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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第173話 目指した者は



「あれ? ジルベルト」


「ああ……テッドとエリオットに聞いて……。具合はどうだ」


 どうやらジルベルトはエルザが医務室で処置を受けていると聞き、訪ねて来てくれたようだ。


 ジルベルトは不愛想ながらも、いつもエルザのことを気にかけてくれる。普段女性だということを煩わしく思っていたエルザだったが、ジルベルトからの心配は素直に嬉しかった。


「ん……大丈夫。ちょっと痛めただけだから」


 エルザは診察台に腰を降ろしたまま、医師から手渡された上着を羽織る。


「しかし、本当にびっくりだよね。みんな聖騎士候補になってまだ半年も経っていないのに。私なんて三か月も経っていないんだよ? さすがにちょっとこれからのことが心配だよ」


 


 聖騎士候補十二人の中から六人は選ばれた。その中にエルザも入れたのは奇跡としか言いようがない。


「……大丈夫。現役の聖騎士の中にはカーティスさんも含め知り合いがいるだろう」


「まあ、そうだよね。でもジルベルトやテッドさんが一緒にいてくれて良かったよ。エリオットはちょっとむかつくけどさ」


 エルザが診察台から立ち上がろうとすると、ジルベルトがエルザの名を呼んだ。


「エルザ」


 エルザの名を呼んだジルベルトの声があまりに真剣だったため、エルザはそのまま立ち上がる機会を逃してしまった。ジルベルトだけ立たせたままなのは気がひけるが、成り行きなので仕方ない。


「……ん? 何?」


「エルザ……俺は聖騎士にはならない」


「え? いやいや……何言ってんのジルベルト? ……冗談だよね?」


 ジルベルトはすでに六人の内の一人に選ばれている。だがエルザの問いかけに、ジルベルトは静かにエルザを見つめるばかりだ。


「……私たち聖騎士を目指して訓練してきたんだよ? それに……ジルベルトはフィーを護りたかったんじゃないの?」


 あの日大聖堂で、フィーラとの記憶をあっさり忘れていたことを知ったとき、エルザの心は焦りと、怒りと、どうしようもない悲しみに支配された。


 そして今の状況が、次の精霊姫がフィーラだということを示していると気づいたときには、同時に今までの己の思い上がりに気づき愕然とした。


 絶対に聖騎士になるのだと息巻いていた自分は、どれほど滑稽だったのか。


 聖騎士は精霊姫を護ることを第一の任務にしているというのに。エルザは何一つ護れなかった。自分の記憶も、フィーラとの約束も、フィーラの気持ちも。


 後夜祭の夜、泣きそうな顔でエルザを見ていたフィーラ。翌日食堂で会った時、涙をこぼしたフィーラ。それでも記憶を取り戻したエルザに対し、フィーラは優しく許しの言葉をかけてくれたのだ。


 そのときにエルザは決めたのだ。自分は精霊姫となるフィーラを、命をかけて護るのだと。たとえ聖騎士になれずとも、必ず傍で見守るのだと。


 友人であるフィーラ。しかしそれ以上に、エルザにとってフィーラは騎士としての己を捧げるべき相手なのだと気が付いた。


「確かに……彼女を護りたいと思っていた。無自覚で優しく、強いのに頼りない彼女を、俺が護らなくてはならないと思っていた」


 だったら、気持ちはエルザと一緒だ。エルザも護りたい。聖騎士に選ばれたのはきっとエルザの運命なのだ。


 エルザは診察台から立ち上がり、ジルベルトに詰め寄る。


「だったら……私たちと一緒にフィーを護ろうよ! フィーはジルベルトを信頼しているんだよ! 聖騎士になる人間は精霊姫の信頼を得た者じゃないと!」


 きっとフィーラは、ジルベルトのことをエルザよりも信頼している。エルザと友人になる以前から、ジルベルトはフィーラを護ってきたのだ。


 フィーラが学園で薬を盛られた事件は、のちにフィーラから聞かされた。何でもないように話すフィーラだったが、きっとそれはそばに頼れる友人がいたからだ。

 しかしエルザの言葉に、ジルベルトは首を横に振った。


「でも彼女は精霊姫だ。彼女を護る人間は俺以外にも大勢いる。俺よりもずっと、彼女の心すら護れる人間が」


 フィーラの心を護れる人間。それはきっとあの聖騎士のことを言っているのだろう。


 輪の中に入らず踊る二人を、エルザはまるで別世界のことのように見ていた。エルザと目が合ったとき泣きそうな顔をしていたフィーラは、あの聖騎士と踊っているとき、幸せそうに微笑んでいた。まるで不安も悲しみも、この世界には何一つ存在しないかのように。


「もともと俺がなりたかったのは聖騎士じゃなく近衛騎士だ。……それに、俺はサミュエル殿下に仕えたい」


「サミュエル殿下に……?」


「エリオットが大伯父の後を継ぎたいと聖騎士を目指したように、お前が騎士の究極の形として聖騎士を目指したように、俺は幼い頃から王家に仕える騎士になることを目指していたんだ」


 コア家は騎士の名門。コア家が代々騎士として仕えて来たのは、ティアベルトの王家だ。

 

 剣術に優れた人間を歴代に渡り生み出し、剣鬼と呼ばれたジルベルトの父や、剣聖とまで謳われた祖父を生み出した、剣士を育む優れた土壌を持つコア家。


 それにも関わらず、歴代の聖騎士の名に、コア家の人間の名は一人も刻まれていないのだ。


 エルザはまた力なく、診察台の上に腰を降ろす。


「……うん。王家は大切だよね。国を護る礎だ。でも精霊姫は……」


 精霊姫は世界を護る礎。王家よりも尊いのだ。その言葉をエルザは何とか飲み込んだ。


 王家に対する不敬を気にしたわけではない。誰にとって何が一番大切かなど、他人が決められるものではないからだ。


「……ジルベルト。私は君の剣が好きだった。これから一緒に、聖騎士になって……」


 エルザが言葉を区切り、大きく息継ぎをする。


「一緒にフィーを護りたかったよ……」


 ジルベルトがそばにいない。そのことがこれほど自分の心に不安をもたらすとは思わなかった。


「俺は国を、王家を護ることでフィーラのことも護るつもりだ。大聖堂の建つこの国を護ることは、精霊姫を護ることにもつながるだろう?」


「……うん。そうだね。その通りだ」


「エルザ。君はフィーラにとって得難い友人だ。気を許した友人が騎士として常にそばにいることは、フィーラにとってどれほど心強いことか。……できれば俺の分までフィーラのことを気にかけてくれ」


 いったいエルザがどれだけフィーラの助けになれるかはわからない。自信にあふれていた、かつての自分はもういない。今はただそうでありたいと願うばかりだ。


「……しょうがないから、頼まれてあげるよ。言われるまでもないけどね」


「泣くな……。俺も君もフィーラも、立場が違うだけだ。敵対するわけじゃない。これからも友人であることは変わらない。そうだろう?」


「……それでも、さびしいんだよ!」


「何を子どもみたいなことを……」


 自分が涙と、さらには鼻水まで垂らして泣いていることに気づき、あわてて手の甲で拭う。そんなエルザを見てジルベルトが呆れたように笑い、ハンカチを差し出した。


「……テッドさんとエリオットには話したの?」


「ああ、すでに話してある」


「私が最後ってことね……」


「エルザ……すまない」


「うん。いいよ。私は絶対引き留めるもんね」


「……君は俺の剣を好きだと言ってくれた。だから言い出しにくかったんだ」


 幼い頃に見て、憧れたジルベルトの剣。それは今でも変わらない。ジルベルトの剣は、エルザの目指すべき目標なのだ。


「……大丈夫だよ、ジルベルト。ジルベルトの言う通り、立場は違っても目指すものは一緒だから」


「ああ」


 エルザは立ち上がり、ジルベルトの瞳を見つめる。これが最後というわけではないのに、一緒にいられないことがとても悲しい。


 目を細めるジルベルトを見て、エルザはようやく自分の気持ちに気が付いた。







 

「そうか、参ったな」


「すみません、団長」


 カーティスが目の前にたつヘンドリックスに謝罪をする。ジルベルトが聖騎士を辞退するのなら、もう一人の聖騎士を決めなければならない。代わりの人間はすでに決めていたが、そのことを団長であるヘンドリックスに伝えに来たのだ。


「お前が謝ることじゃないだろう。まあ、俺も人のことは言えないからな」


「どういうことですか?」


「ん? ああ。俺はもともとティアベルトの近衛騎士団に所属していたんだ。しかし俺が近衛騎士になってすぐに聖騎士の一人が殉職してな。その穴を俺が埋めたというわけだ」


 カーティスはディランともどもヘンドリックスとの付き合いは十年以上になるが、その話は初耳だ。


「フィーラ様の友人ということだしぜひうちに入って欲しかったが、仕方ないな。それが彼の運命だったんだろう」


「伝えるんですか?」


「伝えないわけにはいかないだろうが。……俺がその役目か」


 特大のため息をつき渋い表情をつくるヘンドリックスに、カーティスはヘンドリックスがすでにかなりフィーラに心を傾けているのだと知り驚いた。

 

 ヘンドリックスが心から信じ尊重しているのは、おそらくオリヴィアだけだ。精霊王さえもヘンドリックスにとってはその対象ではない。


 そのヘンドリックスがこうまで心を傾けるとはにわかには信じられなかったが、あのディランでさえもあの少女のことを特別に思っていることを考えると、なるほどフィーラはオリヴィアの後継者に相応しいのだろう。


 それにヘンドリックスもディランも初期の頃からフィーラが次の精霊姫だということを知っていた。そのようなところでも、カーティスとはフィーラに傾ける思いに差があるのだろう。


「大丈夫ですよ。友人の門出です。喜ばない人間ではないでしょう」


 ヘンドリックスほどにはまだ心を傾けることはできないが、それでもあの少女が優しく、友人想いなことをカーティスも知っている。


「……そうだな。でも、まあ。もうちょっと後で……」


「団長……」


「せめて儀式を終えてからでもいいだろう。心置きなく臨んでほしいからな」


 ヘンドリックスの表情からはそれがヘンドリックスのただの言い訳なのか、心からあの少女の気持ちを思いやっての言葉なのかは判別がつかない。おそらくは両方だろうか。


「ジルベルトの穴埋めは決まっているんだな?」


「はい。クラウス・レスター。残りの六人の中では一番ですからね」


「そうか。ではそれでいい。正式な就任は五日後の儀式のあとに行う。それまでに準備を進めてくれ」


「はい」


 教師としてのカーティスの役割は終わったが、これからは選ばれた彼ら六人を先輩として指導しなければならない。

 すぐには気持ちの切り替えは難しいだろうが、それも互いにすぐに慣れるだろう。

 

 カーティスは準備を整え待っているだろう六人を迎えに行くべく、学園へと戻った。


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