フィーラ様の信頼を得ている者ということで皆意見が一致した」


 フラングールの言葉を聞いて、今までずっと黙っていたエルザがようやく口を開く。


「……フィー。私はテッドさんやエリオットよりも聖騎士候補になるのが遅かった。それに、聖騎士になれたと言っても私は女性だよ? 自分を卑下すわけじゃないけれど……いざというときに私で本当にフィーを護れるか不安なんだ。ジルベルトとも約束したし、フィーの助けになるなら何でもするよ。でも……本当に私で良いの?」


「エルが良いのよ。わたくしこそ、エルには無理を強いることになってしまうわ。女性でありながら騎士となるだけでも、きっとわたくしには想像もつかないくらい大変なことなのに筆頭騎士だもの。きっとさらに大変な思いをすることになるわ。それでも、わたくしはエルに傍にいて欲しいの」


「そうか……うん。頑張るよ。フィー」


 微笑みながらもエルザの瞳には涙が浮かんでいる。


「僕も、選ばれたからにはちゃんと役目を全うする」


「ええ。信じています。エリオット」


「お嬢様……もともと俺はお嬢様の護衛です。立場が変わってもやることは変わりません」


「ふふ。ごめんなさいね、テッド。これからもわたくしのお守をお願いすることになるわ」


「では全員了承ということでいいな? あとは俺と、そこにいるディラン、カーティス、クリードが筆頭騎士になる」 


「あれ? 七人?」


 エルザの言葉に、ヘンドリックスが答える。


「ひとまずな。良い奴がいれば残りの三枠に加えるかもしれないが。フラングールさんには断られてしまったしな」


「当たり前だ。私の年齢を考えろ」


「行けると思いますがねぇ」


「あとの二人はグレンとロレンツィオだろう? あの二人が受けるわけないだろうに」


「グレンさんもロレンツィオさんもずっと引退したがっていましたからね。でも俺が知る中ではお三方が一番人間的にも騎士としても優秀だったからなぁ」


「まあ、お前たち四人は優秀だから残りの三人分くらい補えるだろう。俺も十人揃わずとも良いと思っている。古い因習に縛られる必要はない。新しい風を通せ。聖騎士団にも、精霊教会にも」


 フラングールの視線を受けたヘンドリックスが、口の端をあげて笑う。


「もちろんですよ。大聖堂はまったく新しく生まれ変わる。それはオリヴィア様の悲願でもありますからね」


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