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前世を思い出したわがまま姫に精霊姫は荷が重い  作者: 星河雷雨


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第171話 分かたれた道



 次の精霊姫はすでに決まっている。その話を聞かされたのは、学園が夏季休暇中、カーティスがディランとともに大聖堂へと戻ったときだった。


 その後記憶への干渉を解くために学園から大聖堂へと戻ったときには、その場でオリヴィアから近々交代の儀を行うことを知らされ、ヘンドリックスからは、儀式にともない聖騎士も変わるため、それまでに六人を決めておけと言われた。


「早すぎるっての……」


 カーティスが聖騎士候補の担当教師になってから、まだ八か月ほどしかたっていない。


 しかも追加で一人、エルザ・クロフォードが候補となってはいるが、当初十五人いた候補たちは今は十一人になっている。結局選ぶのその半数だが、少ない人数から仕方なく見繕うのと、多くの者の中から最適な者を選ぶのとでは質が異なる。


「……だがまあ、当初から減ったのは四人、しかも今回は迷うほどでもなかったか」


 最初のうち使えると思った人間はまだ二、三人ほどだったが、すぐに六人を選ぶことはそう難しいことではなくなった。


 目をかけていた人間を失うという事態も起こったが、それもまた運命だ。


 聖騎士が選ばれれば、カーティスの学園での教師としての役目は終わる。一年にも満たない月日だったが、それなりに楽しかった。その後は大聖堂へと戻り、今までどおり精霊姫に仕える日々を過ごすことになる。


 そして何よりの収穫は、ディランを失わずに済んだことだ。


 あの少女が精霊姫になるというのならば、ディランも聖騎士を辞めることはないだろう。


 カーティスの知っているあの男は、何に対しても興味も執着もみせたことはない。人生を悲観しているわけでもなく、世の中を俯瞰しているわけでもない。ただ、生まれて来たから生きている。それだけのように、カーティスの目には映った。


 ディランがあのようになってしまったのは、きっと契約した精霊が関係しているのだろうと、カーティスは思っている。


 ディランの契約した精霊は闇の精霊だ。人の記憶へと干渉する精霊。人の記憶を操ることもできるが、人の記憶を垣間見てしまうこともあった。それが素晴らしいものだけなら良かったのだろうが、光も闇も同時に抱くのが人間というものだ。


 それでもディランはすぐに精霊の力に慣れ、使いこなせるようになった。そのおかげでディランと、おまけでカーティスはオリヴィアに拾われた。オリヴィアは当時、孤児の中で精霊士の素質を持つ人間を探していたのだ。

 

 しかし結局、ディランは精霊士にはならずに、なぜかカーティスと一緒に聖騎士団のもとで剣を習う羽目になった。ディランと契約した精霊のことは秘密にされたまま。


 知っていたのは当時の聖騎士団団長と、オリヴィア、そしてカーティスのみ。団長がヘンドリックスに変わった際に、ヘンドリックスにも知らされた。


 それからあっという間に月日は流れ、今ではカーティスもディランも、聖騎士の中では有望株とされている。次の精霊姫の交代の時には、きっと筆頭騎士に選ばれるだろうとも目されていた。

 しかしディランが聖騎士という職務に対し、何の未練ないことをカーティスは知っている。


 恩のあるオリヴィアが精霊姫をやめるときには、ディランも聖騎士をやめるつもりでいた。しかしあの少女が精霊姫でいる限り、ディランは聖騎士をやめることはないだろう。


 もとからその内面とは裏腹に、ディランは表面的には人当たりのよい人間のふりをするのが上手かった。しかしあの少女に出会ってからのディランは実に人間らしい面を垣間見せている。


 フィーラはカーティスにとっても恩人であるオリヴィアが選んだ正当な後継者。そして、ディランが唯一興味を抱いた人間だ。カーティス自身も、あの少女には好感を持っている。聖騎士として彼女に尽くすことに否やはなかった。


 彼女を護るための聖騎士。その騎士たちを十二人の中から決めなくてはならない。


 選定はヘンドリックスとの話し合いで決められたが、その決定を告げるのはカーティスの役目だ。


「重大な役目だな」


 そろそろ呼びだした生徒たちがやってくる時間だ。カーティスは襟をただし、腰に差した剣をなでた。


「失礼します」


 教師専用の控室の扉を叩くのは、一番年長のレスト・ダンカンだ。


「ああ。入ってくれ」


 カーティスの目の前に、十二人の候補生たちが並んだ。


「重要な話がある」


 カーティスの言葉を聞いた候補生たちの表情に、いつにない緊張が走る。


「これより六日後。精霊姫の交代の儀が行われる」


「精霊姫が……」


「それにともない、聖騎士も選ばなければならない。お前たちのなかから、新たに聖騎士になるのは六人。今日呼んだのはその六人が誰かを告げるためだ」


「……すでに決まっているのですね」


 レストがカーティスに確認を取る。


「ああ。精霊姫に誰がなるのかは、明日通達がされる。明日まではお前たちにも知らせることは出来ない。それでも受けるか?」


「受けます」


 やはり一番先に返事をしたのはレストだ。


「他の者たちは?」


 受けます、と皆口々に声をそろえる中、ジルベルトの返事だけが聞こえなかったことにカーティスは気づいた。


「そうか。では六人の名前を告げる。レスト・ダンカン。テッド・バーク。クレイグ・アロー。ジルベルト・コア。エルザ・クロフォード。エリオット・ミュラ―。この六人が新たな聖騎士となる」


 カーティスの言葉に、皆言葉を発さない。わずかな反応だけを残して、皆一様に、必死に感情を殺そうとしている。選ばれた喜びと、選ばれなかった悔しさ。対照的なその感情を。


「正式な就任は精霊姫交代の儀の後に行われるが、六人にはこれから学園を辞めてもらい、明日にも身柄を聖騎士団に移してもらう。残りの六人の道は二つ。卒業まで騎士科で学ぶか、学園を辞めるかだ。学園をやめてどこかの騎士団へ入ると言うのなら、俺が推薦しよう。学園に残るのなら、明日からは騎士科の生徒たちと同じ訓練を受けてもらうことになる」


 カーティスは全員を見まわし、そして口を開いた。


「お前たちは明日から別々の道を歩く。だが、目指す場所は同じはずだ。いつか再びまみえる日も来るだろう。それまで精進し続けろ。次にお前たちに会うときは教師と生徒じゃない。ともに戦う日が来ることを楽しみにしている」


 カーティスの言葉が終わると、それぞれが一斉に動き出した。名を呼ばれた者も、呼ばれなかった者も部屋から出ていく中、ジルベルトだけがその場に残った。


「どうした、ジルベルト」


「……先生」


 ジルベルトは下を向き、カーティスの顔を見ようとしない。


「迷っているのか?」


 ジルベルトは俯き、軽く唇を噛みしめている。


「ジルベルト。俺の目を見て言えないようなら、話を聞くつもりはないぞ」


 カーティスの言葉に、ジルベルトはようやく顔をあげる。そして意を決したように口を開いた。


「先生。俺は聖騎士にはなれません……」


「理由は?」


「……俺は近衛騎士になりたい」


 ジルベルトの解答を聞き、カーティスはため息をつく。さきほどジルベルトが返事をしなかったことに気づいたとき、嫌な予感はしたのだ。


「申し訳ありません。決まってから断るなんて……」


 ジルベルトはそういうが、精霊姫の交代が決まったのは急だった。そしてそのことを候補たちに話したのは今日がはじめてだ。本来なら三年間の猶予があったはずなのだ。


 そして自分が聖騎士に選ばれたと知ったのはたった今。仲間たちの前では断ることも出来なかっただろう。


「……お嬢さんのことはもういいのか?」


 カーティスの言葉に、ジルベルトが目を見開く。


 カーティスは自分の行動に呆れ、苦笑いをした。明日までは誰が精霊姫に選ばれたのか教えられないと自分で言っておきながら、こうして示唆を与えてしまっている。


 そのことがジルベルトを縛る鎖になることはわかっているのに、わかっていてなお、引き留める理由になればと、その言葉を口に出してしまった。


「俺は……フィーラを護りたかった。でもそれだけなんです。精霊姫を、護りたいわけではなかった。俺が騎士として仕えたい相手は、精霊姫じゃない」


「見つけたのか? 仕えたい相手を」


「……はい」


 ジルベルトは真っすぐにカーティスを見つめ頷いた。


「そうか。では仕方ないな」


「……良いんですか?」


「無理矢理聖騎士にして何の意味がある? それよりも、今断ったらもう取り消すことはできないぞ。お前の代わりに他の者を選ばなくてはならないからな」


「はい。もう迷いません」


「そうか」


 カーティスは出会った頃のジルベルトを思い出した。迷い、傷ついていた頃の面影はもうない。

 自ら見出した相手を失うことは残念だったが、それでもジルベルトの成長を喜ぶ気持ちのほうが強かった。


 カーティスに一礼をして部屋から出て行くジルベルトの後ろ姿に向かって、カーティスはつぶやく。


「……嫌な予感ほど良く当たるんだよな」

       

 だがその囁きは小さく、ジルベルトに届くことはなかった。



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