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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第187話 騎士として



「ヴァル兄さん!」


 アーノルドの瘴気を放つ剣を受けたヴァルターが、吹き飛ばされた。今のアーノルドの力は魔により増強されている。もとより剣技はヴァルターよりアーノルドの方が上だ。


 しかしヴァルターが吹き飛ばされる直前、瘴気はカーティスの炎によって威力を失っていた。


「兄貴。あんたに恨みはないんだ。引っ込んでてくれ」


 アーノルドの口から出た恨みという言葉に、ジルベルトの顔が歪む。その言葉はおそらくジルベルトに対して放たれた言葉だ。


「……兄さん」


「アーノルド……」


 ヴァルターを助け起こすために近寄ったライオネルとジルベルト、二人の視線を受けたアーノルドは、にたりと笑った。


「……ジルベルト……お前さえいなければ……」


「兄さん!」


「……負けるわけには、いかないんだ……俺には剣しかない!」


 ジルベルトへの攻撃を、カーティスが受ける。しかし受け流すことができずに、地面に痕を残しながら、後方へと飛ばされた。



「下がっていろ。カーティス、ジルベルト」



 剣を構えたジルベルトの前に、いつのまにやってきていたヘンドリックスの大きな背が立ちはだかる。


「ですが……これは俺たちの問題です」


「駄目だ。お前は聖騎士ではない。魔を祓うのは俺たちの仕事だ」


「ヘンドリックス……」


「すみませんね、ライオネルさん。いくらライオネルさんといえども許可できませんよ。俺にも聖騎士団団長としての責任てもんがあるんです。それに言ったでしょう? 俺以外ではアーノルドを魔として祓うしかなくなるって」


「そのつもりはない。お前に任せよう」


「父さん……」


「ジルベルト。聞き分けろ。魔に憑かれた人間を逃がすわけにはいかない。俺たちには魔を逃がすことなく今のアーノルドを倒すことは無理だ」


「……俺が責任をもって魔を祓いますよ」


「ああ……頼んだ。ヘンドリックス」


「団長」


 カーティスがヘンドリックスに声をかける。


「カーティス。殿下の警護を」


 ヘンドリックスの言葉に、カーティスが王宮を振り返る。そこには近衛騎士を連れたサミュエルの姿があった。


「まったく、王太子という自覚があるのかね。まあ、あるんだろうが、これは信頼されていると思えば良いのか?」


「団長、死なないでくださいよ」


「おい、不吉なことを言うな! まったくクリードといいお前といい……俺が負けるわけがないだろう」


「ですが相手はコア家の人間です。正直、俺には太刀筋を目で追うのもギリギリでしたよ」


「大丈夫だ。俺は騎士としてではなく、聖騎士として闘うからな」


 ヘンドリックスが一歩、アーノルドの前に出る。



「さあ、やろうか。坊ちゃん」



 ヘンドリックスの言葉には答えずに、アーノルドが剣を振りぬく。


「おっと……やっぱ早いな……」


 アーノルドと、アーノルドの剣を真正面から受けたヘンドリックスはそのまましばらく競り合っていたが、アーノルドの剣をヘンドリックスが跳ね上げる。そしてそのまま振り下ろしたヘンドリックスの剣を、今度はアーノルドが真正面から受ける。


「お前ごときに、俺が切れるものか」


「は! お前ごときか……。確かに剣の才能ではコア家の人間には適わないだろうな。だががなぁ。聖騎士はそれだけじゃねえんだよ!」


 一度離れた二人は互いの剣が届かぬ位置に距離を取る。


 アーノルドが剣を構え直しヘンドリックスに直進しようとしたところで、ごう、という音と共に地面から大量に浮き上がった土がヘンドリックスの周囲を固めた。


「……土の結界か? そんなもので俺の攻撃が防げると思っているのだとしたら随分とおめでたいな」


「ははは。おめでたいか。ライオネルさんにもよく言われたなあ、それ。やっぱりライオネルに似ているよあんた」


「俺が最も得意とする武器は、実は剣じゃないんだ。なあ、坊ちゃん。地の第二属性は何だっけ?」


 地の第二属性は【密】。目に見えてヘンドリックスの周囲の土の容量が減った。それらはどんどんと減り続け、それと同時に細長い尖った形状へと形を整えていく。


 アーノルドが我に返り攻撃を仕掛ける体制を取ったときには、すでにそれらは完成していた。


「槍を形成したのか……」


「そうだ。固いぞ、俺の槍は!」


 ヘンドリックスの槍がアーノルド目掛けて大きく振るわれる。攻撃を避けたはずのアーノルドは、巻き起こる風にあおられ吹き飛ばされた。


「そして重い!」


 飛ばされた先で地面に着地したアーノルドは、足元から突如飛んできた礫に全身を強打される。


「っぐ……!」


 眼球を守るために一瞬目を閉じたアーノルドを、ヘンドリックスの槍が襲う。気配を感じたアーノルドが寸でのところで避けるも、左肩を貫かれた。


「卑怯だとか言うなよ? 魔相手に躊躇していたらこちらがやられるからな」


「……そんなことは言わない」


 アーノルドが勢いよく後ろに下がると、槍が肩から引き抜かれた。


「……そうか!」


 ヘンドリックスは笑いながらアーノルド目掛けてまた槍を突き出す。突き出した槍を素早くひき、再度突く。その行動を繰り返しながら、ヘンドリックスはどんどんとアーノルドを追い詰めていった。


「……悪いなあ、アーノルド。人間としての意識がなかったら俺に勝てたかも知れないが……」


 アーノルドが大きく突き出されたヘンドリックスの槍を避けるため後ろに下がろうとするが、しかしそれは叶わなかった。いつの間にか行き止まりになっていたのだ。


 後ろを振り返ったアーノルドの目には、視界を覆い隠す大きな土の壁が映っていた。


「……なりふり構わず魔の力を使い俺に向かってくれば、お前は俺に勝てただろうに」


 ヘンドリックスの槍がアーノルドの身体の中央を貫く。大きく目を見開いたアーノルドの口から大量の血がこぼれた。


「結局、最後まで騎士としての自分に拘ったな。俺よりもよっぽど、騎士に向ているよ」


 アーノルドの身体を貫いた槍から黒煙が立ち上がる。


「魔が祓われたなら、もうお前が助かることはない……はずなんだがなぁ普通は。どうするよ? 当代の精霊姫ならお前を助けることは出来るぞ? 多分」


「助かるのか!」


 ライオネルは思わずヘンドリックスに掴みかかった。


「ライオネルさん……苦しいですって」


「ヘンドリックス! 本当に、アーノルドは助かるのか! 魔に憑かれた奴が、助かるのか!」


「……恐らく。ですがライオネルさん。これは特例です。これから先、すべての魔に憑かれた相手に同じことをするわけにはいかない。そしてできることなら、俺はこの事実をフィーラ様には知らせたくない。いくら精霊王のお力を自在に引き出せるとしても、身体にかかる負荷は蓄積されます。……お優しい方だ。失われた命が本当は救えたはずの命だと知ったら、どれほどお心を痛められるか……きっと己が差し出せるすべてで、失われる命を助けようとなさるはずだ。……どうする、アーノルド」


 ヘンドリックスの言葉に、ライオネルが押し黙る。ライオネルには同じ団長として、ヘンドリックスの言っていることがわかるのだ。


 助けられるかも知れない命。だがその命を救うためにはほかの命を差し出さなければいけない場面は確かにある。

 誰かを助けるためにお前が、命を、心を、差し出せと要求することは命の選別をしていることと同じだ。その誰かを助けるために、お前が犠牲になれと言っているのと同じだ。


 ヘンドリックスはそれを理解したうえで、アーノルドに選択を迫っているのだ。ヘンドリックスは優しいが厳しい。黙っていれば何の問題もないものを、あえて提示し現実を突きつけたうえで、アーノルドに己で選べとそう言っている。アーノルドを試しているのだ。


 ライオネルは父として怒ってもいいはずだった。それが許される立場だ。だが、ライオネル自身もアーノルドの答えを聞きたいと思ってしまった。


「……父さん。俺はこのままで構わない」


「アーノルド……」


 アーノルドの答えに、ライオネルは頭を垂れた。そして地面に倒れているアーノルドを抱える。


「……これ以上無様に生きるなどごめんだ」


 小さな、やっと聞き取れるような声でアーノルドが言った。


「アーノルド……騎士であろうとする者が、私欲のために誰かを傷つけるなどあってはならないんだ。それがたとえ、己の命を失うことになろうとも」


 ライオネルがアーノルドを見つめて顔を歪める。それはアーノルドに言った言葉だったが、己に対しての言葉でもあった。


「……わかってる……」


「お前は道を間違えた。……だが、俺の息子だ。どれほど愚かな奴でも、お前は俺の息子だ」


 ライオネルに抱えられたアーノルドに、ジルベルトが近寄る。


「アン兄さん……俺は兄さんと遊ぶのが好きだった。兄さんの剣が好きだった。兄さんを尊敬していた。……俺は今でも、兄さんのことが好きだよ。……俺だけじゃない、父さんも兄さんも、きっと家族みんな。兄さんのことが好きだ」


「……お人よしなんだよ、お前らみんな……。何が剣の鬼だ」


「兄さん……」


「……ジルベルト。俺のことは忘れろ。……お前の兄はここで死ぬんだ」


「アン兄さん……」


「……いい加減疲れたよ。この世界で、俺として生きるのは……」


 アーノルドはそのまま静かに目を閉じた。



「無理だよ、兄さん……。兄さんのことを、忘れられるはずがないじゃないか……」


 ジルベルトの悲痛なささやきに、ライオネルの脳裏に在りし日の三兄弟の姿がよみがえる。


 そう、忘れられるはずがないのだ。兄弟三人で、ライオネルの後を追いかけていた日々は遥か昔に思える。しかし、現実がどれだけ厳しく残酷であろうとも、幼い日、ともに過ごした日は確かにあったのだ。

 

 そしてライオネルもこの日のことを一生忘れないだろう。息子としてのアーノルドと、騎士としてのアーノルドの命を天秤にかけたこの日を。


 なりふり構わず、息子の命を助けて欲しいとヘンドリックスに縋りつかなかった己を、ライオネルは一生忘れないと決めた。



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