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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第181話 夢の終わり



 ステラが目を覚ますと、そこにはリディアスとマークスがいた。そしてそれを取り囲むように立つ複数の人々。


 その中にはカーティスもいた。そして黒髪の大男と砂色の髪の男はどこかで会ったことがある。

 人々の着ている制服には見覚えがあった。これは聖騎士が着る制服だ。黒と白を基調とした、騎士服。ではここは大聖堂なのだろうか。


「リディアス……何なの? どうなっているの?」


 目が覚めたら、このような状態だ。何故ステラが大聖堂にいるのか。もしかしたら、ステラは精霊姫として認められたのだろうか。


「ステラ……ごめんね」


「え?」


 リディアスが申し訳なさそうに言ったその言葉に、ステラは首を傾げる。よく見るとリディアスとマークスの後ろには二人ずつ聖騎士が立っている。まるで二人を逃がさないよう見張っているかのようだ。


「リディアス……どうしたの? 何があったの?」


「お嬢さん……君は先ほどのことを覚えていないのかな?」


 黒髪の大男が、眉を顰めてステラを見つめる。睨まれているのかと思ったが、すぐにそれは違うと気づいた。男の表情には憐憫が見て取れる。ステラは憐れまれているのだ。


「……さっきのこと?」


 ステラは目覚める前のことを思い出そうとする。確か、フィーラが精霊姫になったことについて異議を申し立てると、リディアスとマークスに説得され、大聖堂へとやってきた。そして部屋に通され聖騎士が対応してくれたのだ。


 ステラはそのときいた人間の中に、黒髪の大男と砂色の髪の男がいたことを思い出した。


 リディアスが話をして、そしてステラは何かを頼まれたのだ。そこから記憶が無くなっている。だが、何を頼まれたのか思い出せない。


「私……リディアスに何か頼まれたところまでは、覚えているわ」


「それ以外のことは?」


「それ以外?」


「なぜ精霊姫の選定のやり直しなど望んだのですか?」


「え? だって……フィーラが精霊姫なんておかしいわ。あの子は悪役なのに……」


「悪役? フィーラ様が?」


「え? ええ……だって、それが本当のこの世界で……フィーラはいつも、私に意地悪を……して……?」


 本当にそうだろうか? ステラは自分の言葉に確信が持てずに、無意識に首をかしげる。


「……そうか。やはり記憶に混乱が起きているな……自らが精霊姫にと望む相手に、干渉していたのですか? 王太子殿下」


 ヘンドリックスがリディアスを睨む。さきほどのステラに向けるものとは違い、獰猛な獣のような鋭い瞳だ。その瞳を見たステラは身震いをした。


「……ステラは純粋だが、それゆえ無知だ。優しいが、その優しさが、目的のために必要な行動を躊躇わせる。だから……」


「だから傀儡にしてしまえば良いと。そういうことですかな」


「ステラのためだ……」


「君も同じ意見か? マークス・フェスタ」


「……精霊姫とは、精霊王のための依り代です。本来ならそこに精霊姫自身の意思など必要ありません」


 マークスはいつも通りの微笑みを浮かべヘンドリックスに答える。


「そうか。それはフェスタ家の総意か?」


「少なくとも、僕も父も精霊教会と人々のためを思い、行動していますよ」


「まあ、あなたたちの真意がどうあれ、今回の異議申し立ては無効となった。異議の理由が精霊王が偽物だということなら、そちらが示した証拠としての精霊王こそ偽物だったのだからな」


 黒髪の男の言葉に、ステラは驚く。今回の異議申し立てはあくまでフィーラでは精霊姫に相応しくないからという理由だったはずだ。だが今男は偽物の精霊王と言った。


「ねえ、リディアス……」


 ステラがリディアスにどういうことか聞こうと思い声をかけたが、リディアスはそんなステラの声を無視し、視線さえ合わせようとしない。


「……では異議は取り下げましょう。これで僕たちは帰して貰えますね」


 リディアスが後ろを振り返り、己を見張る聖騎士を見る。


「ええ。ひとまず。ですが、これは特例の措置であることはご了承ください」


「……どういうことかな?」


「ひとまず、お三方にはお帰りいただけますが監視を付けます。学園には戻らないでください。リディアス殿下は大聖堂から直接テレンスの王宮へ、マークス殿は……フェスタ家と精霊教会、どちらがいいですか? ステラ様はマーチ伯爵家、と言いたいところですが、万が一また精霊王を降ろされても困りますからね。……まあ、もうないとは思いますが、しばらくはこちらで過ごしていただきます。そして後日正式な処遇を大聖堂から通達いたします」


「……異議は取り下げた。もうそれで済んだだろう」


「精霊王が味方についたと思い込んで、慢心いたしましたか? 精霊王への理由なき懐疑は不敬罪に当たります」

 

「疑うことすら許さないと言うのかい?」


「いいえ。ですが、今回は別です。……精霊王の姿を見ることは、民には適いません。だからこそ疑いの心も起こる。家で、飲みの場で、それを言うのならば構いません。ですが、あなたたちははっきりと大聖堂へとその疑いを申し立ててしまった。それが本当のことならば一大事です。だからこちらも無下にすることなく検証する姿勢を示したし証明する機会も与えました。結果はこの通りですがね」


「だが……! 連判状にはあくまで精霊姫への異議申し立てしか書かれていない!」


 リディアスの言葉に、砂色の髪の男が畳んだ書類らしきものを掲げる。


「確かに、ここには精霊王のことは書いてありませんね。しかしそこは大した問題ではありません。相手が精霊王ではなく精霊姫だとしても結局は同じことです。王家とてそうでしょう。もしあなたのことを偽物の王太子だと言う輩が異議申し立ての書状を出し、王宮まで乗り込んできて、それを証明することができなかったら……あなたの国はその輩をみすみす無罪放免とするのですか?」


 砂色の髪の男がリディアスを責める。リディアスの表情から余裕がなくなったことに気づき、ステラの胸の鼓動は早まった。


「リディアス……私……」


 自分の声が震えていることに、ステラは気づいた。リディアスの顔を覗くと、同じようにリディアスがステラの顔を見つめる。


「……やっぱり、駄目だったか」


「……リディアス?」


「ごめんね、ステラ。君が精霊姫になってくれれば嬉しかったのは本当だよ。でもやっぱり君に精霊姫は無理だったね」


「リディアス……」


「世界は僕たちに微笑んではくれない。わかっていたんだ、本当は。それでも、見返してやりたかった。君を巻き込んでも、成し遂げたかった」



 切り捨てられたのだとわかった。ステラはリディアスに見放されたのだと。



 リディアスはステラのことを精霊姫に相応しいと言ってくれた。その言葉を信じたから、リディアスの助けになれるのならばと、頑張ってきたのだ。


 だがステラの頑張りなど、リディアスにとっては何の価値もなかったのだ。


「僕は王太子を降ろされるだろうね。きっと父上は大喜びだ」


「リディアス……」


「ステラの処遇はどうなるのかな? この子は何も知らなかったんだ。僕たちの言葉に従っただけだよ」


「リディアス!」


「ステラ。もう終わりだ。巻き込んでごめんね」


 リディアスがステラに向かって微笑む。その微笑みはいつものそれとは違い、おざなりなものだった。もうステラには演技すらしてくれないということなのか。                


 リディアスの表情から、ステラは本当に何もかもが終わったことを知る。


 さきほど黒髪の聖騎士は、ステラたちには監視がつくと言った。


 学園には戻さないと言っていたので監視が付いたその姿を学友に見られることはないが、それでも監視対象にされることがいかにまずいかということくらい、ステラにもわかる。


 権力に監視対象とされるということは、前世と同じくステラは犯罪者、あるいはそれに追従する者として見られているということだ。


 血の気が引いたためかステラの目の前が暗くなった。ぐらりと傾くステラの身体を、そばにいた聖騎士が支える。そのときにステラは自分を見つめる視線に気づいた。


 視線の元に向けて顔をあげると、そこにはカーティスがいた。


 カーティスが学園の教師を辞め、聖騎士に戻ったことはリディアスから聞いていた。


「立てるか」


 カーティスがステラに声をかける。その声に優しさが滲んでいたのは、きっとステラの気のせいではないだろう。


「先生……」


 ステラの瞳から一筋の涙が流れる。


 過ぎた望みを抱いたりしなければ、ステラは今頃ただの学園の生徒だった。騎士科の教師であるカーティスとは接点はないだろうけれど、すれ違ったとき、食堂で会ったときなど、声をかけることだってできたのだ。


 普通の生活を選ぶことだってできたのだ。

 

 ステラを見たカーティスが、表情を曇らせる。


「あまり手荒にしないでくれ。彼女はまだ学生で、候補の一人でもあったんだ」


 しかしカーティスはステラの腕を取る聖騎士に声をかけてはくれたが、ステラを助けてはくれなかった。


 そのことがいよいよステラに現実をつきつける。だが、本当に、本当にこれで終わりなのだろうか。


「助けて……フィーラ……」


 ステラは我知らず、救いを求めてつぶやいていた。


「お嬢さん、君がその名を呼ぶのか……?」


 黒髪の聖騎士の言葉に、ステラの身体が震える。今自分が口に出した言葉が信じられなかった。それでも、今誰かに助けを求めるとしたら、フィーラの名以外浮かばない。


「うう……フィーラ……フィーラ……」


 まるで幼い子どものように、母を呼ぶ子どものようにステラは泣いた。


「……連れて行ってくれ」


 黒髪の聖騎士が命じると、聖騎士たちが座り込んでしまったステラを立たせる。


 リディアスとマークスに続き部屋を出たステラの視界の端に、人影が映った。黒と白の騎士服。聖騎士の制服だ。よろよろと顔をあげたステラが見たのは、ディランと、ディランに護られるように立つフィーラの姿だった。


「フィーラ……」


 白金の髪に、青緑の瞳。美しい、まるで天使のような無垢な少女。


 どうして自分が精霊姫になれるなどと、思ってしまったのか。


 精霊姫のことも、ディランのことも、今はもう、ステラの心の中には諦めの気持ちしかない。そのはずなのに、


「ステラ……」


 リディアスに名を呼ばれた瞬間、ステラの中に形容しがたい感情が湧き上がってきた。


 嫉み、憧れ、憎しみ、愛情、恐れ、怒り。様々な感情が一気に膨れ上がった。


「何で……!」


「ステラ!」


 リディアスの制止の声も聞かずフィーラに向かって身体を突き出すステラに、聖騎士たちが一斉に剣を向ける。


 そして、ディランがフィーラを抱き抱えるように己の近くに引き寄せた。


 その姿を見たステラは、心の限り叫んでいた。


「……どうしてぇ‼」


 リディアスに切り捨てられたステラに、護られるフィーラ。ステラはどうやったって、選ばれない。その事実に心が打ちのめされた。


 掠れた悲痛な叫び声に、その場にいた全員がステラを見る。その瞳には、驚愕が、嫌悪が、憎しみが浮かんでいた。でもたった一人、


「ステラ様……」


 美しい瞳を見開き、ステラの名を呼ぶフィーラ。その瞳にはステラへの嫌悪の欠片すら見つからない。あるのは悲しみ、そして同情だ。


 その瞳を見たステラの心に、喜びと同時に、絶望が湧き上がった。


 フィーラはステラを憎んではいない。だが、ステラはフィーラにもディランにも、相手になどされていなかった。

 リディアスも、マークスも本当にステラのことを想ってくれていたわけではなかった。


 ステラだけが、嫉んで、嫌って、頼って、縋って、まるですべてがステラの独り相撲だ。


 そう思った瞬間、声にならない叫びが、ステラの全身を駆け巡った。ステラの瞳の奥に浮かんだ小さな光が、どんどんと光量を増していく。


 そしてステラの身体からあふれ出したのは、夜さえも包み込むような、漆黒の闇。


 その濃さ故、空間を分断するかのように流れ出た闇は、ステラを中心にどんどんと大きく広がってゆく。



 ステラの全身は、あっという間に闇へと沈み込みこんでいった。




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