第166話 反転した世界12
誤字報告ありがとうございますm(__)m いや、つぶしてもつぶしても誤字出てきますね……。
ロイドとサミュエルは大聖堂へと急ぐ馬車に揺られていた。
「しかし転移門の使用を断られるとは……」
大聖堂へと続く転移門は聖五か国のみが所有している。どの転移門も王城の中にはあるが、万が一の敵の侵入を防ぐためそこから直接王宮内には入れないようになっている。
それは大聖堂も同じだったが、その移動すら大聖堂側に拒否されてしまった。
「それだけ緊急事態だということだ。転移門を使って瞬時に移動されては、敵か味方かを見誤るときがある。おそらく大聖堂でも相当な検問を受けるはずだ」
「まあ、仕方ないか。精霊姫が倒れたんじゃな」
「大聖堂は最大限に警戒されているだろう。俺たちが行っても追い返されることもあり得るな」
「……そうだな」
精霊姫と同時にフィーラが倒れたこと、そして大聖堂へと運ばれたことは、ゲオルグには伝えてある。ちょうど王が不在だったこともあり、ゲオルグは大聖堂へは行かず、王宮にてサミュエルからの連絡を待つことになった。
「やっぱり父様も覚えていたな。血筋には干渉できないのか? そんな限定的な力とも思えないが」
「何らかの護りの力がお前たちに働いた可能性はある。フィーラは次代の精霊姫だし、過去には二人の精霊姫を出している。もしかしたら、そのことも関係しているのかもしれないな」
「かもな……」
先ほどから口では達者でもロイドの心中は穏やかではない。そんなロイドに対し、サミュエルが励ましとも取れる言葉を放った。
「……フィーラの事だが、おそらく命に関わるようなことはないだろう」
「勘か?」
「そうだ。リース医師も同行していたしリース医師を迎えに来ていたらしい聖騎士も落ち着いていた。すでにオリヴィア・コンスタンスの容態をある程度見極めてから学園に来たのだろう」
フィーラのことは心底心配だったが、ロイドもサミュエル同様、そこまでフィーラの身体に起こった事態を深刻には見ていない。
それにはやはり、メリンダが同行していると言うことが大きいだろう。メリンダは大聖堂付きの精霊士として学園に来ていたが、今回のことで精霊姫付きの精霊士ということがわかった。精霊姫付きの精霊士はとかく優秀な人間が集まっているのだ。
「しかし、まるでお前の臣下だったな、ジルベルトは」
先ほどのやりとりを思い出し、ロイドはサミュエルの人心掌握術に感心した。聖騎士になるために騎士科へと移ったはずなのに、ジルベルトのしていることは、近衛騎士の行動そのものだ。
「国の民はすべて王家の臣下だと思っていたのだが?」
「あいつは聖騎士になるんじゃなかったのか?」
「だと思うが。なれると決まったわけではないしな」
「普通コア家の人間は振らないだろう。しかも、あいつはすでに魔を二体も倒しているんだ」
「そうだな。ぜひうちの騎士団に欲しい人材だ」
ロイドがジルベルトについてどう思っているのか、サミュエルの静かな口調からは真意は読み取れない。
「なあ……お前は何故模擬戦をやろうなどと思いついたんだ? やはりコア家の事情が関係しているのか?」
「……ライオネルもヴァルターも頭が固いうえに口下手だ。六年前の遺恨は次男と三男の間のものだが、それはコア家全体にも影響している。コア家は王家の守護神だ。遺恨が早めに取り除けるならそれにこしたことはない」
「この六年、ジルベルトは剣すら握っていないと聞いている。模擬戦を行うことで剣を握る機会が出来ると考えたのか?」
「そう上手くいくとは思っていなかった。俺の組で出ると承諾したのなら、剣を握らざるを得なくなる。だから断るだろうことは分かっていた。しかし、王家からの要請を受けたことで、今後の己の立場を理解するいい機会になればと思ったんだ。いくらジルベルトが剣を握らないと決めたとはいえ、周りがいつまでもそれを許すとは限らない。もし、どこかと戦でも起きれば、コア家の人間であるジルベルトは必ず表舞台に立たされるだろう。……たとえ俺が望まなくとも陛下はそれを望む」
「ジルベルトの剣を握りたくないという感情は甘えか……?」
「いいや。だが王家と王家に近しい人間に、個人の感傷は通じない。ジルベルトが一生剣を持たないことを通すと言うのなら、あいつはいずれコアの名を捨てることになるだろう。そうするしか王家や周囲に利用されない方法はない。まあ、名を捨てたとしても確実にそれが通るかはわからないがな」
「ほっといてやればいいだろうに。そうまでして使い潰したいのかね」
「メルディア家に生まれ、跡取りとして育てられたお前は王家の闇を知っているだろう」
国をまとめ、その頂点に立つということは、綺麗ごとだけでは成り立たない。多数を救うために少数を切り捨てるという判断を、現実に下さなければならないのが王家という存在だ。
「もちろんだ。使える者は壊れるまで使う。それがたとえ肉親であっても。それが王家の信
条だろう? 時々自分の身の上を呪いたくなる時があるよ。将来公爵家当主として最も近
くで王家に仕えなくちゃならない。でも僕はまだましだ。王家に生まれなかったからな」
「闇を持たぬ王家などない。問題は個人としていかにその闇に飲まれないようにするかだ」
「お前のことは嫌いだが、尊敬はしているよ。今のところその闇には染まっていないようだからな」
「跡継ぎもいないうちに自分を見失うわけにはいかない」
「何だ? 子どもがいれば後は安心して任せられると言うことか?」
「……年齢を重ねるごとに思考同様自制心もある程度鈍るだろう。もし俺が道を間違ったときに、真っ向から否定できる人間は必要だ」
「お前に限ってそれもないと思うが……まあ、わからないからな。しかしお前そこまで考えているのにまだ決めないのか?」
フィーラの次の婚約者候補にはリーディアの名が上がっているが、いまだに婚約者候補のままだ。
「俺ではない。リーディア本人が正式な返答を出さないんだ」
「へえ……。それは意外だな。でもまあいいんじゃないか? もっとよく吟味すればいい」
「お前はリーディアでは不足か?」
「僕の妻になるわけじゃない、別にどうだっていいさ。だが、急がない方がいいな」
「……卒業までに決めればいい。どうせ決められた者の中から選ぶだけだ」
珍しくも投げやりな言い方をするサミュエルに、ロイドが僅かに目を見開いた。
ロイドは昔からサミュエルのその大人びた態度と、感情を排除した言動が気に食わないと思っていたが、どうやら年相応の感情もあったらしい。
「不貞腐れるな。お前ならきっと誰が相手でも上手くやれるさ」
「もちろん、上手くやる。公的にも私的にも最も近しい相手と敵対などしたくないからな」
「そういう意味じゃない。お前が相手の心を開かせればいい。本音で語り合える相手でなければ、お前の宿り木にはなれないだろう?」
ロイドの言葉にサミュエルはわずかに目を瞠り、そして小さく微笑んだ。




