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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第186話 兄



 ジルベルトが王宮へと着くと、父と兄、そして一人の大男に出迎えられた。


「あれが聖騎士団団長のヘンドリックスさんだ、ジルベルト」


「聖騎士団団長……」


 ジルベルトは隣を歩くカーティスに視線を送る。


 家から馬車に乗ろうとした直前、カーティスが炎を纏い、ジルベルトの前に現れた。カーティスがジルベルトの護衛をしに来たと笑いながら言い出したときには何を言っているのかと思ったが、こうして父や兄、そして聖騎士団団長にまで出迎えられると、さすがに何かがあるのだと理解せざるを得ない。


 ジルベルトは父と兄の隣に立つ、黒髪の大男を見つめる。はじめて会う人物だったが、聖騎士団の団長と会うのはいささか気まずい。


 せっかく聖騎士に抜擢されたというのに、ジルベルトは自分の我儘で辞退をしてしまった。しかも抜擢された当日にだ。


 騎士科に移った当初は、ジルベルトも自分は聖騎士になるものと思っていた。だが聖騎士を目指す行動と、今の自分の心が上手く嚙み合っていないことに気づいてしまった。


 ジルベルトは騎士になりたかった。だが、それは本当に聖騎士のことを指しているのだろうか。そのことを自問し続けていくうちに、決定的なことが起った。


 己の記憶を書き換えられ、フィーラとの記憶をごっそりと隠された。その記憶を隠された己の頭の中には、なぜ聖騎士を目指すのかという指標は何も残されてはいなかったのだ。


 自分が聖騎士を目指すのはフィーラを護りたいから、ただそれだけのこと。これではフィーラ以外の者が精霊姫になったとき、ジルベルトはその精霊姫に仕えることができないのではないか。そのことに気が付いたジルベルトは、聖騎士になるという目標を失っていた。


 しかしジルベルトが思い悩んでいるうちに、次の精霊姫は決まり、ジルベルトも聖騎士に選ばれてしまった。


フィーラのことを護りたい。フィーラが精霊姫になるのならジルベルトのその想いは叶うことになる。


 だがここでもまた葛藤が起こった。聖騎士になると言うことは、ジルベルトはフィーラに仕えることになる。しかし、己が本当にフィーラに仕えたいのか、それがジルベルトにははっきりとわからなかった。


 護りたい相手。それは確かにフィーラだった。だが己が騎士として仕えたい相手、それは誰なのか。それを考えた時にジルベルトの頭に浮かんだのは、フィーラではなくサミュエルの顔だったのだ。


「皆外へ出て来たか。そりゃそうか、王太子殿下を危険にはさらせないからな」


 カーティスの言葉に、ジルベルトの心が即座に反応する。


「サミュエル殿下に何かあったのですか!」


 そんなジルベルトの姿を見たカーティスが、一瞬呆けたあとに苦笑した。


「ああ、違う違う。殿下には何もない。あるのは君だ、ジルベルト」


「……俺ですか? 俺の護衛をすると言っていたことと関係が?」


「すぐに主君の身の心配をするのか。やっぱり君は騎士に向いているな。それが聖騎士じゃなかったのは残念だけどな」


 カーティスの言葉に、ジルベルトは言葉に詰まる。


 ジルベルトを聖騎士候補へと推薦してくれたのはカーティスだ。カーティスに、フィーラに、エルザ、そしてサミュエル。


 沢山の人間が、ジルベルトが騎士を目指すことを肯定してくれた。その者たちのおかげで、今のジルベルトがあると言っても過言ではない。

 カーティスも皆もジルベルトの意思を尊重してくれた。それでも申し訳ないと思う気持ちはそう簡単に消えはしない。


「……すみません、カーティスさん」


「おい、謝るな。言っただろう。お前は闘う場所を変えただけで、俺たちと志を異にするわけじゃない」


「はい……」


 もしフィーラとサミュエルのどちらしか護れないという状況になったとき、今はまだ迷うかもしれない。しかし、ジルベルトがなりたいのは、聖騎士ではなく、近衛騎士だ。そのことにようやく気が付いたのだ。


 一度は諦めかけた夢を今もう一度追いかけているジルベルトは、今度こそ、己の正直な気持ちを欺きたくはなかったのだ。


 ジルベルトは、こちらに向かって立つ父の姿を見つめる。幼い頃から見ていた背中を、また追いかけたい。その気持ちを今度こそ、失いたくはなかった。


「ジルベルト、これからお前は騎士として試される」


「カーティスさん?」


「騎士として生きていくからには、見たくないことを見なければならないこともある」


「はい」


「いや、騎士だけに言えることじゃないな。生きていくためには、どんな人間だって、直視したくないことを、眼前に突き付けられるときはいつかやってくる」


「はい」



「構えろ、ジルベルト」



 カーティスの言葉に、ジルベルトの身体が反応する。臨戦態勢を取ったジルベルトの頭上に影が差した。


「ジルベルト!」


 大声で叫ぶ兄の声が聞こえたが、ジルベルトがそちらを見る余裕はなかった。頭上からの衝撃に巻き上がった土煙が、ジルベルトの視界を隠す。


 しばらくして晴れた視界の先には、こちらを睨みながら立つ、アーノルドの姿があった。


「……兄さん」


「久しぶりだな、ジルベルト」


「……アン兄さん」


 ずっと行方知れずだった兄、アーノルドがジルベルトの目の前にいた。


 アーノルドとは、この六年間ほぼ会っていない。たまに遠くから見かけることもあったが、それだけだった。ジルベルトの思うアーノルドの姿は、六年前のまま止まっていた。


 六年前よりも精悍な顔つきになったアーノルドは、しかし当時の面影も変わらず残していた。ジルベルトは懐かしさとともに、罪悪感も思い出す。


 しかし兄は手に剣を持っている。王宮内にいる人間は、国に登録されている騎士以外、むやみに剣を抜いてはならない。もし剣を抜いた場合は、その人間は討伐対象とされる。


 聖騎士であるカーティスと、国が運営する学園の騎士科の生徒であるジルベルトはその対象にはならない。しかしアーノルドは今、明らかにジルベルトたちにとって討伐対象にあたる人間だ。


「何だ、聖騎士もいるのか」


 アーノルドはカーティスの姿を認め、何でもないことのようにつぶやいた。実際、今のアーノルドには聖騎士とて脅威ではないのだろう。


 ジルベルトと同じく、六年間剣から離れ文官をしていたはずのアーノルドだったが、まるで現役の騎士のような身体つきをしている。六年間、ずっと身体を鍛え続けていたのか、あるいは、今の兄の状態と関係しているのか。


「あまり驚いていないな。まあ、自分のしたことはわかっているだろうからな」


 カーティスの言葉に、アーノルドが口の端をあげる。カーティスとアーノルドに面識はないはずだが、カーティスの口ぶりからすると、明らかにアーノルドのことを知っている。

 

 アーノルドにはある嫌疑がかかっている。ニコラス・ソーンを牢から逃がした罪。このことは前夜祭の夜、あの場にいた者たち以外には数人しか知らないことだ。もちろん、大聖堂にも精霊教会にも知らされてはいない。


 それでもカーティスは兄のことを知っていた。それは兄が犯したであろう罪はニコラスのことだけではないということになるのだろう。


 ジルベルトはじわじわと湧き上がってきた嫌な気配に、わずかに眉を顰めた。


「……やはり失敗したのか……」


 アーノルドのつぶやきを、ジルベルトの耳が捕らえた。同じくカーティスも。


「勘づいていたのに、ここへ来たのか?」


「ここへ来なければ、俺にはどこへも行くところなどない。もとより、あいつらの計画になど興味もなかった。俺はただ力さえ手に入れば良かったんだ」


 アーノルドが己の握り締めた拳を見つめる。


「そうか。まあいいんじゃないか? 力を求めて魔に縋ったからと言って、精霊に力を借りている俺にはお前のことを否定出来ないしな」


 カーティスの言葉に、ジルベルトが目を見開く。


 兄の変わりように、最初から嫌な予感はあった。上からの攻撃は、人同士の戦いではあまり想定されない事態だ。あの土埃は、恐らくアーノルドが立てたもの。兄は成人男性四人分はあろうかという城門を、身体一つで超えて来たのだ。


「聖騎士も案外人が良いな」


 アーノルドが皮肉を込めて笑ったところで、ヴァルターがアーノルドとジルベルトの間に割って入った。


「ヴァル兄さん……」


「兄貴も久しぶりだな……。元気にしていたか?」


 アーノルドは本心から懐かしそうに、目を細めて笑った。長兄のヴァルターと、次兄のアーノルドは仲が良かった。それこそ、歳の離れたジルベルトよりも、よほど近しい存在だったはず。


「アーノルド……」


「だが、邪魔だ」


 言うや否や、アーノルドがヴァルターに向かって剣を振りかぶった。


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