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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第185話 過去との対面



「聖騎士団団長に出向いてもらうなど、光栄だな。ヘンドリックス殿」


 目の前にたつ大男――ヘンドリックスに向かって、椅子に深く腰掛けたまま、サミュエルが微笑む。


 フィーラがステラを救い出してから、すでにもう一人の精霊王の脅威はなくなった。カナリヤは何も言わないとフィーラは言ってはいたが、きっともう二度とヘンドリックスがあの精霊王と会うことはないだろう。とはいえ、まだ懸念はあった。

 

 リディアス、マークス、ステラ。この三人はその場で身柄を押さえ、今は沙汰を待っている状態だ。連判状に名のあったウォルク・マクラウドも、すぐに騎士たちが身柄を押さえに向かい、同じように沙汰が下るまで蟄居となっている。


 しかしリーディアと、連判状に名はなかったが、ニコラスを逃がし行方知れずとなっているアーノルドはまだ捕まってはいない。


 そのアーノルドに動きがあったと、フィーラを通して精霊王から伝えられたのが昨日のこと。

居場所を特定しこちらから出向くと言う手もあったが、相手は魔によって強化された才能ある剣士。追い詰めることで被害が大きくなることを防ぐために、自ら姿を現してもらうことになった。



「何。私用で出向いたまでですよ。ライオネルさんは俺の先輩でもありますから」


「一人でここへ?」


 ヘンドリックスの他には誰もいない。私用に部下を巻き込むわけにはいかないからだ。


「ははは。私に護衛は必要ありませんからね」


 聖騎士団団長であるヘンドリックスは大抵の者になら負けることはない。近衛騎士団団長のライオネルでさえも、真剣にやりあったら勝てる自身はある。しかしその場合ヘンドリックスは聖騎士として対峙することが条件だ。

 

 そもそも聖騎士と騎士では精霊の力が使えない分、騎士の方が不利であるし、闘い方も異なる。さすがの剣鬼も、精霊の力には適わないだろう。


「しかし、ジルベルト君は残念でした。腕は十分。精霊とも相性がいい。そして何より、当代の精霊姫に信頼されている。おしい人材を逃しました」


 ヘンドリックスはサミュエルの傍に控える焦げ茶色の髪に金色の瞳の、鋭い目つきの壮年の男を見つめる。男の隣にはよく似た面差しの、黒髪に青い瞳の青年が控えていた。




 カーティスを通して、ジルベルトが聖騎士を辞退する旨を聞いたのは、つい先日のことだ。

 

 フィーラが信頼する者を手放すのは惜しかったが、それが本人の意思であるからには仕方ない。


「本人が選んだことだ。周囲があれこれ言っても仕方あるまい」


「そりゃ、近衛騎士団としては何の文句もない、むしろありがたいことでしょうからね」


 本人が選んだこと。ライオネルの言い分はもっともだし、実際ヘンドリックスもそう思っている。だが、ライオネルの表情に隠しきれない喜びを見つけ、ヘンドリックスはつい思っていたことを口に出してしまった。


「ふん。お前が聖騎士に抜擢されたときも、こちらは快く送り出してやったんだ。あの時の恩を今返したと思えばいいだろう」


「いやはや、それを言われると弱いですね」


 ヘンドリックスは聖騎士となる以前はティアベルトの近衛騎士団に所属していた。聖騎士に空きが出た際、現役の聖騎士に見いだされたのだ。


「それで。ヘンドリックス殿。貴殿は今日本当に私用で来たのだろうか?」


「おや? 何か疑わしいことでも?」


「貴殿を疑っているわけではない。だが今のティアベルトはまだ安寧を得たとは言えないからな」


「精霊姫は無事交代しました。何も憂える必要はありませんよ」


「精霊姫は確かに重要な存在だ。しかし世の些末な物事にまで、関わってくれるわけじゃない。そうだろう?」


「まあ、そうですね。だから代わりに私が来たとも言えるのですが」


「代わりに……?」


 サミュエルの言葉に、ヘンドリックスは片方の口の端をあげる。


「アーノルド」

 

 ヘンドリックスの口から出たある人物の名前に、ライオネルが僅かに反応した。


「いまだ居場所が分からないそうですね」


「ああ。しかしそれがどうした?」


「どうしたもこうしたも。アーノルド・コアは当代の精霊姫と先代の精霊姫お二方に害を成した者たちの一味です。こちらもアーノルドのことは探しているのですよ」


 ヘンドリックスの言葉に、黒髪の青年が俯く。どうやら唇を噛みしめているようだ。ヘンドリックスに彼らを責めようと言う気持ちは微塵もなかったが、結果的にはそうなってしまった。


「そのことが、今日ここへ来たこととどう関係がある」


「アーノルドは恐らく魔に憑かれています。しかもその魔は精霊で言うところの上級精霊のようなものです」


 ヘンドリックスの言葉に、サミュエルを覗いた全員の表情が強張る。


「上級精霊と同等の力を持つ魔に憑かれているというのか? アーノルドが?」


 低い声を一層低くし、ライオネルがヘンドリックスを睨みつける。


 魔に精霊と同じような階級があるという事実は、すでに各国の騎士団には知らされている。魔と対峙する際、情報を持っている場合といない場合とではとれる行動も異なってくるからだ。


「ええ。コア家の者に魔が憑くなど、まるで悪夢のようでしょうね。ですが闇雲に周囲に害をなす下級ではなくて良かったかもしれません。しかしまあ、上級ということはいくら感情を刺激されていたとしても、ちゃんとアーノルド自身の意思があったということになってしまいますが」


 憑かれた魔が下級ならアーノルド自身の意思ではないと言い逃れが出来たかもしれないが、上級ではそれも出来ない。


「例え魔に憑かれていたことが原因だとしても、アーノルドがしてきたこと、その事実はなくならない」


 ヘンドリックスに向き合うライオネルの視線はぶれない。きっと本心からそう思っているのだろう。


「アーノルドがあちら側に下った理由。その理由に、ライオネルさんは思い当たることがあるのでしょう?」


 ヘンドリックスの問いに、ライオネルは答えない。しかしその表情を見れば答えは聞かずとも明らかだった。


「……今日、ここへアーノルドが来る。そう言うことか? だから貴殿が来たのか?」


 何も言わずに微笑むヘンドリックスにサミュエルが息を吐く。


「……ライオネル。今日はこれからジルベルトが来ることになっていたな」


「……はい」


「大丈夫ですよ。俺の部下を一人ジルベルトの元へやりました。それに、アーノルドの用がある相手はジルベルト一人ではないでしょうからね」


「ヘンドリックス……俺とジルベルトを囮に使う気だったのか? ここには殿下もいるのだぞ」


 ライオネルの額に青筋が浮かぶ。


「人聞きが悪いですね。今のアーノルドはかなり手強いんですよ。向こうから出向いてい来るところを待ち受けなければ、動きを捉えることは難しい。それに……彼が魔の力を望むほどに成し遂げたいことがあるのなら、それを叶えてやろうと思いましてね。彼を魔として祓うのは簡単ですが、人として扱うならば、ほかに道はない。もちろん、殿下のことはちゃんとお護りしますよ。フィーラ様の従兄殿でもあらせられますのでね。すでに殿下には精霊王から預かった護りをつけてあります」


「……お前は昔から食えない奴だったな。おどけたような、人の良さそうな容貌をしているくせに、考え方は恐ろしいほど合理的だ」


「容貌は関係ないでしょう。ですがそこが気に入っていたのでしょう? ライオネルさんには良くしていただきましたからね。だから俺が自ら出向いたんですよ。他の奴では魔に憑かれたアーノルドを抑えられるかわかりませんからね」


 コア家の人間であるアーノルドは、ジルベルトほどではないが剣の才が突出している。ほかの聖騎士が相手をしたら、死人が出ることもあったかもしれない。あるいは数人がかりで問答無用で祓われることになっていただろう。


 しかしそれは人としての扱いではなく、魔としての扱いだ。だがヘンドリックス相手ならば、アーノルドは剣士として逝くことが出来る。


 ヘンドリックスの言葉から言外にそのことを感じとったのだろう、ライオネルは浅く瞼を降ろした。


「ヴァルター……」


「はい」


 ライオネルにヴァルターと呼ばれた青年が俯いていた顔をあげる。


「そろそろジルベルトが来る時間だ。迎えに行こう」


「……はい」


 ライオネルはサミュエルに一礼し、同じように礼をしたヴァルターを連れ部屋から出て行った。


 アーノルドが来ると分かった以上、いくら護りがついているとはいえ、王太子であるサミュエルがいる場からは去らなくてはならない。


「貴殿は行かないのか?」


「もちろん、行きますよ。でもその前に殿下にひとつ言付けを」


「言付け?」


「オリヴィア様からです。今までフィーラ様を護ってくれてありがとう、と」


 ヘンドリックスの言葉に、サミュエルが虚を突かれたように目を見開く。


「自分のせいであなたにいらぬ悩みを与えてしまったことを、オリヴィア様は悔やんでおられます」


 サミュエルが幼い頃にオリヴィアの話を聞いてしまったせいで、サミュエルとフィーラの運命は変わってしまった。オリヴィアの話では、フィーラは最後までサミュエルの婚約者候補のままだった。

 だからこそ、己の知っている未来とは別の未来を掴むため、サミュエルはフィーラからの婚約の辞退を受け入れたのだろう。


 恋愛ごとに疎いヘンドリックスでさえも、この王太子がフィーラを大切に想っていることはすぐにわかった。


 大聖堂へと駆けつけてきた際の緊張した表情にも、フィーラと無事会えてからのほっとした表情にも、どれも些細な表情の変化だったが、そこにはフィーラへの思いやりが溢れていた。


 ずっとステラ・マーチをそばに置いていたのも、フィーラに何もさせないようにと、見張っていたためだろう。


「だがそのおかげで、護ることができた。いや……本当に護ることができていたのかは分からないな。しかしこれからは、貴殿たちが護ってくれるのだろう?」


「もちろんですよ。聖騎士のすべてが、命を懸けてあのお方をお護りします」


「なら、それでいい」


「……損な役回りですね、あなたも」


 ヘンドリックスの言葉を聞いたサミュエルが、わずかに口の端をあげた。


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