第180話 本当の記憶
5月からは投稿時間を22時から21時に変更します。
精霊王が降りたステラの身体から光が放たれた瞬間、リディアスは昔のことを思い出した。
リディアスがはじめてステラに出会ったのはカラビナの王宮、そう思っていたが、それは偽りの記憶だったのだ。
ステラに初めて出会ったのは、もっとずっと前。リディアスが幼い頃のことだ。
当代の精霊姫はリディアスの国、テレンスから出ている。そのつてもあり、幼い頃、リディアスはよく大聖堂へと遊びに来ていた。王宮に自分の居場所がなかったということも大きい。
それに、ここへ来ればサーシャやウォルクなど、同い年の顔なじみの子どもに会うことも出来た。王子であるリディアスはしかし将来己の臣下となるであろう、同年代の子どもたちとの接触を禁じられていた。
父はきっと将来弟を王太子とするために、リディアスが己の味方を作れないようにと考えていたのだろう。
ある日、いつもの通り大聖堂へと来ていたリディアスは、同じく伯母を尋ねてきていたウォルクを見つけ大聖堂内を見学していた。大聖堂内をうろつくうちに、精霊姫であるオリヴィアが誰かと話しているところに出くわした。そしてリディアスはその内容をウォルクとともに聞いてしまったのだ。
この世界はこことは異なる世界の神が創った世界で、この世界に生きる者たちの運命はすでに決まっているのだと。だが二つある世界のどちらかを選択することができ、その選択如何によってはその者たちの運命も変わるらしい。
オリヴィアは表と裏と呼んでいたが、表の世界ではリディアスは父の策略によって王太子の座を降ろされるらしい。
その話を聞いた時は、やはりという思いと、どうしてという思いが同時に湧き上がってきた。
そしてどうやら反対に裏の世界では、父の策略がバレ、リディアスはそのまま王太子として残れるようだ。別に王太子の座に未練などなかったが、父の思惑通りに事が進むのは面白くなかった。
隣にいるウォルクを見るがどこか上の空だ。ウォルクの運命は裏と表で好いた女性と添えるか添えないかというリディアスにしてみればとても些細な問題だったが、それでもウォルクには仲間意識が芽生えた。
話の主人公、ステラがいるであろうカラビナに行ってみたのは、ほんの気まぐれだった。
ステラという女の子が本当にいるのかすらわからないなか、ただただ、好奇心に従い、リディアスはステラを探した。それは一種の逃避行動だったのかもしれない。
花で賑わうカラビナの首都を、数人の護衛だけを連れて歩きまわった。王子であるリディアスがそんな自由な行動を許されていたのも、父から何も期待されてはいなかったからだ。
リディアスの味方であったはずの祖父も、父に遠慮をしてか、リディアスの境遇にはあまり口を出してこなかった。
しばらく街を散策し、ある花屋の前で、話に聞いていた通りの女の子を見つけた。
亜麻色の髪に、空色の瞳、嬉しそうに両親を見上げて笑う女の子に、リディアスは見惚れた。
屈託のない笑顔、両親に対する純粋な好意。リディアスでは持ちえないそれらを持っている女の子。
とくとくと脈打つ心臓を押さえ、護衛に少し離れていてもらうよう頼み、リディアスはステラに声をかけた。
子ども特有の寛容さですぐにステラはリディアスを受け入れてくれた。
仲良くなった二人はステラの家が持っている花畑に遊びに行った。もちろん、護衛は離れてついてきてはいたが、こどもらしく遊んだことの少ないリディアスにとって、ステラとの時間はこれまでの人生で一番楽しく、暖かな時間だった。
しかし、その幸福な時間はすぐに壊れてしまった。なぜかステラがいきなり泣き出してしまったのだ。
ステラは大きく目を見開いたかと思うと、まるで身を裂かれるような悲鳴を上げた。
幼い身体は大きく震え、空色の美しい瞳からは涙がとめどなく流れてきた。
その声を聞いたリディアスの護衛たちが駆け付けてきたが、ただ泣き叫ぶだけの幼い少女にどうすることも出来ずに、それ以上近づくなというリディアスの制止に従い、少し離れた位置にとどまった。
幼い二人の子どもと、二人を囲む数人の姿の大人。それは傍から見たら異様な光景だったろうが、さらに異様だったのはステラの叫ぶ言葉の内容だった。
およそ幼い子どもが体験したとは思えないほどに、ステラの放つ言葉は異様だった。死ぬのは嫌だ。怖い。助けて。どうして私が。誰か助けて。
その頃にはすでに王太子として扱われていたリディアスには、光の守護精霊がついていた。光は隠されていた感情に光を当て、増幅させる。
もっと優しくして。怒らないで。ちゃんと私を見て。お願い愛して。
ステラの剣幕に、およそ異様な光景など見慣れているだろう騎士たちでさえ、気味悪がり、顔色を悪くしている。
まだ幼かったリディアスは光の精霊の特徴を把握していなかった。まさかリディアスの守護精霊のせいで、ステラの感情が爆発したなど、そのときはまったく思ってもいなかった。
そして、ステラがなぜ急に泣き出したのか、そのことも当時のリディアスには分からなかった。
今思えば、ステラはその時にはすでに前世の記憶を思い出していたのだろう。その記憶の中にある感情を増幅されたのだ。
そして、同じように、ステラのそばにはすでに闇の精霊がいた。
光と闇は表裏一体。どうしても惹かれ合い、互いの力も増幅させる。水と土、火と風。相性の良い精霊同士はそばにいることで互いの力を増幅させるのだ。
だが、こと光と闇に関しては、その相乗効果が裏目にでることがある。相性が良く。相性が悪い。それが光と闇の精霊の力の特徴だ。
泣きじゃくる女の子を助けたくて、当時のリディアスは必至だった。
「……そんなにつらい記憶なら、忘れてしまえばいいんだよ」
リディアスの言葉を聞いたステラが、大きな瞳をぱちぱちと瞬かせる。それでもあふれ出る涙は止まらない。
泣くほどに辛い記憶なら、忘れてしまえばいい。父にも、母にも愛されなかった記憶など、忘れてしまえばいいのだ。
闇と光の精霊が二人の気持ちに答えて点滅する。
結果、リディアスの光の精霊と、ステラの闇の精霊。リディアスの想いと、ステラの想いと、リディアスとステラを想う互いの精霊の想いが重なり、精霊同士が互いの力を最大限に発揮させる結果となってしまった。
泣き止んだステラに、すでに今までの記憶はなかった。そしてリディアスはステラとの記憶を失っていた。
その後二人は気を失い、倒れ、護衛騎士たちによって運ばれた。護衛騎士たちにも精霊の影響は及び、何故この場所にいたのか、何故リディアスとこの少女が一緒に倒れているのか不明のまま、それでも倒れた二人を助けようと動いてくれた。
曖昧な状況と曖昧な供述から、当時の護衛騎士たちは処分されてしまったが、精霊の関与を疑った賢明な臣下によって、一人の精霊士が呼ばれた。
その精霊士が当時まだ精霊教会に入ったばかりのマークス・フェスタだった。そこからリディアスとマークスの付き合いが始まったのだ。
そして同じようにオリヴィア・コンスタンスの予言を一緒に聞いていたウォルクを巻き込んで、リディアスのこの世界に対する復讐ともいえない復讐は始まった。
幼い頃の記憶を思い出した今、ステラに対して抱いた淡い気持ちも思い出した。そのすべてを、リディアスは今まですっかり忘れていたのだ。
ステラへの気持ちも、ステラを助けたいと望んだ想いも忘れ、自らの光の精霊によって増幅された、父への恨み、自らの孤独な心のみに捕らわれてしまった。
この事態はその罰なのかもしれない。ステラが精霊姫になることは叶わず、おそらくリディアスも王太子の座を降ろされるだろう。結局は父の思い通りになってしまった。
それでも、ステラだけは何とか罪を軽くしなければならない。誰でもこうなってほしいという願いや、嫌なことは忘れたいという思いは持っている。
ほとんどの場合は心の内で思うだけだが、しかしリディアスと精霊たちがステラのその願いを無理やりに叶えてしまった。
リディアスがステラに会いに行ったりしなければ、ステラは今もあの花畑で笑っていたかもしれないのだ。
最終話までの予約投稿が完了しました。完結は5月12日21時を予定しております。
テンプレで始めたはずが気づけば道を逸れまくり、リアルタイムでの投稿の難しさを痛感した作品です。色々と勉強にもなりました。課題は残りましたがとりあえず完結だけはできそうですので、あとは安心してお読みください。
*完結までまだ時間があるのですでにおわかりかと思いますが、ステラたちとの決着がついても、もう少しだけ物語は続きます。




